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冒険者達が昨晩焚き火をした所へ集まるころには、光の魔法で作った照明はすでに消えていた。俺にとっては生死を分けた長い5分間だった。そして、再び暗闇が周囲を支配していた。
しかし、しばらくすると本物の太陽が顔を出すはずである。もう少しで薄明るくなるんじゃないかと、遠くの山々を眺めるが、まだその兆しさえもなかった。
数分の攻防とはいえ緊張を強いられた戦闘で、俺は疲労してしまった。緊張していた皆の表情にも、ようやく笑顔が見え始めている。
「この度は、助けていただいて申し訳ない。私は商人をしていますロイドと言います。この者は、私の部下でクルトです」
「俺たちは、アロテアの冒険者で、そして案件であるキイア村の依頼人だ」
「そうでしたか、巻き込んで怪我まで負わせてしまって、申し訳ありません」
ロイドは冒険者と俺達へ深々と礼を行った。魔法にて治療を行った怪我人のクルトは、現在眠らされている。出血の傷は塞いだものの体力の消耗が激しかったからだ。グレイウルフを追い払ったのを確認した後、ミーシャさんの持っていた睡眠薬で寝かせたらしい。
なぜ襲われていたのか事情を聞くと、ロイドさん達はキイア村に向かっていたそうだ。途中、グレイウルフに襲われ馬車を乗り捨て駆けて来たという。
「そうか、しかし、キイア村は今は大変なときだからな。いくら商売とはいえ、大引き返した方が良いのではないか?」
「噂でゴブリンに襲われているとか、それで冒険者のあなた方が行かれたのですか?」
「知っていたのか。まあな、しかし、すでに自警団がゴブリンも撃退してたから、やることも無くて帰る所だがな」
「ほお、キイア村は無事ですか。それは良かった」
「ああ」
ロイドという商人は、先程までグレイウルフに襲われていたとは思えないほどに、落ち着いて話をしていた。
商人とは、そう割り切った考えをできるものなのだろうか。先のことを見越して情報を集める。ゴブリンに襲われているという情報さえ知っててもキイア村へ向かおうとしていた人物らしい。
正直、どこに利益があると見越したのか、冒険者も俺達もこの二人の商人の考えを理解する事が出来なかった。
「ところで、彼はできれば早く街の治療院へ連れて行ったほうが良いと思うが、アロテアに引き返すなら連れていくが?」
「ええ」
「で、どうする?キイア村にも治療院はあるが、あいにく俺たちはアロテアに向かう途中でね」
「できれば、このまま私たちはキイア村に向かいたいのです」
「しかし、馬車も無くどうする?傷は塞がっているとはいえ、馬上でさすがに1日はかかるぞ」
暗に、ワングさんはキイア村に向かうのを断念し、アロテアに一度戻ってはどうだと、もち掛けているのだ。しかし、ロイドと言う人物は、即答せずしばし考えるように押し黙った。
「わかりました。途中までアロテアへご一緒してもいいでしょうか?」
「ああ、かまわない、途中まで?とは」
「ええ、私達の馬車がどうなっているのかを確認したいのです、運がよければ馬車が見つかるかもしれないので」
「なるほどな、合理的だな。商品も確認したいか。で、馬車が見つからなかったら、そのままアロテアの街まで向かうで良いんだな?」
「ええ、その場合はしかたがありません」
その選択に、冒険者もユキアやオルソンさんも納得する。最悪、俺は、ユキアはクルトに付いてキイア村に引き返し、二人と離れて俺だけでも隣町に行くことになるのだろうかと考え始めていたのだ。
事情や方針も決まり、その後は、それぞれの感謝をロイドさんに言われながら、朝食の支度を始める頃には、遠くの空も朝日が差し込み始め、闇の森を徐々に照らしていった。
「しかしよお。あんなでっけえ狼の報告なんて聞いてねえぞ?」
「そうね、アロテアの討伐以来にも載ってないなんて、変よね」
「俺らC(討伐)級冒険者でも討伐出来たかどうか、下手すればB(殲滅)級に行くんじゃねえか」
「ユキアさん達は、近くに住んでいて何とも無いの?」
「そうですね。狼は街道で時々見かける噂を聞いたくらいで。今回みたいな大きなのなんて初めて見ました」
「ああ、そうだな。自警団の方でも村の周辺で狼を見た報告は無いな」
「変ねえ、話を聞いていると狼も昔から出てたんでしょう?別の地域からか移ってきた訳でも無さそうだし、報告が無かっただけなのかしら」
「見かけても、報告できなかったってだけかもな」
「やめてよ、縁起でもない」
そういう話をしながら一同苦笑し朝食を取り終える。
朝食を終えた俺たちは、再び馬車に乗り込みアロテア方面への街道を進みだす事になった。怪我をしていたクルトを俺たちの馬車に担ぎ込み、商人ロイドは自分の馬に乗って付いて来る。
3時間程進み、アロテアの街まで3分の1を過ぎたあたりで、俺たちはロイド達の言う馬車を見つけることが出来た。その惨状は、グレイウルフに荷台を引く馬は襲われていた。
狼に襲われでたらめにも走って逃げたのだろう、荷台は側道の木々にぶつかり止っていた。
「どうだ?走れそうか?」
ワングさんが、仲間の冒険者に荷台を確認させている。
「大丈夫そうですね。荷台の方は壊れてますが、車軸は歪んでなさそうです」
「使えそうだな。じゃあ、ロイドさん、馬車を使うって話だったが良いな?」
最終確認だろう。無残な荷馬車だが使えなくはないと言う。商売には修理をしなければ今後使えないだろうが、この馬車でキイア村まで向かい、あとは、この商人の自己責任だと確認しているのだ。
「はい、お手数おかけします。やはりキイア村へ向かいます。代わりと言っては何ですが、荷物の商品から少し差し上げます」
「そりゃあ、嬉しい申し出だな。遠慮しないでおくよ。しかし、そこまでしてキイア村を目指すのも商売人故かね?」
「ええ、まあ、そんな所です」
昼前には、意識を取り戻していた彼も、その決定に馬車の中で何も言わなかった。一度あきらめた荷物なのだ。命拾いした対価としては足りないくらいなのだろう。
「ありがとうございました」
「おだいじにね。キイア村には母がいるので治療してくれると思うわ」
「わかりました」
怪我人であるクルトを別の荷台に運ぶ間、クルトからユキアや俺たちに感謝の言葉を言われる。馬車の荷台が揺れても体に響かないように自分たちの毛布を厚手に敷きこみ、その場所へ寝かせる。絶命している前の馬を解き、ロイドの乗っている馬をつなぎ出発の支度が整った。
重荷となる荷物は、若干破棄し、お礼ですと冒険者と俺たちにも数点の宝石や装飾品を渡される。
「じゃあ、俺たちはここでお別れだ。気をつけてな」
「数々ありがとうございました、それでは」
ロイドは、また深々とお辞儀をして俺たちを見送る。そうして俺たちは商人のロイドと別れアロテアの街へ向かう事となったのだ。
一方、キイア村に向かったロイド達は、朝に出会った広場を超え順調に村へ向かっていた。ガタガタと多少揺れるが、荷台のクルトにはそれほど苦痛とも感じなくなっていた。沈黙が占めていた二人の間に、ふとクルトが呟きを漏らす。
「ロイドさん、俺、キイア村を襲いたくはありません」
「そうか……」
それ以上、二人の盗賊の間には会話は無く、村へと向かう馬上では青空を見つめるクルトの眼差しがあった。
太陽が頂点から傾き始め、日中の日差しが和らいできた頃、下る斜面の木々の合間からアロテアの街の城壁が見える様になった。街の周囲を岩でつなぎ合わせた城壁が取り囲んでいる箱庭型の都市だ。
キイア村に向かう街道からの出口は、すぐ近くに森がありその周辺に民家は無い。城壁自体は均等ではなく低い所もある。しかし、それでも5m程はあり、街に出入りする入り口は決められているようだった。
「さあ、もうすぐ着くぜ、すぐ休みたいと思うが先に契約の確認だけギルドでお願いしても良いか?」
「ああ、かまわない、ここまで世話になった」
ワングさんは、先に契約金の確認と受け取りをしたいのだろう。オルソンさんに村の代表として対応を任せているので、俺やユキアの出番は無い。何より、俺はその会話さえあまり聞こえていなかった。始めて訪れる街に興味津々でそれどころじゃなかった。
「すげえ」
「ひゃはは、おっきぃ」
「ミレイちゃん、街では静かにね。精霊なんて皆見慣れてないはずよ」
「はぁ~ぃ」
興奮気味の俺は、御者台からキョロキョロと見回し遠くに伸びる城壁を見渡す。次第に入り口の門へ近づいていき、門番らしき衛兵が先頭を行く冒険者の馬車を遮り話をしている。衛兵はチラッとこちらを見ると、再びワングと話し軽いうなづきと共に道を開ける。次に俺たちの順番のようだ。
「こんにちわ、キイア村からだってな。お疲れ様。向こうで代表者は記載してくれ」
「お疲れ様」
話はワングさん達で理解しているのだろう。特に調べられる事もなく、俺たちは軽く会釈して、道を譲られた城門から街へ入った。オルソンさんの街に入る記載の手続きが終わるまで、ワングさん達も待ってくれていた。
再び馬車に乗り、2台の馬車が縦に並び進んでいく。街は石畳で舗装され揺れ具合は山道とは雲泥の差があった。時々、馬車の車輪に沿ってくぼんだ石畳に石が入り込んでいて、それを乗り越えるときにガタンと揺れるくらいだった。
しばらく直進すると、左右に商店街が並ぶ通りとなり、円形の広場には色々なバザーが開かれているようだ。遠くて見難いが大きなテントも張ってある。何か出し物でもしているのだろうか。俺たちはバザーの混雑を避け、広場に面した一段と大きい建物の前で馬車が止まる。
「さあ着いたぞ、まずは依頼の確認手続きをしてくるから、一緒に来るかい?」
「ハイ、ぜひ」
オルソンさんに言われ、待っているよりもと思い、ユキアと俺もギルドの中に一緒に入っていく。ミレイは俺の胸ポケットに入り込んでチラチラと周囲を見ていた。
「こっちだ」
呼びかけるワングさんの近くに行き、立位対面式のカウンターの一つに話しかけている。報酬受付と書いてあった。
「キイア村のゴブリン退治の件は、村が解決していてキャンセルだった。キャンセル料はもらっている承認してくれるのはこの人だ」
「かしこまりました。それで、先程言われていた、臨時の護衛依頼の承認もご一緒でよろしいですね?」
「ああ、おねがいする」
丸ガラスのメガネを付けた事務の男性が対応する。村長からもらっていたのだろう手紙を一読みし、拳ほどの判子を押してトレイに差し込んでいく。
「報酬金は今もらわれますか?貯蓄されますか?」
「今もらおう、7等分してくれ」
「わかりました」
そう言うと、2枚の紙に金額らしき文字を書き、サインをワングさんに求める。俺は、初めて取引らしい金額のやり取りを見るので興味津々だった。最後には2枚の用紙をずらして重ね割り印を押して終了だった。
「ありがとよ」
「ご苦労様でした」
ワングさんは7等分された報酬を受け取り、カウンターを離れる。
「あの書類は、証明書ですか?」
「ああ、あれはな。お金を受け取った証と俺達パーティが何を達成してどの報酬を得たかの情報になるのさ」
「へえ~」
なるほど、法外な報酬ではないかの査定や新規で依頼を出す場合の相場になるのだろう。
「ところで、これで俺たちの役目は終わりってこった。世話になったな」
「いえ、こちらこそお世話になりました」
「ありがとうございました」
「また、機会があったら村に来てくれ」
俺たちは口々にワングさんへお礼を言いながら、ギルドの出口へ向かう。他のパーティメンバーはカウンターまで行かず、掲示板を見ているようだった。
「あ、そうそう、村長からギルド宛に手紙を預かっていたんです。渡してきます」
「ああ、そうか。じゃあ俺達はここでお別れだな。何か依頼するときはギルドに頼むと連絡がつくと思うぜ。街にいないときは勘弁な」
「はい、それであ」
俺はワングさんと握手をして別れを告げる。ミーシャさんは新しい依頼を見ていたようだ、軽く手を振って別れを告げてくる。報酬をもらい建物を出て行くようだ。
「タカさん、手紙だけ渡して、もうすぐ日が暮れるので、頼まれていた依頼は明日にまとめてしましょう?」
「俺は馬車の荷物を見ておくよ」
オルソンさんは、冒険者と別れたことで荷物番をしてくれるのだろう。待たせるのも悪いし、なるべく手短に終わらせてこようと思う。ユキアが依頼の受付に一緒に行ってくれるみたいだ。報酬の受け取りとは別の腰掛け椅子の有るカウンターへ一緒に向かう。文字で表示されているのは、[受付カウンター]だった。
「冒険者ギルドへようこそ、新しいご依頼ですか?それとも依頼の取り消しですか?」
「あ、実はキイア村から来たんですが、村長から手紙をギルド宛に預かりまして」
「そうなんですね。拝見してもよろしいでしょうか?」
受付で対応したのは、20台前半の女性だ。制服らしき洋服を着ており袖はインク等で汚れない様になっているのかカフスで捲くり上げ止めてある。黒地と白のシャツを内側に着た簡素なワンピースの様な服だった。皆、女性は同じ服を着ているので制服だろう。
「あら、マスター宛ですね。ここでは開封できませんので、しばらくお待ちください」
そう言うと、近くの同じような受付へ席を離れることを告げると、カウンターを離れ奥の階段を上っていく。
「何なんでしょう。てっきり渡すだけかと思ったんですけど」
「だね。にしても冒険者ギルドってもっと殺伐としたところだと思ったら、全然違うんだ」
「ええ、私もよくは知らないですけど、仕事の斡旋しているところですからね。あそこにほら、仕事別に張り出されてるみたいです」
確かに遠目でボードに無数の紙が張り出されている。その前には数名の人が覗き込んでいて、ある者は二人で相談している人もいる。
「すみません、お待たせしました。ギルドマスターに確認していただきました。お会いしたいそうですが、本日は予定が有るとの事です。その上で、明日に、また来て頂けないでしょうか。少し会ってお話をお聞きしたいそうですが。よろしいでしょうか?」
「ええ、かまいません。明日は村の依頼をしたい事もありますので」
「そうでしたか、マスターの予定が午前中しか空いている時間がなく。よろしければ午前中にお願いできますでしょうか?」
こういう時、しっかりしたユキアは頼りになる。俺はユキアの顔を見る。明日の予定は俺自身わからないのだ。
「わかりました。明日お伺いします」
「それでわ、お待ちしております、担当いたしましたジーンと申します。明日またお声掛けください」
深々とお辞儀をして挨拶をする受付嬢を後にして俺達はようやく出口へと向かう。
「話しって何でしょう」
「さあ、村長が特別な依頼でも頼んだのかな、にしても偉く対応が丁寧だよね」
「そうですね」
すこし照れながらギルドの入り口から出たすぐ先に、オルソンさんが馬車に乗り待っていた。そして、宿に向かうために馬車に乗り込む。
「早かったな。もう終わったのか?」
「いえ、また明日来てくださいと言われました」
「そうか、まあ、今日はもうすぐ日が暮れるしな。今日はいったん宿に向かって、明日に依頼や街をゆっくり見て回ろう」
オルソンさんが、あらかじめ宿は決めていたようだ。特に迷うことも無く俺達は今日の宿に向かうことになった。
俺たちの向かった宿は、大通りからすこし入った3階建ての宿屋だった。外壁は白の漆喰で塗り固められており、キイア村の宿屋しか知らない俺にとって十分立派な建物に見えた。冒険者ギルドと言い、街全体の建築技術の高さが伺える。
「すごい宿ですね。こんなところに泊まって大丈夫なんですか?」
ユキアが心配したのは金銭の方である。
「あぁ、長期滞在するわけでもないしな。予定でも3・4泊なら問題ないそうだ」
「太っ腹ですね」
「だな」
「私も街に来て泊まるのも久しぶりで、ドキドキします」
オルソンさんは馬車を宿屋の前の馬留めに結び、宿屋の中へと入って行く。俺達もその後について行き、カウンターでのやり取りを興味津々で眺めることにした。
「いらっしゃいませ。ご宿泊でしょうか?ご休憩でしょうか?」
「まずは、3名で2泊をお願いする。部屋は空いているか?」
受付の男性は、チラッとユキアを見るとカウンターの後方に部屋ごとに掛けてある札を確認する。
「それぞれ個室が空いていますが、男性の方も個別がよろしいでしょうか?」
「ああ、個別でかまわない」
「かしこまりました、それでは、3名さまで各個室利用、2泊予定でよろしいでしょうか?」
「それでお願いする」
「それでわ、個室料金一泊5銀、2泊ですと9銀となります。3名さまで合計2金と7銀となります」
「そんなにするんですか!?」
ユキアが驚いた様にやり取りに聞いてくる。俺にとって、まだ金銭感覚も習っていないので、いまいち良くはわからない。受付は、それに対して困ったように苦笑しながら笑みを浮かべていた。
「それほど高いって事でもないんだぞ?他の宿と比べても清潔さと安全は保障済みだ」
「ありがとうございます」
オルソンさんが代わりに説明してくれる。カウンターにいる男性は、恐縮ですとお辞儀をしてくれる。オルソンさんが、この宿に決めていたのも、村からの買出しの際には良く使う宿なのだと言う。
「ああ、そうだ。馬車もお願いできるか?」
「はい、餌代と含め1泊1銀となります」
「よろしく頼む」
オルソンさんは、その金額で納得したようだ。カウンターの男性は、しばらくお待ちくださいと言い奥に入って行き、戻ってきた時には横に10歳ほどの男の子を連れていた。
「この者に、馬車を案内ください。後の確認は、支払いは前払いでよろしいでしょうか?」
「そうだな、払っておこう」
「それでしたら、合計の金額から1割サービスさせていただきます」
なるほど、連続の宿泊で割引と先払いで割引したりするのか。まあ、商売上そういうサービスで客を集めているのだろう。結局は、馬車代にちょっとした値段が無料になるわけか。そういうやり取りを見ているだけでも、宿のサービス精神に好感がもてる。
「ン?ンン?結局、いくらになるんですか?」
ユキアは計算は苦手のようだ、確かに村には学校らしい施設も無かったが。ユキアは少し掛け算や割り算は苦手なのかもしれない。しっかり者の印象のあったユキアの意外な一面を見つけれて、俺はほほえましく思った。
「2金と6銀ちょっとかな」
「はぁ、タカさんはわかるんですね」
ウウウ、と口を尖らせ悩んでいるユキア。そうこうしているうちに、オルソンさんは財布から金貨ならぬ金符のような細い棒を取り出し支払いしている。見かけは3cmほどのアイスの棒だった。その素材が金と銀になっており、模様が型押ししてあるようだった。
「それでは、こちらが部屋の鍵となりますので、奥の階段から2階へとお上がりください」
「よろしくおねがいする」
「ありがとうございました、ごゆっくり寛ぎください」
「ようやく休めるねっ、おにぃちゃん」
馬車の乗り続けにダウンしていた俺にミレイが労いの声をかけてくれる。オルソンさんから鍵を受け取り、少年に馬車を預ける間、俺達は宿屋の一階を見学できた。宿屋のカウンターがある以外は、キイア村の様に食堂があった。さすがにお土産屋は無いようだ。
「食事の前にすこし身奇麗にしたほうが良いな」
オルソンさんの指摘に俺達は自分の服装を改めて見直す。ユキアはそれほど汚れてる印象はなかったが、俺とオルソンさんは、さすがに泥や獣の返り血が酷かった。よく街に入るとき止められなかったと思う。
「食事の時間になると、各階の鐘が鳴るはずだ、それまで自由とするか」
「「わかりました」」
「おふろっおふろっ」
ミレイは俺のポケットから肩に移り小躍りしている。もらった鍵で個室の部屋の中に入る。
部屋の広さは6畳ほどだ。簡素にベッドがあり、奥には、別の扉で仕切られた部屋に交換式の樽と蛇口がある。木で作られたコック式の蛇口をひねってみると、水がジョボジョボと出てきた。仕組みはわからないが、勢いからして高低差を利用した上水道なのかもしれない。床はすのこ状で水はけも良くなっていた。お湯は宿屋管理なのだろう。
「そうだ、ミレイ」
「なぁに、おにぃちゃん」
「せっかくだから、ユキアにシャワーの魔法でお風呂を手伝ってきな」
「うん、アレ気持ちいいもんね~、いってくる~」
スゥウっと姿が消えるとミレイは居なくなる。ミレイは本来の水の精霊よろしく、シャワーの魔法をすぐに覚えたのだ。使用も問題ないだろう。
ミレイ自身、俺から遠くに離れれないと言っても、隣部屋なら大丈夫だと思う。俺は、自分の着替えを用意して入浴の準備を始める。しばらくして、俺もシャワーも浴び始めると。
「きゃあああ!」
「ヒャハハハハ、水とお湯間違えちゃったっ~」
などと、壁越しに騒ぎ声が聞こえてくる。少しして。
ドンドン!
隣の部屋の扉を叩く音が聞こえる。悲鳴を聞いた従業員だろうか。
「お客様!大丈夫でございますか!?」
「だ!だいじょうぶですっ~!」
慌てふためくユキアの声が聞こえる。俺は一人微笑するしかなかった。




