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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
キイア村受難編
25/137

6




コンコンと執務室の扉がノックされ、給仕に行ったジーンさんがトレイに乗ったカップとポットを持ってきた。それぞれの前にカップを置き、ゆっくりとお茶を注ぐ動作も慣れているようで、危なげも無く注いでいく。微かに、甘い香りが漂ってくる。ハーブティだろうか。


「ありがとう、ジーン」

「「ありがとうございます」」


 給仕を終えたジーンさんは、笑顔でお辞儀をして退室していく。互いに3人はお茶を口に含み、匂いのとおり甘味の有るお茶だった。そして、ルワンナさんはスラリと伸びた足を組みなおし、話を続ける。


「言い方を変えるわ。この手紙は、キイア村の村長からタモト殿と言う男性がいるという紹介状だった。この中には、君が村で何かしらの仕事を望んでいる事も書いてあったわ。」

「え?タカさん、そうなんですか?」


 ユキアが俺が仕事を望んでいた事を意外そうに、俺に聞いてくる。


「ああ、今はユキアの家にお世話になっているけど、このままでは迷惑じゃ無いかと思ってね」

「ゴホン、話を続けてもいいかな?」

「あ、はい、すみません」


 ユキアはまだ話の途中だったことを思い出し、俺に聞きたそうな表情のまま視線を正面へ戻す。ルワンナさんは改めて一呼吸おいてメガネの位置を指で確認しなおす。


「以前より、キイア村の村長にお願いしていた事ではあったの。今までの様に、アロテアに村の代表者が依頼をしにくるのも良いけれど、不定期だったのよ本当に必要なときだけね。村との商売と交易を考えると、さすがに円滑とは言えないのが現状だった」

「はい」

「それで、以前から村長へ提案していたのが村へのギルド支店を出す事。一括して村の需要を取りまとめて交互の連絡が取れる様なね」


 そこでルワンナさんは、一呼吸置いて俺たちが理解できているかを眺める。ユキアは話にようやく付いてこれている様だ。


「そんな準備を進めているうちに、今回のゴブリンの騒動になった。私も焦ったわ、アロテア唯一の隣の村で、せっかくのお得意先が壊滅とかしちゃったりしたら、村人がアロテアに難民として流れ込んでくるじゃない?数百人の村人が来ても、今の街では抱えきれないの」

「そうですか、事情はわかりました。今後のそういった事態の解決に向けても、村への進出を急ぐ必要が出てきた訳ですね」

「そう言う事。てっきり私も村長が代行するんだと思ってたわ。そういう連絡の手紙だと思ったら、まったく私の知らない君が推薦されたわけ。本人に会いもせずに、一緒にビジネスをする人に、ハイそうですかって納得も出来ないわ、それで今日来てもらったわけ」


 確かに、村長の一存で決めれることなら、村長は村から出発する前に俺にそれらしい話があるはずだった。しかし、これは街のアロテアとキイア村の両方に関わる事から、判断をアロテアのギルドマスターに任せたのかもしれないと思う。でも、仕事を探していたとはいえ、冒険者ギルドのキイア村支店?とも言えるマスターに推薦されるとは思ってもいなかった。


「でも、自分が何をすればいいのか。それに、自分に任される理由がわかりません」


 大体の話の詳細を話し終えたルワンナさんは、ふぅ、と肩の息を抜き口調を和らげる。


「そうよね、村長が君を推薦した理由までは詳しくは書いてないわ。でも、見込みがあるので役割を任せたいと書いてあった。村長がそこまで、君に任せたいなら私に反対の意見は無いわ。でもね、これはあくまでキイア村への依頼なの、君が不適任だと思えたりこちらに不利益になる場合には、村長に検討をお願いするわ」

「わかりました」

「あと、ギルドマスターが何をしないといけないかは、要するに情報交換よ。何が求められ必要で、何が供給として送れる。それを互いにやり取りするの。ゆっくりと急がない物であれば手紙で、急ぐ場合は伝書鳥。後は最低月に一度、アロテアに来て状況を教えてくれればいいわ」

「それだけで、何か変わるんですか?」


 突然にユキアが質問してくる。


「人と物が互いの間で動くわ。もちろん情報もね。そうすれば、より一層街道の危険度も下がるし、より流通もスムーズになるわ」


 ユキアは横で話を聞いていて納得できない様子だ。


「情報をやり取りするだけで、そこまで、変わるとは思えません」

「そう?でもね、アロテアで今、見世物小屋が来ているのは知ってる?結構、有名なところらしいけれど」

「いえ……、昨日街に来て広場の隅にテントがありましたけど、あれですか?」

「そうよ。もし、珍しい曲芸や生き物が見れるなら村から見に行きたい人もいるかもしれない。もし、キイア村にしかない珍しい食べ物やお酒があるのならアロテアの住人だけでなく国中の人も飲みたいと思う人がいるかもしれないでしょう?そういう、かも知れないっていう可能性をやり取りするの」

「そうですか……」


 俺は大体のギルドマスターの仕事について理解することが出来た。それに就くかも最終的には自分に選択できることもだ。何より、仕事がもらえるのは嬉しかった。きっと肉体労働や警備かと思っていたが、村の交易や流通面に関われるようだ。

 確かに、村人や冒険者と比べ運動不足や体力に自信の無い今は、逆にそういった事務仕事が向いているようにも思える。


「でだ、タモト殿、君の返事を知りたい。ここの様に冒険者ギルドという看板でなくても良い。キイア村だから特に商工ギルドや観光ギルドのほうがあっているかもしれないが、そこは名称だけだからな、好きにしてもらってかまわない」


 俺は、ルワンナさんの口調や雰囲気が変わることに違和感を覚えなくなっていた。仕事の決定をするときは冷静に判断する為に男性の様に話してしまうのだろう。


「任せてもらえるのは大変嬉しいです。任せて頂けるなら、やってみたいと思います。ギルド名称をどうするかは村に戻って村長と考えさせてください」

「ああ、構わない。これで長年の問題がひとつ解決するよ」


 そういってルワンナさんは、席を立ち上がると握手を求めてくる。


「それじゃあ、よろしくお願いする」

「こちらこそ、お願いします」


 ユキアはやや不満そうな表情のまま、俺たちの握手を眺めていた。


「それで、ついでといっては何だけど。タモト君にはキイア村に帰るのを延期してもらえないかな?」

「え?」

「そんな!」


 俺達は話が終わったと思い「それでは、失礼します」と告げようとすると、不意に呼び止められる。


「うん。それが良くないか?良い機会だからさ、ここのギルドで仕事を覚えていきなよ。なあに、一週間位の事前研修と思ってもらえば良いからさ」

「それじゃあ、私も残ります」


 ユキアが俺の返答を返す前に即断して告げる。


「いやいや、ユキアさんだっけ?あなたには村長への手紙をお願いしたいな。後は、先に伝書鳥を村に連れて行って欲しいのよ、戻って村長さんに必要なものを連絡してもらって頂戴」

「そんな・・・、それらはオルソンさんにでも任せれば」

「ユキア、きっとユリアさんも心配してると思う。それに、酷くないとはいえ怪我人の皆もいるし。一週間なんてすぐだから」


 俺は提案されたギルドの研修期間を受けるつもりでいた。平時ならユキアがそばにいてくれるのが心強い。でも、今は村の方も大変な時期だと思えるのだ。ユキアを一週間もアロテアの街にいてもらうよりも、キイア村で待っていてもらったほうが良いと思える。


「タモト君の言うとおりさ、一週間なんてすぐだからさ」

「ね、ユキア」

「……わかりました」


 ルワンナと俺の説得で、しぶしぶ了解の言葉をいうユキア。満足げにルワンナさんは頷くと、机の上に置いてあったベルをチリンと数回鳴らす。すると、しばらくしてノックの後に受付の洋服を着た女性が執務室に入ってくるが、ジーンさんでは無かった。彼女はきっと自分の仕事に戻ったんだろう。


「マスター御用でしょうか?」

「うん、二人をお見送りして。タモト君、明後日にまた来て頂戴、研修はそれからね。ユキアさんには明日手紙を渡すわ」

「わかりました。それでは、また明後日に」

「失礼します」


 俺達はルワンナさんに別れの挨拶をして、執務室を後にした。階段を降りて、一階の冒険者受付を見るとジーンさんは新しい依頼主の応対をしていた。新規に掲載されている掲示板には、今も3人の20歳代の男性が指をさして相談していた。きっと、キイア村の土木仕事の依頼を見ているあたりだ。


「賑ってきたね」

「そうですね。もう10時近くですし、今日の仕事を請けに来た人が多いんでしょう」


 俺の問いかけに、案内してくれる女性が答えてくれる。


「ぁ、ここで大丈夫です」

「そうですか?それでは、お気をつけて」


 俺達は、カウンターの横からエントランスにある広い空間で、案内役の人と別れる。きっとあのままだと、入り口でお辞儀をされて大仰に見送りをしそうだったからだ。さすがに、冒険者の出入りの多い入り口でお辞儀されている行為を考えると遠慮することにした。


「ふう、ユキア、ようやく終わったね」

「……」


 30分くらいしか話していなかったが、それ以上に話していたように思える。ユキアはルワンナさんとの話の後から、何気に不満な表情を浮かべていた。その事に、会話中から気がついてはいたが、なぜ不満に思っているのか気づくことが出来なかった。

 そして、同じく面会の途中からミレイが俺の左ポケットに起きて周囲を見ていた事に気がついていたが、俺たちがなにやら話している様子から何も言わず、姿を現したままポケットの中で寝ていた。


「ユキア?どうかした?」

「タカさん、診療所では無くて働きたいってホントなんですか?」


 ようやく、ユキアは話してくれる。すこし俯き気味で悲しげだ。


「うん、ユキアにも、ユリアさんにもお世話になりっぱなしだったからね。いつまでも部屋を借りるわけにもいかないと思って」

「そんな、気にしなくていいです。タカさんは、お母さんと私の手伝いをしてくれると思ってたのに」

「それは、もちろん。ユキアたちさえ良ければ、これからも手伝わせてもらうよ?」

「でも、ギルドマスターの仕事を引き受けるんでしょう?」

「まだ詳しくわからないけれど、でも、キイア村でそんなにギルドの仕事も無いかも知れないし。手伝いは出来ると思うんだ。そのためにも研修で何をしないといけないのか学んでくるよ」


 わかりました。とユキアは返事をしてくれる。


「でも、家の部屋は使って良いんですからね。手伝ってもらいますから」


 すこし、表情が明るくなったようだ。俺はわかったと返事をして。宿屋暮らしはなさそうだなと思う。

 遠くで見世物小屋の呼び込みがあっている様だ。アロテアのギルドマスターの言う通り、もし、時間が昼からあれば見てみたいと確かに思う。珍しい生き物って何だろうと思いながら、俺たちは冒険者ギルドを後にした。

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