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サオとのギクシャクとなった態度も、時間も昼を過ぎるころには普通に話ができるようになっていた。本来であればこの時間には宿を利用する客しかいないだろう食堂には今は村の自警団員の若者や、村長といった主要な役割をになう人達で騒がしい状態だ。ひとつの席に4~5人が腰掛け、今自分達が集められている宿屋の食堂には総勢で40人近くの人達が集められていた。
「皆、今回のゴブリンの騒動だが、村に深刻な状況となる前に決着ができたこと、皆の頑張りによるところが大きいと思っている。その為に、この宿を提供していただいた宿の主人には感謝を言っても足りないくらいだ。」
オニボ団長が食堂のカウンターの前に話し始めると、騒がしかった喧騒も自然と収まっていき、次は何を言うのかと耳を皆傾けるようになる。俺も、ひとつの席に腰掛け同じテーブルにはユキアとユリアさん、サオやサニーも同席している。
思えば、このサニーという女性がゴブリンの襲撃の可能性を知らせてくれたことで、いち早く対応できたのは言うまでもない。今は村の人達に自然と受け入れられているが、まだ、同席している自分たちでさえ彼女の素性を良くは知らないのだ。
「今後は、土砂の災害で決壊した川の流れの修復や家を無くした者たちの住まいを、いち早く建て直し、普通の生活に戻れるようにしなければいけないと、村長と話し合ったところだ。」
テーブル周囲の数名が、村長へと視線を移すが、事前に話をしていたのだろう説明は自警団長へ任せている様子だ。俺自身も朝に村長から、それらしい概要を聞いていたので驚くことは特に無かった。
「そこで、本来であれば村の自警団員自身で復興へと望むのが本懐ではあるが、えてして、今回の村の損害が大きすぎるため、隣町のアロテアに労働力を確保するためギルドへ依頼することを考えている。もちろん、そうなれば、その資金には村で蓄えた皆の資金を少なからず支出することになるとは思うが、皆の理解を得たいと思う。もちろん、様々な意見を言ってもらってかまわない。反論や意見のあるものはいるだろうか?」
そこで、すっと手を上げる自警団の青年がいた。年は20代前半で腕を怪我している。
「すみません、反論ではありません。今回自分は怪我を負ってしまって。しばらく重労働はできないそうです。家も土砂に流されてしまって・・・・。こんな大事なときに、自分のような者にも役に立つ仕事ができますか?」
「そうだな、確かに今回の件で傷を負ったものは少なくない。家を失ったものも多いだろう。そういう人達への援助として、資金の援助は村の財政的には難しい。だから援助は現物支給となるだろう。家の変わりは、代わりの家が用意できるまで宿屋の部屋を継続して無償で提供してもらえることになっている。しかし、それは家の無いもの、家を失った者たちが優先だということを、皆も知ってほしい。仕事も、今後はギルドから派遣される労働者への援助となるだろう。衣・食の援助をお願いすることになる。」
「わかりました。ありがとうござます。頑張ります。」
青年の不安は、ここに集まる大半の不安だったのだろう。土砂で破壊された家やゴブリンに荒らされた畑ではすぐに収穫も難しいのだ。少なからず、住むところが続けて宿屋を使えることを知らされた何人かの安堵の表情が見て取れる。
「不安や悩みがここで言いにくければ、後で個別に直接私か村長へ言ってもらってかまわない。可能な限り対応させていただく・・・。・・・大方の異論が無ければ、早速にでも手はずを整えることになると思われる、数人にギルドへの派遣を依頼することになると思うが、無理なときは言ってもらうと配慮する。」
そう言ったオニボ団長はひとつの不安が解消したように、緊張を緩めた表情で周りを見回し俺と目が合う。おそらく、村長から朝の会話の内容を聞いているのだろう。すこし、笑顔を見せるように表情を緩めると再び皆へと話しかける。
「それでは、昼の食事後に村の損害状況の確認に巡回る予定だ。各班に分かれて状況をまとめてもらうので班長は食後に集まってくれ。そして、今後の状況把握は自警団の詰め所で行うこととする。各自、宿の主人と女将さんには感謝を言うように。それでは、解散する。」
解散の号令を聞き、宿の自室へ戻る者、家の健在な者は宿を出て行くようだ。
「タカさんの話していたとおりみたいですね。私には話はまだですが、おそらく私とタカさんと、後数名が依頼に隣町へ行くことになりそうですね。」
「ユキアは、大丈夫なのか?まだ怪我人も多いみたいだし。」
「ええ、大半の怪我人は止血は出来ていますし、お母さんが言うには正直ポーション数の不足の方が心配みたいで、早々に補充しないといけないみたいですから。こちらから、お願いしたいくらいだそうです。」
「・・・私は一緒に行くんだろうか・・・?」
サオは、自分が依頼の護衛として付き添うことになるのかをつぶやいたときに、ちょうど横からその返答が伝えられる。
「いや、今回はサオには村に残ってもらいたい。怪我をしていないのは護衛に十分活躍できるが、
弟たち双子の面倒もあるだろう。特に今回は家を失っているからな、母親を支えてやれ。」
サオの後ろから先ほどまでカウンターで説明を行っていたオニボ団長が声を掛けてくる。そっと、サオの肩に手が置かれており、サオ自身も母親や双子への心配があったのだろう、自分が護衛から外される事に異論は無い様子だ。
「タモト君、村長から話を聞いているとは思うが、改めてお願いしたい。ユキアもユリアさんが言っていた通りだ。詳しくは後で話そう。」
「わかりました。」
「ハイ。」
そう言ってオニボ団長はうなずくと、同席していたユリアさんと何やら話しているようだった。
「タモト君たちは、依頼ならしょうがないな、私はしばらく村に留まって皆の手伝いをするよ。」
サニーは、今までも子供の面倒や食事の配給を手伝ったりしていた。サオも村に残ることで、少しでも彼女の助けとなるだろう。
「サニーには、村人ではないのに助けられてばかりだな。ダルが特に気に入っててな、かまってくれて嬉しいよ。」
「ああ、皆には助けてもらったからな。村が酷い事にならなくて良かったよ。私は一人っ子だったからな、ダルは元気な弟が出来たみたいで、私こそ嬉しいもんさ。フフ。」
サオとサニーは互いに息が合うようだ。サニーの事情は皆知らないが、互いに落ち着いた雰囲気だし、二人とも見た目と実年齢に差が出来るタイプだ。似たもの同士、嫌悪するか馬が合うかのどちらかで、意気投合したのだろう。
食事が終わり、昼には村の損害調査が行われ。思ったよりもゴブリンの被害自体は小さいことに皆安堵していた。今は夕方近くになり、村の商売人や村長との間で復興のための必要な経費が計算されているころだ。俺とユキアはオニボ団長に呼び出され、昼と同じく宿屋の食堂に来ていた。昼に自警団の集まりは解散されたはずだが依頼先となる冒険者達が宿屋に宿泊しているのである。自警団詰め所へご足労願うよりも、宿屋で詳細の説明を済ませたほうが手っ取り早かったからである。
「・・という事で、今回、彼女らを隣町へ送り届けて欲しい。荷は購入した品物を運ぶための荷台付の馬車だ。」
「ああ、構わない。どうせ、町へ戻るだけだしな。村長からもそれらしい話を聞いてたので皆了承済みだ。」
「タモト君、ユキア、彼らが今回隣まで案内してもらう村の依頼に答えてくれた冒険者の人達だ。」
「リーダーをしているワングという。よろしく頼む。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
「本当は、ゴブリンを倒しに来たんだがな。何か仕事でもして帰らないとな。」
特に興味の視線で見られることも無く、冒険者たちは仕事だと割り切っているのだろう。近接戦闘に向いていない俺の体格を一目みると、非戦闘員でメッセンジャーになったと思っているのかもしれない。
「あとで冒険者メンバーに互いに自己紹介しておくといい。そうそう、2日間程だと言っても出かける荷造りをしておくといい。」
ハイ、という返事を俺はするものの。俺の荷物といえばユキアの父親のもので借りている服が数着のみである。きっと、荷造りは数分もかからないだろう。
「ユキアと言います。よろしくお願いします。」
「ああ、こちらこそよろしく。」
ユキアも同じくお辞儀をして挨拶をする。冒険者のパーティの中にも女性がいるらしい、後で顔を合わせ紹介してくれるそうだ。
「今回、君らみたいな若い者でゴブリンを撃退したのか?」
「自分は手伝いをしていただけです。ほとんどは自警団の人達が倒したんですけど。彼女は治癒が専門なので後方支援をしていました。」
「そうか、にしても聞いた話だと、ゴブリンも相当数いたはずなんだがな・・・。驚くほど村人に怪我人が少ないのが理解できないって言う仲間もいるんだよ。」
「確かにな、私も結果を聞いただけでは、信じられない話だがな。あの状況で隊員指揮をしていたからわかるが、今回は奇策があってね。その案の内容を聞いていれば、結果も納得が行くものだったよ。ワング殿には話しても問題ないだろう、後で詳しく話をしよう。」
冒険者への説明は、自分から行うよりもオニボ団長に任せたほうが確実だと思い何も言わなかった。団長も奇策の考案者が、ここにいる俺だと伝えるかもわからない。もし伝えたとしても、きっと、客観的に関わった人からの評価のほうが信憑性が増すだろう。それに、今は、いらない好機の目を向けられるのは気持ち良いものでもない。
「ところで、村への帰りに護衛をつけるらしい話を聞きましたが。誰になるんですか?」
「本来、隣町へはほとんど獣も出ない可能性が高いからな、君も会った事があったかな?サオ達自警団グループの班長だ。」
「はい、一度だけお会いしたことがあります。そうですか、あまり危なくない道なら安心です。」
「ハハハ、冒険旅じゃないからな。気負うことは無い。急げば1日でもいける距離だ、大丈夫だろう。」
聞く話だと、それほど危険も無いようで安心感が増す。どうしても、まだ村の地理にも慣れてないのだ。この村に来て数日しかたたないうちに、獣から襲われて重傷を負った木こりのダオさんや、ゴブリンの集団で襲ってくる姿を見ると、どうしても、村の周囲には猛獣が住み着いているイメージしか沸かない。そう、弱腰になるのも何とか今まで魔法を使うことが出来、夢中でかろうじて勝てたが、自分の魔法力の限界をまだつかみきれていない思いからくるのだろう。自分がどこまで戦えるのか、魔法が使えるのかを知らないと、強い野獣などに逃げずにこのまま挑むのは無謀だと思えた。
「タモト君、明日までには村長の依頼の詳細も決まるだろう。今日は明日に備えてゆっくり休むといい。」
「ハイ、それじゃあよろしくお願いします。」
「ああ、こちらこそ短いとは思うがよろしく頼む。」
そう、オニボ団長とワングさんに挨拶を済ませると、ユキア共々部屋にもどり明日の出発の準備を行った。準備と言っても、主に村の外に出ると言う覚悟だった事は言うまでもない。




