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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
キイア村受難編
29/137

10

 見世物が終わり受付まで来ると、先程グリズリーを手なずけていた女性が呼び止めて裏口へ案内してくれた。一度迷った室内を通り案内された先には、舞台がすぐ終わったままの恰好でいるハントと言う青年が待っていた。


「どうぞこちらへ。えーと?」

「タモトと言います」


 先程、公演中にハント様と歓声を浴びていた青年は、受付まで迎えに行くつもりだったらしいが、俺達の方が少し早かった様子だった。

 てっきり、キア自身が迎えに来てくれるのかなと思っていたので、やや緊張してしまう。


「ハントさん?でよろしかったですか?」

「はは、お恥ずかしい。キアの兄でハントと言います。事情は簡単にキアから聞いているので、どうぞこちらへご案内します」

「ありがとうございます。それにしても、女性に凄い人気でしたね」

「はは、役柄も影響しますしね。人気が無いと、またそれはそれで問題なので」


 俺とユキア、ハントの三人は並び舞台袖の通路を歩く。開演前に通った路なので、特別珍しいものも無かった。ハントという青年は服装から役に入り込む性格なのだろうか、まだ公演後の着替えをしておらず軽装の鎧を着込んだ姿をしていた。もうすぐで動物を飼育している部屋を抜けようかとする時に、向かいの通路を走ってくるキアの姿があった。


「兄さん!私が案内したかったのに。もう!一言言ってよ。私のお客さんなんだから」

「ごめんごめん。座長への話って事で、案内してくれと俺が呼ばれたんだ」

「ねねっ、私のお客さんだし話に一緒していいでしょ?」


 ハントに聞いてくるキアの姿も、まだ舞台衣装のままでヒラヒラとした妖精の服装のままである。話す内容はともかく、その二人だけを見ていると本当におとぎ話の中のように錯覚してしまう。


「まあ、頼んでみるが駄目だと思うぜ?」

「そこをなんとかぁー」


 俺達は歩みを止めず、暗い裏方の部屋へと入っていく。開演前はあんなに騒々しかった檻の中は住人が不在なものが多く、静かなものである。今回は、俺の周囲の動物への関心は薄く考える事はこれからの宝石についての交渉の事で頭がいっぱいだった。


「ここです。すみません、くつろげる部屋があれば良かったんですが」

「いえ、構わないでください。終わったばかりの所にお邪魔しているのはこちらなので」


 案内された所は、長テーブルと椅子のある食堂の様な所だった。まだ、公演も終わったばかりで食事をしているものもおらず。部屋といえば簡単な楽屋しかなく、今その楽屋は片付けや着替え中のスタッフで騒々しいという。案内されたテーブルには、まだ誰もきておらず先に座って待つ事になった。


「少しお待ちください、座長を呼んできますので」

「わかりました」


 ハントはそう言うと座長を呼びにいき。キアは俺達のそばに残り一緒に待つ事になった。


「ねね、お兄さん、お姉さん。見世物面白かった?」

「ああ、凄く面白かったよ」

「キアちゃんが凄くかわいくて、舞台も凄く面白かったわよ」

「えへへ、よかったー。私の出番ってあそこだけなんだよねー。ハント兄さんは、初めから出っ放しだから羨ましいんだー」


 そう言うと、ユキアとキアは舞台の衣装についてワイワイと話し出し、可愛いだの、フリフリやリボンを付けたいけど駄目だと言われているなど、俺には理解がしにくい話をしだす。


 5分ほど待っただろうか、ハントと一緒に先ほどまで舞台上で公演で見知った人物が近づいてきた。


「お待たせしました。タモトさん。座長で私とキアの父親のクルガーです」

「どうも、始めまして座長のクルガーと申します」

「始めまして、タカ・タモトです」

「始めまして、ユキア・サージェンと言います」


 改めて、立ち上がり挨拶をする。姿こそ、40代半ばの彫りの深い男性だ。ハントとキアの、そのどちらともに似ていないと言っても良いだろう。二人は母親に似たのだろうと思ってしまう。先程舞台で見かけたスーツ姿であり似合っていた帽子だけは被って来てないようだった。


「どうぞお掛けください、舞台は楽しんでいただけましたか?」

「ハイ、それはもう良い席を案内していただいて、十分に楽しませていただきました」

「それは良かった」

「お忙しい時間に、手間をいただいて申し訳ありません」

「いえいえ、お気になさらず。互いに利益となる事なら、喜んで時間を作ります」

「ねね、父さん。私も同席していい?」


 互いの挨拶が終わりそうな時に、キアがテーブルに身を乗り出し聞いてくる。タイミングを見て、父親に駄目だと言われる前に先制したのだろう。


「父さん、そろそろキアにも仕事を見せてはどうでしょう?」


 兄であるハントも、少しばかり妹を援護したようだった。


「んーキア。今は挨拶中なんだが、お客の前で礼を忘れてはいけないよ。それが出来る様になったら、同席を許そう」


 キアは、テーブルに両手を付きながら、徐々に耳が赤くなっていく。目にうっすら輝くものが見えそうなのは見間違えでは無いだろう。急ぐあまり、落ち着きがない事を注意されたのだ。


「っ!。お父さんの……ばかぁっ!!」


 キアは一目散に食堂の入り口に駆けていき。出口で一度振り返ると、アッカンベーをして柱の向こうへ消えていった。


「いやはや、お恥ずかしい所を……。まだまだお転婆でして」


 そう言う座長のクルガーは苦虫を噛んだ様に表情をしかめて、頭を掻いていた。


「私達は同席しても全然気にしませんでしたけど……、ね?ユキア」

「ええ」

「ありがとうございます。もう少し時と場所を見て態度を変えれる様にならないといけない商売ですからね。親しい間柄でも、商売の場では別物だという事を学ぶ時なのです」

「なるほど」


 座長のクルガーは仕切りなおす様に、改めて姿勢を正す。

 息子のハントは座る座長の後ろに立ち話を聞くようだった。座る気配が無いので、日頃からいつもそうしているのだろう。


「改めまして、今回、キアから簡単には聞いていますが宝石を買い取って欲しい交渉先を探されているとか。事情をお聞きしても良いでしょうか?」


 そう促され、俺達はキイア村からギルドの依頼で街を訪れている事。その道中に助けた商人からお礼として宝石をもらい換金先を探していた事を告げた。


「なるほど、それだと街の道具屋か宝石店を探されていたわけですね」

「ええ。宝石店は先日店閉めをしていて。道具屋では幸いと安く買い取られると聞いたもので困っていたんです」

「まあ、商売とはそういうものですからね。わかりました、疑うわけではありませんが、宝石の方を見させていただいても良いでしょうか?」


 あらかじめ、宝石を見てもらう事は覚悟していたため、ミレイにあげた以外の宝石を袋に入れており、それを袋ごとテーブルに差し出す。


「それでは、失礼して」


 舞台上でも付けていた、白手袋を腰のポケットより取り出し手に付け袋を紐解いていく。テーブルの上には同じく布切れを広げその上に一個づつ取り出していく。


「ほぉ、全て切りそろえてあるんですね。これなら、取引もスムーズに行くでしょう」


 宝石のカットの事だろうと思い相槌のみ打っておく。この世界での、宝石の鑑定など知らないからだ。


「あと、魔力の込められたものも無い様ですね。もし、あった場合は私の手には負えないので」

「すみません、後学の為に理由をお聞きしてもいいですか?」

「ああ、そうですね。私も専門家ではありませんので、魔力が込められていた場合、宝石の中心に魔力の光を宿すそうです。自分も数回しか見た事はありませんが。その魔力量や宝石の質などの鑑定が必要なのです。また、その証明書と一緒に取引されるので、ほぼ時価と言う高価な物になってしまうわけです」

「そうなんですね。宝石に魔力が宿ると始めて聞いたので、すみません少し興味で聞いてしまって」

「いえいえ、構いません」


 座長のクルガーは全ての宝石を出し終えると、一つ一つ鑑定らしく見比べる事はしなかった。

俺達の事情を聞き。信用できる相手であるかを見定めたのだろう。


「それで、交渉の件なのですが、正直、宝石の価値は変動するので、今即金をお渡しできそうにありません。鑑定士が居れば良かったんですが」

「全然構いません、それでどうしたらいいでしょう?」

「こういう時は、信用貸しと言う事でどうでしょう?」

「すみません、あまり商売には詳しくないので説明してもらえると助かります」

「ええ、まずは私達は宝石を預かり、他の都市や街で売り先を探します。タモトさん達には、今ここで最低でもこのくらいで売れるのではないかという金額をお渡しします」


 自分達には即金として、最低予想した売値金額を渡されるのだろう。


「それで、私達はより高く売れるように他の街で交渉します。そして、売れた金額から先にお渡しした最低予想金額を引いた分から、1割~2割を私達の儲けとして。また、残りをタモトさん方の利益としてお渡しします」

「わかりました。もし、売れた値段が最低予想金額を下回った場合はどうなるんですか?」

「その時は、私達の鑑定と私の見込みが甘かった勉強代です。損するのは私達だけです。宝石の売値証明書と利益金をギルド経由で受け取れるように連絡しますので、金額を偽る事が出来ません、後は、現物を売らずに逃亡などもありません、大抵は契約時にギルドを介して証書を作りますので同時に売買の期限期日を決めるなどします」

「そこは、お任せします。巡業の予定もあると思いますので」

「そう言っていただけると助かります。それでは、そうですね。90日以内と言う期日でもよろしいでしょうか?」

「ハイ」

「後は最低予想の売値なのですが、大小と宝石の大きさに差がありますので。小さいものを3銀、大きいものを5銀としてお渡ししようと思うのですが」


 テーブルの上には、大小あわせて32個の宝石が並べてある。小が22個、大が10個だ。総額でもらえるのは・・・えぇと・・・6金6銀+5金だから、11金と6銀だ。


「タカさん?結局、どの位ですか?」


 ユキアは計算についてこれてない様子だ。こっそりと耳打ちしてくる。やはり、村に戻ったら一緒に勉強すべきだろうか。村の他の子供の学力が心配である。


「11金と6銀だよ」

「ぇぇ!、そんなにですか!」


 小声ながら、大金に驚いている様子だ。それを気づかぬ振りをしながらクルガーさんは微笑を浮かべている。


「そんなに、高くて良いんですか?」

「ええ、これでもかなり安全な最低予想の金額ですよ。カットしてあるだけで、すぐに売り先が見つかると思うので大丈夫だと思います。後はこちらの利益を何割にするかですが?」

「私達は、そちらにお任せするので2割でもかまいません」

「ありがとうございます。それでは、ギルドでの契約にはハントを行かせますがよろしいでしょうか?金額もその時に用意しておきますので」

「わかりました」


 クルガーさんはそう言うと、取引が成立した時のように握手を求めてきた。一応、交渉の形だけでもと握手を求めてきて微笑を浮かべているのは、良い人と取引できた実感があった。


「そうだ、ハント。ギルドにキアも連れて行って機嫌をとっておいてくれ、少し遊んでくるといい」

「たまには、親父が付き合ってあげれば喜ぶと思うぜ?」


 交渉が終わったため、ハントの言葉遣いも普段どおりに戻ったのだろう。騎士の格好からは違和感がありまくりだが、初対面の時の様子を知っている俺にとっては偽りの無い今のほうが暖かみを感じる。


「まあ、おいおい……な」


 俺は再び袋に戻された宝石を受け取り、互いに席を立つ。


「ああ、タモトさん。私はこれで失礼します。少し、ハントと話がありますので、たぶんキアは楽屋で着替えていると思うので、先に行って待っていて下さい」

「わかりました。それでは、クルガーさんありがとうございました」


 そうして、俺はユキアと共に食堂を抜け左通路奥にあるという楽屋へ向かった。




 二人がキアの元へ向かった後、食堂にはクルガーとハントの二人だけとなる。


「ハント。あのタモトという青年、偽りを言っているように見えたか?」

「いえ、事情を説明している時も内容に矛盾は無く、宝石の売り先に困っていたのは真実の様に見えました」


 ハントは先程の親子の砕けた会話から、再び緊張感を含んだ返答となる。


「ああ、私もそう見る。しかし、宝石の出所が気になる。あれだけ切りそろえてある宝石を所持していたと言う商人の素性が分からない。

 タモト君の言う事が本当であれば、アロテアの宝石商と言う事では無いだろう。他の街から来たのか?それならなぜアロテアで商売をしない?隣のキイア村に商売に行くのなら、ネックレスや指輪の装飾品にするはずだと思うのだが、もし仮に故意に装飾品以外を渡したのならその意図も不明だ」

「確かに」 


 宝石と装飾品の違いは加工の過程である。装飾品が最終的な結果に対して、宝石は材料または装飾品から解体した結果となる。


「タモト君が盗んだ物であるという可能性はどうだ?」

「同席していた女性の驚きようから、宝石の価値にあまり縁のない環境だとは思えます。実際、ギルドで街道で襲われたかは、一緒に居たという冒険者の方にも確認も出来ますので、彼が単独で盗んだと言う事は無いでしょう」

「うん、そうだな。ならば現状の問題は宝石の出所がどこかと言う事になる。ハント、ギルドに行く際それらしい噂等無いか調査してきてくれ」

「わかりました。まだ、上の方への連絡まではしなくて大丈夫でしょうか?」

「まだ、良いだろう。宝石店が無いアロテアにあって、わざわざキイア村に宝石を売りに行ったという商人の素性が気になる」

「わかりました。父さん」

「ハント、今は父さんじゃないだろう?」


 クルガーは苦笑しハントの方を向く。


「ハッ、クルガー団長!」


 ハントは勢い良く、バッと右腕を折り胸に掲げる。その姿は、まさに騎士そのものだった。

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