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遠くから木槌の打ちつける音が響く、村のあちこちでは先日の洪水で流された人たちの為に新しい家が作られ始めていた。まだ、建築が始まって2日しかたっていない。今度建てられる予定の場所は、一定の高台の斜面を利用するようだった。
「お姉ちゃん、はやくー!」
「ああ、待ってくれ」
先を行く双子は、私と同じく村人の手伝いの為に建築現場へ向かっているところだった。両手には、昼の弁当であるパンで野菜と地鶏をサンドしたものを抱えていた。先程、声を掛けてきたのも双子の兄のダルのほうだ。その隣で私を待っているのは、妹のダリアだ。まだ私には慣れていない様子で。話しかけても不自然な間が開いてしまう事がよくある。
「弁当運んだら、ナイフの使い方教えてくれるんだろ?」
「そう言う約束だったな、昼からは特に予定も無いし良いと思うぞ。その前に宿屋に戻ってからだがな」
「やったー」
兄のダルの方は、以前見せたナイフの使い方に興味があり教えてくれとせがまれたのだ。まだ、危険じゃないか?と姉のサオに相談したのだが、ダルがやる気を見せること自体が珍しいのだという。すぐ飽きるかも知れないが、教えて欲しいと逆にお願いされてしまった。
「ダリア。あなたは何か習いたいことは無いの?」
ついつい物静かな雰囲気の妹に、やさしく声を掛けてしまう。この妹の方は、思いを内に抱えるタイプのようだった。私には、歳の近い兄弟もおらず、周りには年上の盗賊達しか居なかったため。年下の子供とは、あまり関わったことの無いせいか、何を話したら良いかいつも考え、ドキドキしてしまう。
「……魔法、習いたぃ」
予想外に即答で返事をくれて、気まずくならないだけ助かった。
「魔法かぁ、私にゃぁ無理だなあ。キイアさんのお母さんにでも聞いてみるかい?」
「うーん。出来ればタカお兄ちゃんに相談したい」
「ああ、あの兄ちゃんか」
コクンと頷くダリア。ダリアが先生にと希望する青年は、確かに魔法を使えた。実際に使ったのを見かけたのは一回だけだが、奇妙な魔方陣を使っていたのは覚えている。彼女が習いたい人が決まっているなら、無理に他人を勧めることも無いだろう。まして、自分が教えれることは武器全般で、今はダルの様に体を動かすよりも、内向的なダリアには武器を持って扱うのは想像できないからだ。
「みんな~昼飯だぞー」
「こんにちは、昼のごはんを持ってきました」
「……こんにちは」
私は、両手に抱えてきた袋を解きながら、作業する村人に弁当を手渡していく。まだ、建築する場所には家の外観さえ出来ておらず、土台を整えている様子だった。
「姉ちゃん、いつもすまないな。色々手伝ってくれてるが、もともと、村の者じゃねえんだろ?」
「ええ、でも、これも何かの縁です。それに、傷を負っていた所を助けてもらったお礼返しです」
「ああ、ありがとよ。村に若いのは少ねぇからな。いつまでも、ゆっくりするといいさ。今は大変なときだから逆に大忙しだけどな」
「はい」
弁当を皆受け取り、休憩をするようだった。弁当と言っても、木枠で作られた物だ。使い捨てでは無いので宿屋に持ち帰らなくてはいけない。皆が食べ終わるまで少し待つことになるので、ちょうど切り倒した倒木に腰掛けて待つことになる。
「ねえ、お姉ちゃん。」
「ん?なにダリア」
「お姉ちゃんは家に帰る予定は無いの?」
先程のやり取りの話を聞いたのか、ダリアが聞いてくる。なんと言えば良いだろう。今まで家と言う所に長期間住んだことは無い。仲間である盗賊と街に行ったときには、もちろん宿屋には泊まったことがあったが、落ち着いて定住することは無かったように思う。
「うん……、お姉ちゃんね帰る家が無いの」
「そうなんだ。雨に流されちゃった?」
「そんな感じかな、お父ぅが亡くなって家族と一緒に居れなくなっちゃった」
「ふぅーん、私達と似てるね。」
ダリアは一人納得している様子だった。サオから、父親が早くに亡くなっているのは聞いていた。傷を治してくれている間にその経緯を聞いた事もあり、知り合って数日しかたっていないが、私とサオは、それからよく話すようになった。今思えば、アジトに残った何人かの人達は自分を探しているんじゃないかと思う。もちろん、心配してくれる者や、そうでない人物もいるだろうという事はわかっているつもりだった。
「今日もサオは忙しいのか?」
「姉ちゃんは、宿屋で手伝ってるはずさ」
実際、自警団員の寄り合いが宿屋から解散したといっても、避難している人達の援助は続けられている。そのため、自分の様な手伝いを申し出た人は、男性は主に村の修復や女性は宿屋や荷物の運搬に関わっている者も多い。
「そうか、戻ったら一緒に食事できるといいな」
「「うん」」
弁当を運んできた自分達3人は、作業中の村人が昼ご飯を食べ終わるのを待っている間する事は無い。周囲を見渡すと、先日まで湿っていた地面も乾き、遠くの山まで視界も開けている。遠くには土砂の滑落した斜面が見えるが、その向こうには、この前まで自分が居た盗賊のアジトがある方向のはずだ。
「何か見えるの?」
「いや、何でもない」
急に黙り込んだ私を心配したのだろう。妹のダリアは聞いてくる。ちょっとした雰囲気の変化にも過敏に気がつく娘(妹)だ。これからも、ちょっとした態度に注意しなくてはと思ってしまう。
「おう、姉ちゃん達、ご馳走様美味しかったぜ」
「はい、それじゃあ、帰り支度しますか」
「了解」
「うん」
腰掛けていた倒木から、腰を上げ配った弁当を回収していく。残り半分は双子が集めてきてくれた。
「それじゃあ。頑張ってください」
「ああ、弁当ありがとな」
両手に幾分軽くなった弁当の空箱が入った籠を持ち、宿屋へもどる路を降りていく。来た時と同じく、ダルが先を歩きながらダリアが私の横で一緒に歩いていく。
私の新しい人生はもうこの村で始まっていた。しかし、私の行っていた義賊の記憶やそれを村人に告げれていない事実が思いのシコリとなって、胸の中に罪悪感となって渦巻いていたのだ。
「サオ姉ちゃんただいま」
「ああ、お帰りダル。お使いありがとね」
「ただいまお姉ちゃん」
「ダリアもお疲れ様、きつくなかった?」
「うん」
宿屋の食堂のカウンター越しに、双子は空の弁当箱のバケットを置いてくる。私も丁度昼の給仕が終わったところだ。料理の出来る私に任された仕事は、宿屋に避難している村人の献立の手伝いだった。今も丁度、皆の食べ終わった木皿を洗っていたところだ。
「サオ、お疲れ様」
「サニーも、お疲れ様、ありがとね」
「ああ。大した事じゃないよ」
サニーが村に来て6日が経とうとしていた。まだ、数日しか村に居ないというのに大変な村の状況に一生懸命に手伝ってくれていると思う。背中に傷を負って村に来たときは驚いたが、その治療のお返しだと本人は言っているが、何か思いを隠しているように思える。普通だと、背中の傷が治ったら即座に隣町のアロテアにでも、行こうと思わないのだろうか。しかし、当人はその思いを打ち明けてくれる雰囲気も無く。今日の様に、人手が足りない雑用から手伝ってくれているのだ。
「だいぶ。寂しくなったな」
「ええ、避難しているとは言っても、昼は仕事があったり残った家財を確認しに行っている人も多いから」
確かに言われたとおり、宿屋の食堂は前の様に人の出入りも少ない。今は特に村に残っている街の商人も隣町へ避難し始めたらしく、ゴブリンの件以前の状況に戻ったそうだ。
「サオはお昼ご飯は済ませた?」
「いえ、まだよ。サニーもまだでしょう?」
「ああ、双子とサオと一緒にご飯を食べようか、と話をしたからね」
「そうね、丁度良いかも。お昼にしましょうか・・・女将さん、お昼先に取ってもいいですか?」
「ああ、かまわないよ。昼からは仕事も落ち着くし夕方にまた手伝って頂戴」
「わかりました」
着ていた宿屋のエプロンを外し、自分たちの分の食器をカウンターに並べていく。昼食は村人達の様にサンドではなく、バラバラになった状態のパンと野菜と村で作ったハムだ。残ったそれらを、自分たちの皿に盛っていく。
「ダリア、皿をテーブルにお願い」
「うん」
ダリアは自分の好きな場所のテーブルに皿を運んでいく。丁度日差しの差し込む外が眺めれる席だった。
「ダルっー。ご飯食べるよ」
「ああぁ、食べる食べる」
宿屋に避難している同年代の男の子と階段付近で話していたダルを呼び、ダルは、すぐに男の子に別れを告げるとテーブルまで走ってくる。
サニーは水差しのポットを持ってきている。私はナイフとフォークをテーブルに持っていく。
「大丈、か?……ぉぃ、ユリアさん、呼んで来い!」
ん?何だろう外が騒々しく、宿屋へ近づいてくるようだ。私達が席に着こうとしたとき、不意に宿屋の扉が開かれる。村の入り口に居た自警団員だろう。
「女将。ユリアさんを呼んでくれないか?隣町から来た商人が.襲われて怪我したらしい」
「はいよ」
急ぎ階段へ向かい2階にいるユリアさんを呼びにいく女将さんを眺める。次に注目したのは人に肩を貸した状態で入ってくる男性がいたからだ。
ガシャン!
突然後ろで、ポットを落とす音が聞こえる。落とし主は、驚きに目を開きその男性を見つめていた。
「……ロイド」
「サニーお嬢……」
宿屋に入ってきた商人風の男は入り口に立ち止まり、サニーと共に互いに驚きの表情で見詰め合っていた。
私は、一瞬の思考停止から我に返って。ロイドを再度見なおす。あちらも私が居たことに驚愕している様子だった。ふと、自分を追いかけてきたのではないか?という不安が脳裏をよぎるが、彼が肩を貸している人物が怪我を負っており、様子がおかしい事に気付く。再び、ロイドの表情を伺うがすぐ後ろにいるサオ達の事を考えると、ロイドへの膨らむ疑問も容易に聞けないでいた。
「皆、すまない。昼は先に食べててくれ」
「ぅ、うん。かまわないわ」
私は宿屋の入り口へ歩を進めながらサオヘ伝える。サオは突然の訪問者に驚いている様子だった。双子は成り行きを見つめているが、視線は入ってきた訪問者に向けられていた。
「知り合いか?」
「え、えぇ」
2階へ案内しようとしていた自警団員が私に聞いてくる。
「まあいい。肩を貸してやってくれ。自分はユリアさんへ治療をお願いしたら。オニボ団長を呼んでくる」
「あぁ、わかりました」
「っくサニーさん」
「クルト、大丈夫か?」
「はい、なんとか」
治療を簡単に行ってあるようだが、怪我をした左側の肩を支えに手助けする。この青年はアジトで何度も一緒に仕事をしたことが有る。確か、ロイドの部下の一人だった。両脇を抱えながら階段を上り始める、すると後ろからサオが自警団員に質問する声が聞こえる。
「街道で襲われたって、ユキア達は大丈夫なんですか?」
「サオか、ああ、この二人はユキア達に助けてもらったそうだよ。まだ詳しくは聞けてないが、無事にアロテアに向かったそうだ」
「そうですか、よかった」
サオは、ひとまず安心すると食堂の中に戻っていった。
「ユリア先生。こっちです」
呼びに行った女将さんが、階段先で待っておりユリア先生を呼んでくる。この数日で何度か彼女が治療を行っているのを見たこともあり、この人に診てもらえるなら安心することが出来る。
「空いてる部屋はあったかしら?女将さん、あと、白湯を用意してください」
「あいにく、避難している人達で満室なんだよね・・。さて、どうするかね」
「私の部屋が空いてます。事情も聞きたいので私の部屋はだめですか?」
私は自分の部屋を一人で使わせてもらっているのに気づく。事情を聞きたいのも本心であり。早く治療を受けさせたいとも思う。
「事情って?」
「ああ、この女性と商人さんとは知り合いらしい」
「それならしょうがないわ。彼女の部屋に運んでちょうだい」
そうして、クルトは私の部屋の空いたベッドに横に寝かされ、ユリアさんの診察と治療が開始された。
「じゃあ、団長に報告してくる。何かあったら自警団の詰め所へ来てくれ」
そう言うと、自警団員の隊員は部屋を出て行く。表情からは、彼らを商人と思い少しも疑っている様子は無かった。
「簡単に襲われた経緯を教えてくれる?」
付き添いってきたロイドに事情を聞いてくるユリアさん。自分も何があったのか知りたくもあり視線を向ける。
「あなたがユリアさんですか。私はロイドと言います。アロテアからこちらへ向かう途中、グレイウルフに襲われまして。彼が左肩と足に噛まれ負傷しました」
「治療が行ってあるけれど、これはあなたが?」
「いえ、丁度、キイアからアロテアに向かっていた、お嬢様のユキアさん方に助けていただき。その時に簡単に治療を行っていただきました」
「そう、それで見かけほど傷が無いのね。ほとんど私がやれることは無さそうよ。体力が落ちてるみたいだから、軽い食事と安静が必要ね」
「わかりました」
「湯を持ってきてくれるから、体を綺麗にして少し休むといいわ。熱が出るかもしれないけれどその時は言って。クルトさん?寝れそうかしら?」
ユリアさんは、傷は治療を行う必要はなさそうだと言う。ロイドに着替えを手伝ってください。とお願いをしている。
「寝れると思います」
「わかったわ。何かあったら言ってね」
ほとんど治療が必要ないという事を聞きロイドも私も安心する。ユリアさんは着替えをお願いしてくるわと言い。部屋を後にした。
ユリアさんが退室した部屋は微妙な雰囲気に包まれる。私から何故二人がこのキイア村に来たのかを問うても良いのだろうかと迷っていた。その空気を察したのかロイドがゆっくりと話し始める。
「サニーお嬢、たぶん色々聞きたいでしょうが、人が戻ってくる前に手短にします。」
「ああ、わかった」
ロイドは質問に答える方法ではなく、報告として状況を教えてくれるらしい。私は幾分緊張のためか返事がアジトにいるときの様に硬くなる。
「自分はキイア村にクルトを探しに行くところでした。サニーお嬢の行方が掴めればと願っていたのもありますが、お嬢と会えたのは偶然です」
「そう・・・」
「今はガールが盗賊団を仕切り、お嬢を探しています。アロテアには何人か詰めているでしょう」
ロイドの話を聞き、すこしため息をつく。まだガールは私の事を狙っているようだ。横で聞くクルトも事情は知らなかったようで、話を聞き自分なりに情報整理するように黙っている。
「今ガールの関心は、お嬢が街のギルドにアジトの情報を渡していないかや、お嬢の行方だと思います」
「・・・だいたいわかったわ。私も見つかっていなければこの村から、しばらく動くことは無いわ。それにしても、偶然でも会えたのがロイド達で良かった」
ふと、緩む笑顔に部屋の雰囲気が和らぐ。しかし、今後は見つからないための対策が必要だ。
「ロイド達は、商人という事でいいの?」
「ええ、無用に村人を騒がせることも無いと思います、ガールも今の村に魅力が薄れれば襲う気にもなりにくいかと」
「わかった。ロイド達だけなら良いが、アロテアで消息が掴めない内に、この村で見つかってしまう危険を考えれば、目立つのは私か・・・」
私は、170cm近くの長身であり。髪も長い。キイア村でも浮いている存在だろう。村娘に変装しても、サオと並ぶとそうは無いが他の村娘とは明らかに背格好が違いすぎるのだ。
「私が、村娘に変装するには無理があるな」
私は、腰まである自分の髪に触れながら自問する。
「そんなことは無いと思いますがね。案外村娘の方が似合っているかも知れませんが、サニーお嬢がしたくないのならしょうがないですね。男装しか・・・」
ロイドがわずかな笑みで、質問してくる。
「しょうがないか」
内心、自分でも男装という考えがあった。しかし、これ以上にサオ達へ何と言い訳をしようと思いながら、どんどんと深みにはまって行く、逃げ隠れている理由を言い出せない罪悪感とサオ達に本当の事がばれた時に嫌われるのではないかと言う恐怖が胸に渦巻いていた。
数時間後、サオ達の前で説明をしているサニーの姿があった。男物のズボンを履き、上半身は体のラインがわかり難いゆったりとした服だった。髪を後ろで縛り、腰までの長さを洋服の中に隠した。近くで見ないとサニーだとは気づかない。
「で?狩人の格好をして家を出たのは良いけれど。家に連れ戻されそうで、変装することになったと、そう言うこと?」
「ああ、詳しくは言えない。すまない」
「謝る必要は無いわ。でもね……何か困ってたら言って欲しいわ」
「ああ……」
サオは、私が隠し事をしている事に薄々気づいているだろう。いっそ、サオには全てを打ち明けても良いのではないかと思ってしまう。しかし、今一番に嫌われたくない相手もサオなのだ。初めて出来た、同年代の同姓の友達。また、互いに父親を亡くし、似た境遇からサオの親友となりたい思いが強くなりつつあった。そして、今はただ、互いに笑いあえるこの日々を壊したくは無いのだ。




