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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
キイア村受難編
31/137

12

 鉄の錆びた臭いが鼻を刺激する。あぁ、この臭いは前の世界で嗅いだ事のある臭いだ。吐き気を催す程ではなく、微かに漂う血の臭い。しかし、その刺激は一度嗅いだら忘れる事はできないものだ。


「タカさん、助けて。み、んなを!お願ぃ……」


 俺の腕の中には、視線を空ろに宙を見つめたユキアの身体があった。あの白かった肌は紅に染まり、左腕につけた白い腕輪さえも流れる血が赤く染める。

 俺は必死にユキアの傷を押さえ止血を試みるが、傷からは血が止め処なくあふれ続ける。


「なんで!なんでだ!!」

『魔力よ!!癒しを与えよ!』


 俺が必死に込める願いは、魔力の銀糸が治癒の魔方陣を作るが、効果を発揮する前に光の粒として宙に消える。

 またなのか!俺はここまで来ても無力なのか!俺はもう一度大事な人を失うのか神様!!


『魔力よっ!!!癒しを与えよ!!』


 再び魔力の流れは魔方陣が形成されるが、ユキアの傷からは一瞬血が止まったかと思うと再びあふれ出す。


「あきらめな、お前の魔力じゃあ全然足らねぇのよ」


 頭上から掛けられる声は、見下したように吐き捨てられ、俺の願いを粉々にする。


「ユキアが何をした!なんでこんな!」

「そんな事知るかよ!この娘も邪魔さえしなければ、死ななくてすんだろうによぉ」


 こいつは誰だ?顔を睨もうとしても影で隠され見えない。しかし、この目の前にいる奴が全ての元凶だと分かる。


「くそ!誰かっ!助けてくれ!ユリアさん!サオ!誰でも良い、ユキアが!ユキアがぁ!!」


 俺の腕の中で、次第に体温が無くなって行く。命のともしびが消えていく。二度と体験したくないと願ったのに。

 ユキアの姿が、亡くなった妹の真理の姿と重なって見える。


「誰か!お願いですっ!ぅぅぅ」

「タカお兄ちゃん、痛いよぉ……助けてっ」

「タカ君、痛い……痛いんだ」

「私にも魔法を……」


 肩を掴まれ振り返ると、背後から掴むのは、皆、空ろな目をしたダリア、サオ、サニー達。それぞれの体には、どこかしらに切り傷があり、血が流れ服を染めていた。


「みんな!なんで?誰か!誰かぁ助けてくれぇ!!」

「……誰もこねえよ」


 近くで冷徹に囁かれる声、先程から目の前に立ちはだかる男が掲げる剣には、誰の血か紅に染められていた。チャリっと剣の鳴る音が聞こえ。俺は見上げる気力さえ無かった。


「じゃあな……あばよ」


 一気に俺の頭上に振り下ろされた。



「うわぁぁあああっ!!」


 俺はバッっと自分の頭を庇う様に両手を顔の前で交差させる。目を見開き、今自分がどこに居るのかを必死に周囲を見渡した。


「どうか、したのぉ?」


 机の上にある水の入ったコップにもたれながらミレイが眠い目を擦り聞いてくる。まだ、周囲は薄暗く机の上にある蝋燭が辛うじて室内を照らしていた。


「ユキアは?」

「ユキアお姉ちゃんは、隣の部屋で寝てるんじゃない?」

「……そうか」

「どうかしたのぉ?」

「いや、大丈夫だ」

「そう?」


 再度、コップの中に戻るミレイ。俺はボーっとミレイを見つめながら、再び室内を見渡す。そう、この部屋はアロテアの街で泊まっている宿屋の部屋だった。


「夢、か……」


 ふぅと息を吐き額を拭うと、凄い冷や汗をかいていた。服も身体に張り付き気持ち悪い。

 さっきまで感じていたはずの血の匂いは無くなっていたが、しかし、思考の奥底では未だに忘れられない。手も痺れるような感覚でユキアの失われる体温を、鮮明に思い出せる幻の感覚が残っていた。


「なぜ、あんな夢を?」


 一人呟くと、汗で張り付く服を脱ぎ部屋に備え付けられた浴場に入り水を流す。わざわざ、魔法でのシャワーを作りたいとは思わなかった。

 無意識のうちに、魔法を使い光の粒として消え去るイメージを思い出したくなかったのかも知れない。


「ユキアの想いを聞いて、無意識に失いたくないと俺は思ったのか?」


 一人自問する。人の見る夢は時にその人が経験した事を整理し記憶に残すために見るものだと言う。しかし、あの血の臭い、温もりを失う手の感覚はそれだけでは説明できなかった。

 真理……昔、交通事故で亡くなってしまった妹である。俺の腕の中で失われていった真理のぬくもりとユキアを重ねてしまったのか。

 あの時に癒しの魔陣が使えていたならば……。いや、やめよう。昔の事にもしもは無いのだ。

 流れる流水が体にまとわりつく汗を洗い流していく。次第に不快感は薄れ、見た夢の動揺も無くなり落ち着いてきていた。


「今何時くらいだろう?」


 俺は時計をこの世界に持ってきていなかった。日頃から仕事中に手を洗う機会が多く、看護中に邪魔に感じる事が多かったため腕に付けてない事が多かった。

 腕時計を持っていないわけではなく、意外に思うかも知れないが、看護師の大半は腕時計をしていない事が多い。

 仕事中はポケットに入れているか名札に付けるタイプの時計を使っている。自分は今回の旅行中も、癖のままバックの中に入れたままにしておりこちらの世界に来たときは服とポケットに入っていたパスポートと使用したタオルしか無かった。

 まだ、室内も暗く蝋燭の消費具合からはまだ明け方というより夜中だろう。風に当たりたいと思ったが、見知らぬ土地の街を夜中に散歩する訳にもいかず、俺は乾いた布で体を拭きながら着替えの服を身に付ける。机に備え付けてある木椅子を窓側に持っていき、俺は窓を静かに開けた。


「ふう……」


 今は再び眠る気にもなれず、気分転換をしたかったのだ。窓から見える街並みはまだ暗く、俺がこの世界に来たときと同じように月が2つぼんやりと輝いていた。




 翌朝俺達は、朝食を宿で済ませ、オルソンさんは馬車を用意し村へ帰る準備と依頼していた荷物を受け取って昼には出発すると言ってきた。その間、ユキアはギルドで手紙と荷物を受け取り街の門の前で待ち合わせする事にしたのだ。

 今、俺とユキアはギルドで手紙と荷物を受け取っている所で、受付のジーンさんから説明を受けている所だった。


「それでね、こちらが村長さんへの手紙で、こっちが荷物と言うよりも鳥ですね」


 ジーンさんも3日続けて会うと向こうもかなり気楽に話せるようだ、特にユキアとは素の言葉遣いと笑顔で話している事が多い。

 ニコっと笑いながら、ジーンさんは高さ60cmはあるんじゃないかと思う鳥かごをカウンターに乗せる。鳥かごは木で枠組みが作られていて中には鳩ではなく、一羽の鷹が羽根を休めていた。


「それで、こっちが餌です。二日分しかないですから、それ以降は村でお願いしてもいいですか?」

「わかりました」


 渡された餌は乾パンのようなボソボソの粉状を固めてあるものだった。基本、生肉か穀類をお願いしますと説明を受けている。俺は、鳥かごを覗きながら間近でみる鷹を観察していた。


「おぉ、凄い爪だね。痛そうだ」

「そだね~」


 もちろん、鷹は返事無く俺を見つめ返していた。ミレイがポケットの中から同意して見上げている。俺は無意識に自分の額の傷を触っていた。

 確か鳥に傷つけられたんだったよな。まあ、鳥恐怖症にはなってないみたいだ。ミレイと会った森の中では、鳥に憑いていたミレイに不意に声を掛けられて驚きの方が勝っていたし、今のように近くで鳥と対面したのは遺跡以来久しぶりだった事を思い出す。


「この子が、こちらのギルドに向かうのはわかりましたけど、村に戻ってくるんですか?」

「ある程度、日数を村で過ごさせれば大丈夫だと思います。何日って保障は出来ませんけど」

「そうですか、わかりました」

「じゃあ、おねがいしますね。あっ、ついでに村への依頼の件ですが、明後日には人数が最低人数を超えそうなので、3日後に出発できると思いますよ」

「そうなんですね。わかりました、村長さんに伝えておきますね」


 ジーンさんの説明が終わり、荷物を預かった俺達は、俺が鳥かごを持つことにしてギルドを出ようとする。


「あっ!タモトさん!明日からの研修の事についてお話があるので、見送られたらまた来ていただけますか?」

「はい、わかりました」


 俺は鳥に夢中になっている所を、振り返りながら返答しギルドを後にした。

 俺達は街の西の門まで並んで歩き、途中に本屋を見たいユキアに付き合い寄り道をしたが、欲しい本(童話や絵本)の新刊も無かったようだ。

 本屋では、特に劇や物語の本が多く、参考書と言うものも無かった。目立ったのは料理レシピの紙売りや詩集が人気のようだった。


「昨日は楽しかったですね」


 街並みを歩きながら、門に向かうまでたわいの無い話をしていた。


「そうだね、料理も美味しかったし、お酒はキイア村の方が美味しいんじゃないかな?」

「へえ、そうなんですね」


 結局、送別会と言う事で俺達2人はお金を払った記憶が無い。というのも、オルソンさんは残って俺達二人は早々に宿に帰ったと言うのが理由だった。


「私、お母さんもあまりお酒を飲まないので、あんなに沢山飲む女性を始めてみました」

「ああ、ミーシャさんね」

「食べるよりも、飲む姿しか見てませんでした、そんなに美味しいんでしょうか?」

「好き嫌いはあると思うけれど、上手に酔える人なら美味しいし楽しいだろうね」

「そんなものなんですね」


 お酒については賛否両論あると思う。飲んだら気分の悪くなる人、何杯飲んでも平気な人など体質によるところが大きい。俺も種類が何であれ美味しくて楽しく酔えるのが一番だと思う。


「それにしても、帰りの街道は大丈夫?」

「そうですね、今までも襲われたって聞いたのは本当に稀でしたし、無理に夜の街道を進まなければ大丈夫と思いますよ」

「そっか、この前は、確かに夜の移動中に襲われたみたいだし」

「ええ」


 あの二人の商人は無事にキイア村に着くことが出来ただろうか。グレイウルフも深手を負ったのも多いはずなので、帰途に襲われる確率は低いのかも知れない。

 しかし、帰路はオルソンさんとユキアの二人だけで俺は心配になる。明け方見た夢のせいかもしれないが少し考え過ぎなのだろうか。


「だいじょうぶですよ。きっと」

「もう少し街に残れたら、依頼を受けた人たちと一緒に帰れるんじゃない?」

「そこまで、長居も出来ないでしょうし、依頼の労働者の方達が居ても襲われる時は襲われますし」


 ユキアの方が街を出て移動することに対して度胸があると言うか、慣れているようだ。俺は何せ始めての馬車での旅で獣と遭遇し戦ったのだ、村や街から出たら襲われるイメージしか持てなかった。

 鳥に怪我をさせられて、鳥が苦手になったわけではなく、心配性になってしまったのだろうか。ゴブリンやグレイウルフに襲われる事を考えてしまう事が俺にとってトラウマに成ったなと苦笑する。

 俺は複雑な表情で歩きながら、村の方角である、西の出口を見つめた。

 隣を歩くユキアは昨日の夜から比べると、何故か落ち着いている感じに見える。昨日までは、俺が一人街に残る事に対して賛成では無い様に見えて、その話題になると表情を曇らせていた。

 しかし、今日の朝に目覚めた後からは、「何を学ぶんでしょうか」や「ダルやダリアにお土産をお願いしますね」など、自ら俺が村に帰って来る時の話題を良く話すようになった。


「おおい!ユキア、タモト君こっちだ!」


 オルソンさんが、出口の衛兵が立つ横に馬車を止め御者台から手を振っている。馬車の荷台に依頼品が積まれているんだろうか、屋根のついた馬車は外からは中が見る事が出来なかった。

 街道へ向かう路には、他の馬車など商人の姿は無くだいぶ俺達は目立っている事だろう。キイア村の方角へ向かう人たちが殆ど居ないのが現状なのだ。


「お待たせしました」

「ああ、ユキアの荷物は後ろの空いているところに載せてくれ。タモト君、馬車をお願いしてもいいか?街を出る手続きをしてくる」

「はい、わかりました」


 御者台に登り、ちょうど背後にあたる荷台を見ると、いくつかの木箱が増えていた。それでもまだ馬車には余裕があるように見えた。

 ユキアは自分の荷物を載せ終えて、オルソンさんの手続きが終わるのを待つ事になった。


「タカさん、一週間ですけど体に気をつけて下さいね」

「ああ、ユキアも帰り道に気をつけて、皆によろしく言っておいて」

「ミレイちゃん?いる?」

「ん?なぁに」


 聞こえていたのか知らないが、俺のポケットからミレイが顔をだす。


「タカさんをお願いね」

「うん、頑張る」


 名前を伝え手続きを終えたオルソンさんが戻ってきて、御者台に登ってくる。


「ああ、すまない準備できたよ」


 俺は手綱を渡し、御者台より降りた。


「それじゃ、先に村に帰っているからな。明日の昼には着くだろう」

「お気をつけて」

「一人にするのは心苦しいが、何かあればギルドか冒険者のワング達を頼ると良い」

「わかりました」

「じゃあ、行こうかユキア」

「はい」


 馬車はゆっくりと街の門をくぐり村の方へ向かう、後ろの荷台からは天幕を捲りユキアが姿を見せ手を振る。俺も手を振り答えながら、天幕が閉じられ馬車が遠くに消えるまで見送っていた。


「おにぃちゃん、行っちゃったね」

「ああ」

「寂しい?」

「少しね、けれど1週間なんてすぐだろう?」

「そだね。これから今日は何かするの?」


 ミレイがポケットから抜け出し俺の肩に座る。周囲には、遠くに衛兵が居るだけなので特にポケットの中にいる事は無いだろう。


「そうだな。まず、今日はどこに寝ようか」

「キャハハ、そだね」


 俺は一人見送った門に立ちながら、門の近くで立ち悩む姿が衛兵に不思議がられるのだった。


「あぁ、そうだった。まずはギルドに行くか」


 ユキア達を見送った後、まだそれ程時間も経っていなかったが、9時ごろとなるとギルドの入り口にも出入りする人の数も多くなって来ていた。


「ジーンさん、戻って来ましたけど。相変わらず忙しそうですね」

「ええ、タモトさんいつもこの時間は凄い賑わいなので、大忙しです。ユキアさんは村に帰ったんですか?」

「ええ、見送ってきました」


 ユキア達を見送った俺は、ジーンさんに言われた通りギルドへ再び戻ってきていた。

 冒険の依頼を確認するカウンターには午前中と言うこともあり、多くの冒険者達が掲示板やカウンターに並び依頼を受けている。ジーンさんに話しかけるのさえ、列に並んで順番を待ち話しかけたのだ。


「ジーンさんの用事って何かあったんですか?」

「そうでした、ちょっと気になることが有りまして。詳しくは、ちょっと今は忙しいので……タモトさん、少し昼過ぎにまた来てくれませんか?もう少し遅くなるものと思っていたので、ごめんなさいね」

「そうですか、かまいません。それならば研修中に何処かに泊まる所を紹介してくれる所はありませんか?あまりお金も持ってない方なので、安いところでも探しておこうかと」


 せっかくなのでジーンさんに尋ねる事にする。空いた時間で、少しでも今後の準備しておく事にしようと思ったからだ。


「あっ、それなら。アイナ。ちょっとごめん。明日から研修に来るタモトさんと言う方なのだけれど。明日から冒険者用の宿泊所か仮眠室が使えないか聞いてきてくれくない?」


 ジーンさんは振り返り、近くを通っていた同じ制服を着た10台半ばの別の女性に声を掛ける。呼ばれた女性は依頼の書類らしい紙の束を机に置き近づいてきた。


「ジーン先輩。聞きにいくのにどうせ行きますから。忙しいならその方を私が案内しましょうか?」

「あら、助かるわ。ごめんなさいタモトさん、後輩に案内を頼むけれど良いかしら?」

「全然かまいません。けれど、あまりお金無いですよ?」

「冒険者用の休憩所はお金を頂くかも知れないですけれど、職員の仮眠室なら金銭も気にしないで良いと思いますよ。使えると良いんですけどね」

「わかりました。それじゃあ、お願いします」

「じゃあ、また、私の件は後で伺いますね」

「タモトさんですか?案内しますので、こちらへどうぞ」


 俺は、後ろに並ぶ冒険者に軽くお辞儀をして席を立った。何か、依頼とは全く別件で時間を使ってしまって仕事の依頼を受けに来た人達に引け目を感じてしまう。 案内役のアイナという女の子は、左右のこめかみ辺りを三つ編みに巻き後ろで結んで髪を抑えた髪型をしていた。身長は150cm半ばくらいで事務仕事の女性というよりも女の子だ、こんな子もギルドで働いているのか。

 カウンターのジーンさんとは違い、青色ラインの入ったズボンスタイルに大きな襟のついたベストを着ていた。後で知る事になるが、外回りの職員の制服との事だった。


「若くて気になります?」


 俺の視線を感じたのか、依頼掲示板横を通りロビーを横断するような形で歩きながら、アイナは聞いてくる。


「あーうん、皆ジーンさんみたいな年代ばかりかと思ってたから、それに昨日とその前の日は、ギルドに居なかったのかな?」

「そうですね。昨日は依頼の再確認に街中やお店を廻ってましたから。私みたいな見習いで外回りは、ギルドのカウンターの仕事は、まだまだ経験をつまないといけないんですよ」

「お店を廻るって?ギルドの宣伝か何か?」

「いえ、ある程度日数が経過してしまった依頼は、受け手が居ない場合に依頼報酬を見直して張りなおすか取り消すかを一度依頼主へ確認に行くんですよ。もちろん、街にいる依頼者に限りますけど、じゃないと未受領の依頼が貯まる一方になるので」

「へえ、大変だね」

「先輩からは見習いの内に、あらゆる仕事の現場を見学できるから良い経験になるって勧められてますから、それに、毎日期限間近な依頼ばかり沢山有る訳ではないので今日みたいにギルドの手伝いもしてますし」

「なるほどね」


 アイナは会話しながら、ロビーを抜け又別のカウンターがある横を通る。そのカウンターは広めに作られており、今も植物の葉や獣の毛皮をカウンターに並べて確認してもらっている冒険者が居る。


「ここは、採取・収集系を受け取るカウンターですね。なので、広めにカウンターが作ってあります。向こうに見える倉庫にすぐ収めれるようになってます」


 アイナは詳しく知らないはずだが、何かもう研修が始まってますと言う様な案内を受け、ギルドの奥に向かう。ちょうど、ギルドマスターの執務室へ上る階段が建物の右奥にあるとすれば、反対側に来たことになる。


「ここが、冒険者の方に提供している休憩所ですね。さすがに今の時間は人が少ないですけど、夜は大半が埋まって利用されます」


 案内された場所は、中央に通路と左右に木椅子兼簡易ベッドらしき物が並べてある。それぞれのスペースにはプライベートの為かベッドが衝立と同じ造りになっていて、それが均等の間隔で10床ほど配置されていて合計20人は寝れる場所があった。


「へえ、まるでネットカフェだな」

「はい?」

「あ、いや、こんな所があるとは思わなかったからビックリしただけ」

「そうですか?一般的だと思いますが」


 アイナは不思議そうな顔をしたが、すぐに振り返り休憩所専用のカウンターなのだろう、そこに座る男性職員と話をしている。見渡せる寝台には、入り口の扉は無く寝ている際の盗難など心配になる。


「タモトさん、今なら十分利用できる空きがあるそうですけど、さすがに私もココを1週間利用するのはあまりお勧めできません。街に宿泊する金額は充分持ってなかったんですよね?」

「あ、うん。ほとんどお金を持ってないからね」


 所持金としても、ユキアと分けた程しかない。安宿なら1週間ぎりぎりいけるんじゃないかとも思うが、研修ならばどこか使わせてもらえたら良いなと思ってしまう。


「確かに、ジーンさんも言ってましたが、急に研修って決まったんですよね?私もそんな話を聞いてませんでしたし。ならば、ジーン先輩の言うとおり、職員の仮眠室を使いたいと言えば使えるかもしれないですね。行って見ましょうか」


 アイナに促され、男性職員の座るカウンター横から中へと進む。本来の冒険者ならば、この休憩所を貸してもらいながら、生活に必要な賃金を貯める事になるのだろう。

 一応、仮眠室が使えなければ今晩の宿はこの場所になるのだと想像してしまう。

 俺達二人は、依頼書類の整理をしている人や収集材料を倉庫に運び込んでいる人の合間を抜けて、奥へと進む。カウンターの中は以外と広く、遠くにジーンさんが受付をしている姿が見えた。


「今よろしいですか?ガイス主任」

「何か用かね?アイナ君」


 アイナがガイス主任と呼ぶ男性は、30代前半の中肉中背の男性だった。

 スーツを折り目正しく着こなしており、髪は長髪を後ろで束ねている。特徴と言えば、左目を覆う眼帯だろう。黒地に控えめに刺繍が縫われており、派手さよりも全身から冷静さが感じられた。


「明日からギルドの研修に来られるという、タモト殿という方を案内するようにジーン先輩より言われたのですが、研修中に……厳密には今晩ですっけ?タモトさん」

「はい」

「今晩から、研修中に宿泊するのに職員の仮眠室を使用できないでしょうか?」

「ああ、君がタモト君か?」

「はい、タモト・タカと言います」

「話は昨日聞かされていたよ。研修とは言え、マスターも珍しい事をするなと思っていたんだ。本来であれば、1日でも見学が妥当だろう?それを1週間と本格的な期日だからな。それならば、仮眠室を使用しても良いだろう」

「そうですか、ありがとうございます。良かったですねタモトさん」

「ありがとうございます!」

「ところで、アイナ」

「はい?」

「君は、今、何か頼まれている仕事はあるかな?」

「いえ、今日は外廻りも無く、ギルドの事務仕事を手伝っていた程ですが」

「ならば丁度いい。明日からはタモト君と同じく研修に参加すると良い。年下とは言え、一応ココの先輩として教えて学ぶことも多いだろう。それに、カウンターの仕事をそろそろ学んでも良い頃合ではないかと話も有ってね」

「本当ですか!ありがとうございます!」


 アイナは笑顔で返答し、歓喜で両手を胸の前で握っていた。よほど嬉しかったのだろう。


「それで、明日からの研修内容を後で考えておくから、明日二人に伝えよう。タモト殿も今日は仮眠室でゆっくりして、明日に備えると良い。アイナ君も依頼された仕事が他に無ければ、今日は早めにあがるといい」

「はい、わかりました」

「ありがとうございます。使わせてもらいます」


 俺とアイナは二人礼をして、うなづき見送るガイス主任の机を離れる。


「タモトさん、やりましたね!ささ、仮眠室はこっちです」


 嬉しさのあまり、俺の腕を引き案内するアイナ。嬉しさは、仮眠室の許可が下りたことよりも、カウンター業務ができる事への喜びが勝っているのだろう。


「やりましたお母さん、お父さんに自慢できます。いよいよカウンターデビューです!」


 アイナはブツブツと言いながら、一人の世界に行ってしまったようだ。俺は何より、今晩からまともな所で寝れそうだという安心感をジワジワと実感していた。

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