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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
召喚編
16/137

15

 ドンドンドン!


「タカさん、大変です。起きてますか?タカさん!」


 宿屋で与えられた部屋の外からユキアが激しくノックをして入ってくる。俺は昼間に魔陣トラップを設置した後、魔力の回復のために休憩してくれと言われ昼から夕方まで寝ていたのだ。


「ああ、やっぱりオニボさんの心配は当たったみたいだね」

「え?」


 俺は部屋の外や一階が騒がしい事に気づく。襲撃の可能性はオニボさんに聞いていたのでそれほど慌てる程でもなかった。昼間にオニボさんと話したときに、田畑の野菜を食い尽くしたゴブリン達が森へ戻る気配を見せない事に対してオニボさんは今晩か明日にでも行動に変化があるかもしれないと聞いていた。

 今朝に行われた自警団の会議で、オニボさん案の路地に樽や木箱でバリケードを築く所を考えていたところに、俺の魔陣トラップが加わったわけだった。


「起こしてくれてありがとう、もしもの時は俺にも手伝って欲しいらしいから支度するよ」

「はい?」


 ユキアは俺が昼間にしたことを知らないみたいだ。オニボさんは後衛組にまで伝えてないのかもしれなかった。それじゃあ一階で待っています、と不思議な表情で戻っていく。


「ミレイ起きてるかい?」

「うん、ばっちり」

「頑張ってもらわないといけないかもだよ?」

「任せて~」


 気合のためか腕をグルングルン回しているミレイ。ミレイのために厨房で用意してもらった物がたぶん準備できているはずだ。


「さて行くか」

「おー!」


 俺は貸してもらった村人の服をすっぽりと頭から着て腰でベルトを使い洋服を着替える。装備らしい装備では無かった。それで準備を終えた俺は一階へ向かう。


「タモト君、やはり団長の思惑通りだ。戦闘に不慣れな君に手伝ってもらうのは申し訳ないが、すまない前衛の支援をお願いしたい」

「はい、魔陣のトラップの魔力がいつまでもつか正直わかりません。昼間にも団長から支援を考えて欲しいと言われていたので心づもりは出来ています」

「ありがとう、護衛にはサオとアロニスを付ける。あと前衛の回復役にユキアも同伴して欲しい」


 そばで話を聞いていたサオとアロニスは副団長の呼びかけに近づいてくる。


「昼間に俺がお願いしていたものがあるんですが?」

「ああ、宿屋の者が用意してくれると言っていた。受け取ってくるといい」


 俺は宿屋の厨房のカウンターにいる女将さんに聞いてみようと、近づいていこうとするとユキアが俺を見つけたのか駆けて近寄ってくる。


「タカさんも戦闘に行くって聞きました!大丈夫なんですか?」

「うん、回復後方支援かなって俺も思ってたら、ちょっとやれそうな事が見つかってね」

「そんな、気をつけてくださいね。何かあったらすぐに言ってください」


 ユキアの表情は不安と前線に行くという緊張感で一杯だ。その表情を見ると、俺のやることで少しでも不安が消せたらと思ってしまう。


「すみません、女将さん。昼間に自警団員の人にお願いしていた物があるはずなんですが」

「ああ、あんたかい。こんな時に珍しいお願いをされるんで、どんな奴だろうって思ってたよ。まあ、これが役立つなら安いもんだわ。そうそう、これだね」


 ガチャン


 女将さんは、小瓶に分けられた木箱をカウンターに置いた。小瓶の種類は3つ、無色の液体と赤色の液体、そして残りは液体ではなく粉の様なものが入った瓶だ。


「透明な液体がランタンの燃料、赤いのが香辛料を刻んで混ぜたもの、こっちの粉は肉の臭み消しの香辛料だよ」

「すごい一杯ありますね。一度にたぶん使い切れないので半分は置いていきます」


 一見すると液体の瓶が一番多い。粉の香辛料は在庫が少なかったのだろう。俺は3つ貸してもらった小袋に必要な分を入れ右の腰ベルトに結びつける。小袋の口は両手引きの紐状になっていて指を入れるだけで簡単に開くことが出来た、閉めるときは紐を引くだけなので片手で出し入れできそうだ。

 俺は確認のため赤い香辛料の液体を舐めてみる、期待通りの激辛だ。あとは粉を舐めた小指ですくい、すこし匂いを嗅いでみる。


「ハッ、クシュン!」

「タカさん、それをどうするんですか?」

「ん?俺が出来ることは倒すことじゃないんだ。名のとおり支援だよ。じゃあ行こうか」


 準備時間に10分も掛からなかった。昼間団長に聞いていた通りなら、初めの防衛は直ぐ引く手はずになっているはずだ。俺の出番は、2回目のバリケードで皆の体勢を整えた後だった。



 第1のバリケードから撤退した自警団員は、可笑しくも路の中央を走って撤退していなかった。家に横付けされた木箱や樽を足場に木の板を通しその上を通路にして撤退していた。そして、第2の樽や荷の木箱で狭められたバリケードへ戻ってきたのだ。


「皆そろった。タカ君そろそろだ」

「はい」


 俺とサオ、そして周囲には弓の得意な自警団員が8名いる。ここは家の屋根の上だ。第2のバリケード前で待ち構える面々も弓を手に持ち、屋根組と違うのは火矢を持っていることだ。

 遠くにゴブリンの雄叫びが聞こえてくる。普通なら恐怖するところだが、俺はそれを合図と考えることにした。


「ミレイ、頼んだ」

「任せといて」


 俺は小袋から無色の燃料瓶を取り出すと、力いっぱい投げる。小瓶は屋根にぶつかり遠くでパリン、といくつか割れる音が響く。その瓶を追いかけるようにミレイは飛んでいった。


「大丈夫なんだな?」


 サオが不思議そうに尋ねてくる。何も劇的なことは起きない。今はまだ。


「これは小細工だよ。俺の役目は魔法のトラップにある」

「わかった」


 俺はトラップに何段階かの小細工をした。まずは、滑らせるだけの凍結トラップ。


「ガァアアアア!!」

「「「オオオオオオオオオオ!!」」」


 遠くで怒りの遠吠えが響く。その路面には簡単に凍るように昼間のうちに水浸しにしてもらったのだ。そのおかげで、必要なトラップ数を減らすことも出来た。

 地響きにも似た、ゴブリンが走ってくる音が聞こえる。遠目で見える限り怒りに考えが支配されているようだ。それと同時にミレイが笑顔で戻ってくる。


「ヒャハハ、ゴブリン、カンカン怒ってる。」

「ミレイ、何体位いた?」

「んー30ちょい。言われたとおりしてきたよ」

「わかった、サオそろそろお願い」

「わかった」


 サオは弓を持つ仲間に合図する。もう直ぐそこにゴブリンが来ていた。うお!目が血走ってる。怖ぇぇ。


「今!」


 俺は目印にしていた樽を合図に、2回目の路面凍結が作動する。バリケードまでもう20m手前まで来ていた。


 ピシシ!ピシ!


 まさか、もう一回あったとはと思わせる奇襲の凍結に駆けてくる勢いのあまり転ぶゴブリン。ゴブリン目掛け屋根から弓を射る自警団員。


 ビュン! ビュン!

「ギャァ」

「グァ」

「ゲェ」


 言葉通り、矢継ぎ早に転倒したゴブリンへ射続ける。転倒したゴブリンは慌てるほどに転び止った的だった。既にゴブリンの表情は憤怒に染まっていた。冷静な判断を奪うのも狙っていたが、これほどまともに罠に掛かるとは思ってもいなかった。

 しかし、次第に前衛の異変に気付き後方で立ち止まったゴブリンも居て、距離を取って剣から弓矢に持ち変えようとする。どこからか法螺貝に似た音が微かに聞こえるが、足音にかき消され良くはわからなかった。体制を整えようとするゴブリンを見た俺は、袋から赤い液体の入った瓶を取り出す。


「ミレイ、次頼む」

「はいはい~」


パリン パリン

 先ほどと同じ手順で、ミレイが霧を作り後方のゴブリンを襲う。


「ァァァ」

「ギャア」


弓ゴブリンは目を押さえ、のた打ち回っている。激辛の香辛料の刺激を霧状に目に入れたのだ。


「すごい、何だこれは」


 サオのつぶやきの通り、先ほどまでのゴブリンの勢いが嘘の様に、場を支配していたのは自警団員の面々だった。もうすでに初めに転倒したゴブリンのほとんどが自警団の弓で息絶えようとしていた。


「ここからが正念場です。サオさん、そろそろ下と合流したほうが良いと思います」

「ああ、わかった。矢の残り少ないものから下と合流するわ」


 今確認できるのは、凍結で転び弓で死んでいるゴブリン10数体。減らせたとは言っても、警戒し始めたゴブリンの集団は、後方に20体あまりが健在に見える。

 冷静さを取り戻しかけたゴブリンは周囲を見渡し前に進もうとした。木箱や仲間の屍骸を足場に飛び、自警団のバリケードへ突進を始める。

 暗闇でも松明の明かりで反射するゴブリンの目は充血し、弓から再び剣に持ち替えバリケードまであと10m程の所で、ゴブリンの思考はまさにようやく切り合える喜びで表情は醜く引きつっていた。


「タモト君!不味くないか?」


 ゴブリンの迫力に圧され不安な声色で呟く自警団員の声が聞こえる。


「もう少し!おし、そのまま!」

「ギャアア」

「「アアア」」


 最後の俺の魔陣トラップが作動する。作動したのは通った場所に火が灯る魔法である。しかし、それ自体には業火は作れる魔力は無い。しかし、一番初めにミレイがランタンの燃料を霧状にゴブリンの服に染み込ませていたのだ。

 俺の発火の魔陣はその状態に火を付けるのが狙いだった。魔陣の作動を合図に、第2射の火矢を放ってほしいと団長には伝えてある。

 その結果、作動する火の粉はゴブリンの衣服を燃え上がり。放たれる矢は、次々にゴブリンの全身を火だるまにしていく。今度は、凍結魔陣の転倒では収まらないほどの混乱をゴブリン達に起こしていた。

 コブリン仲間同士で助けを求め火が引火するもの。進むのを躊躇しているところへ火矢が刺さり燃え上がるもの。致命傷に息絶える程ではないが、混乱を作ることが俺の目的だった。


「放て!好機を逃すな!近づくものは槍を使え!」


 団長オニボさんの叱咤が聞こえる。燃えながらもようやくバリケードまでたどり着くゴブリンは、多方面からの槍に突かれ絶命する。いち早く飛び込んだゴブリン達の体勢はすでに決着していた。大半のゴブリンは混乱の中絶命していた。

 確認出来るだけで残るゴブリンは、もう数えれるほどしか残っていない。


「……くそっ、さすがに冷静なやつらが居る」

「え?」

 ゴブリンの集団の中で、燃え苦しむ仲間を一瞥し、後方の4匹は建物の陰に隠れて前衛を見ていた。位置的に前衛に対応している自警団員には見えていない位置だ。

 その数匹は決して恐怖して隠れている様子ではなかった。明らかに忌々しい憎悪の瞳で前衛の自警団を睨み、周囲を観察していた。


「何だあいつら?」

「どうした?」


 サオを下で戦う前衛に戻した後、俺の側にはアロニスと自警団員数人しかいない。俺の呟く声が聞こえたのかアロニスは憮然とした表情で尋ねてくる。


「あそこ。おかしいゴブリンの一団が居るんだ」

「ん?どこだ?」

「武器も持たない上に、格好も他のやつらと違うのがいるだろう?」


 俺が指差す方に、アロニスも視線を向ける。


「武器も持っていないだって?そんなゴブリンなんて……」


 アロニスは、声を途中で中断するしかなかった。互いに見つけたゴブリンの一団が互いに寄り添い魔力の様な光を作り始める。


「あれは魔力か?」


 輝きはミレイの作り出す光に似ている。


「おにぃちゃん!何ボーッとしてるの!あれは魔法だよ!」


 ミレイが慌てたように、俺の耳を引っ張る。


「そんなゴブリンが魔法だなんて」

「何!魔法だって?奴らゴブリンメイジか!」


 屋根の上に居た俺達数人が見守る中、徐々にゴブリンの作り出す魔力の塊は初めの数倍に膨れ上がる。

 アロニスのゴブリンメイジと言う一団は、恐らくあの魔法で自警団の前衛を攻撃するつもりだ。しかし、今の自警団の前衛の攻防からはあの魔法は見えていない。


「まずい!皆気付いてないぞ!」

「弓で射れないか?」

「ダメだ!!あそこまでは届かないし、弓の上手い奴を呼び戻す時間が無い」


 隣で何とか射れないかと苦闘するアロニスに、自警団員が答える。俺はその間にも、魔陣を作れないかと思考するがゴブリンの魔法の完成速度には間に合わない事に気付く。

 俺は、何の策も無いまま屋根の上を駆けだす。


「タモト!何をするつもりだ!」

「くそ!このままじゃダメだ!皆が」

「おにぃちゃん!」


 俺の頭の中に何か対応策が合った訳ではない。ただ、黙って魔法が放たれるのを見ている訳にはいかなかった。

 手元に有るのは、渡された短剣と腰に付けた袋に数個の瓶が残っているだけだ。


「させるか!」


 俺は短剣で袋を腰に結んでいる紐を切り左手に瓶の入った袋を掴むのと、ゴブリンメイジが魔法球を自警団目掛けて投げ出すのとは同時だった。

 直径1m程の魔法球は、一直線に前衛へと向かっていく。初めは袋を魔法球へ投げつけようと思ったのだ。しかし、20mの距離だとしても今の自分には当てる自信がなかった。


「くそったれ!」


 俺は駆けた助走のまま一気に屋根から飛び降りる。上から魔法球を狙えなければ、その射線上ならば絶対に当たるはずだからだ。

 屋根からの着地に転げながら、肩や膝を打ち付ける苦痛に耐える。魔陣トラップの為に、地面一体を泥状に水で濡らしていた事が少なからず緩衝材となってくれる。


「な!タモト君?」


 前衛でゴブリンを槍で貫いていたオニボ団長は、俺が屋根から飛び降りてきた事に気付いた様だった。その団長の声に周囲に居た自警団員達が俺の姿とその向こうに迫る魔法球に気付き始める。


「ふっ伏せろお!」


 自警団員達はゴブリンの魔法に、ただそう叫ぶしかなかった。

俺は渾身の力を込めて、瓶の入った袋を魔法球へ投げつける。

 俺が見たのは、空中で袋から散らばる瓶の数々だった。次の瞬間にはその内の数個が魔法球に吸い込まれるように当たり、熱風は肌を焼き視界は真っ白に染まった。


ドオォォォン


「タモト君!!」

「タモトさん!」

「おにぃちゃん!」


 数々の声が爆発音にかき消される。


「嫌っ、タカさん!いやあ!」


 ユキアの声だろうか、その声だけが俺の耳へと届く。しかし、周囲は土埃やかがり火が掻き消え視界を奪う。俺は体のどこかが吹き飛んでいないかを確認したが、幸いにも身体の何処にも欠けている所はなかった。

 依然として視界は閃光に白く染まり、音も耳を痛めたのか聞こえにくい。しかし、悠長に視界の回復を待っている時間は無かった。俺の目の前数m先にはゴブリンメイジが居るはずだからだ。


「これで終わりにしてやる!」


 俺は、辛うじて上がる両手を前へと突き出した。


『魔力よ!』


 思い描くイメージは、倉庫で使用した激流と違い火の竜巻。魔力の銀糸は水の魔法から火の魔法に切り替え、見えない視界に思考の中で菱形を描く。


『火形成、拡大構成……完了、渦構成……完了』


 一度使った魔法を切り替えるのは簡単だった。今使える最大の魔陣を組むつもりで大きさ1m程を作り上げる。そして、二重螺旋の魔陣を作っていく。

 今回は1分も時間をかけている余裕は無かった。


「いけええ!」

『ファイヤーストーム!!』


 収束した炎の塊を魔陣と共にゴブリンへ向け放つ。魔陣トラップで出てきた炎とは比べ物にならない業火が、輝く魔陣から渦となって土埃を巻き込みながらゴブリンメイジへと襲いかかる。

 奇襲の笑みを浮かべていたゴブリンメイジは突然の劫火の魔陣に驚愕し飲み込まれるしかなかった。


「「ギャ?」

「「ガァアア!」」


 戻り始めた視界の中に、燃え盛る四つの塊があった。


「おにぃちゃん!おにぃちゃん!」


 ミレイが俺の髪へ飛びついて来て抱きつく。ミレイの表情は不安で一杯だった。

 ゴブリンと共に家の一角を巻き込んだ為か、木の焦げる匂いが漂ってくる。魔陣が当たるかどうかは気にしていなかった。見えない視界で1体でも当たれば良かったのだ、それで残りのゴブリンメイジ達に逃げられてもしょうがなかった。

 後はゴブリンメイジが狙っている事に気が付いた皆が何とかしてくれる。そう信じていたからこそ、ギリギリの魔力状態で魔陣を使う事にためらう事は無かった。結果、業火に巻き込まれたゴブリンメイジは逃げることも出来ず燃え尽きたのだ。

 俺の体に感じる魔力はほとんど残っていない。しかし、今意識を失うわけにはいかなかった。歯を食いしばり、暗く閉じようとする瞼を見開く。


「タモト!」

「タモトさん!」


 追いついてきた屋根に居たアロニスや自警団員が次々に俺の居る場所へ屋根から飛び降りてくる。

 突然に後ろに現れた俺達にゴブリンの前衛組は呆然と見ていただけではなかった。魔陣を使い終えた俺を狙い最後尾に居たゴブリンが振り返り剣先を振りかぶってきたのだ。


「まったく、無茶するんじゃねえよ!」

「すまない」

「フン」


 アロニスは襲いかかってきたゴブリンを切り伏せ振り返りもせず声を掛けてくる。憮然とした返事の割に、微かにアロニスは微笑を浮かべているのが見える。  

「アロニス!一気に行くぞ!」

「わかった!」


 偶然にも挟撃となる布陣となりゴブリン達の拮抗していた前衛は混乱し始める。


 ヒュン!


 しかし、挟撃しようと振り返った俺の頬の横を鋭い刃の付いた何かがかすめる。


「何だ!?」


 唯一その攻撃に気づいたのは俺と近くに居たアロニスだった。俺の頬は熱く焼けるように痛みが生じる。


「どうした!アロニス」


 他の自警団員も俺達二人の警戒が後方に向いている事に問いただしてくる。俺は頬を拭うと、手の甲に血がついた事で狙われていることに気付く。


「気をつけろ!まだ何か居る!」


 腰に戻していた短剣を抜きながら、俺は後方を警戒したまま近くで絶命してるゴブリンから木製のバックラーを拾い上げる。


「アロニス!何かって!何も居ないぞ」


 警戒を発したアロニスと同じ歳程の自警団員が周囲を見ながら返答する。


 ヒュン!

「ぐあっ」


 警戒に近づいてきた自警団員の青年の肩にその武器が刺さる。明らかに攻撃している側からは俺達が見えている事が考えられた。ゴブリン前衛の後方に降り立った俺達が格好の的になっているのだ。


「くそ!何処から攻撃してるんだ」

「アロニス、このままだと狙われるだけじゃないか?」

「そうだな、皆集まれ!」


 皆、警戒に動きを止め周囲を見始める。俺は一気にゴブリン達前衛の中を駆け抜けオニボ団長達と合流する方法を考えるが、ようやく形になっていた防衛している自警団員達の中へ駆けて良いかと躊躇してしまう。


「あそこだ!」


 身を隠す所の無い道の中央から自然と左右の民家の壁を背に警戒する態勢になった。其の内の一人の自警団員が屋根の上から狙いを定めるゴブリンを見つけた声だった。


「大きい……」

「奴がリーダーか?」


 口々にその姿を見つけ呟く。その姿は明らかに他のゴブリンとは違っていた。ゴブリンメイジは武器を持たず、鎧ではなく独特の雰囲気を放っていた反面。今俺たちを狙っていたゴブリンは、明らかに成人男性と同じ程の背丈を持ちゴブリンウォーリアーと表現出来るほどの身長と装備を身につけていた。


「間違い無い、奴がこいつらのリーダーだ」

「分かるのか?」

「タモト、奴の腰に付けている物を見てみろ」

「角か?」

「そうだ角笛だ。それに奴の装備は他の奴とは全然違う」


 アロニスが評価するように、そのゴブリンリーダーの腰には2本の曲刀が下がっている。俺は知らなかったが、その武器はシミターと言われる刀身の中間から反った作りになっていた。そして防具には、他のゴブリンが革製の胸当てなのに対して一部鉄製と思われる胸当てを付けている。


「皆、タモト君を中心に2人は後方を警戒!残りはリーダーと思われるゴブリンに警戒しろ!アロニス突っ込むんじゃないぞ!」


 今周囲にいる中で一番の年長である自警団員のオルソンさんが冷静に陣形を指示する。


「わかってる!」

「武器から恐らく奴はスピード重視だ!回り込ませるな」


 指示と了承の声が行き交う中で、ゴブリンリーダーはただ1匹屋根の上から俺たち正面の路地へと飛び降りる。恐らく奴も屋根の上からゴブリンの部下達への指示を出していたのだろう。

 特に激怒に吠えるでもなく、静かに俺達を睨み双剣を抜くゴブリンリーダー。帰って感情を押し殺している雰囲気に底の見えない恐怖がこみ上げてくる。


「タモト君、魔陣は使えるか?」

「いえ、もう魔力がほとんど有りません。使い果たしてしまって」

「いや確認しただけだ。君は十分に力を使った。わかったな皆、後は俺達が頑張る番だぞ」

「「「はい!」」」


 もしかすれば撤退してくれるかも知れないというわずかな期待は、ゴブリンリーダーの瞳の輝きが否定していた。今もゆっくりとこちらへ歩いてくる速度を徐々に上げていき、既に走り出した姿勢で両手でシミターを構えていた。


「くるぞ!」


 数合の金属同士がぶつかり合う。自警団員の面々には盾も持っておらず、両手で構えるロングソードだけだ。切りつけるゴブリンリーダーも深く攻め込まず、わずかな隙を突くように前衛の二人へ切りつけていた。


「フッ!」

「ぐあ!」


 息を抜くような気合と共に切りつけた一閃が自警団員の腕を傷つける。直ぐに横から他の団員が傷ついた団員の襟を掴みゴブリンの2閃目から引き離す。


「カフフフフッ」

「くそったれ!笑ってやがる」


 庇うように俺の前に居るアロニスが、舌打ちしながら傷ついた自警団員を介抱する。俺もアロニスが押さえる傷口を巻きつけるように布を絞める。


「クッ」

「我慢しろ」

「ユリアさんが治してくれるはずだ。それまで頑張って」


 うなづいて返答する自警団員を民家の壁にもたれかけさせ、俺は周囲を改めて眺める。

 ゴブリンリーダーに対している自警団員の仲間は2人になり、俺の近くにはアロニスと腕に傷を負った青年。そして少しづつ気づき始めた前衛のゴブリンを防いでいる2人だけだ。


「団長達も精一杯でまだ時間がかかりそうだな」

「ああ」


 まだ団長率いる自警団員達が前衛のゴブリン達と対してそう時間も掛かっていない。見えるだけでも10体以上のゴブリンと対峙しているのがわかった。


「タモト、もし俺が離れたらお前はオニボ団長達の所に走れ」

「アロニス何を言ってるんだ!俺にも加勢させてくれ」


 少なからず魔陣で今まで辛うじてゴブリンを撃退できてきた思いが俺の中にもあった。


「勘違いするなよ?お前を助けるためじゃない。確実にこいつ、ゴブリンリーダーを倒すためだ!こいつを仕留め損なったら、次の襲撃はこの比じゃないかも知れないんだぞ!」

「追い払うだけじゃダメなのか?」

「ああ、こいつらの巣にどの位のゴブリンが居るかは知らないが、場所を知られて帰らせる訳にはいかない」


 確かに今は、防衛としては俺の奇策も加わり全体として優勢を維持できていた。しかし、全てを見ていたゴブリンリーダーが目の前にいるのだ。次も同じ手が通用するとは思えなくなっていた。


「アロニス!」

「オルソンさん!」


 アロニスが叫んだ男性は、このグループの中で最年長で指揮を取っていた人物だった。太ももを切られたのか、地面に倒され追撃さえされていないものの続けて戦うのは難しそうに見える。


「クソ。わかったなタモト?」


 駆け出すアロニスに俺は返事を返せなかった。アロニスの言う事も理解できる。ここで確実に倒すべき相手だと言う事はその通りだと理解出来る。

 しかし、団長達も必死に一体ずつ確実に仕留めつつあるが、俺がアロニス達へ助力を願ったとして直ぐに駆けつけれるはずもない。

 何より、こちらで戦っている姿も少なからず向こうから見えているはずなのだ。


「おにぃちゃん?行かないの」


 ずっと黙っていたミレイがポケットの中から見上げてくる。目には涙を貯めている、布地を握り締める様子に恐らく怖い思いを必死で我慢しているのだろう


「ミレイ、今さっきまでゴブリンさえも傷つける事に躊躇っていたよ」

「え?」

「もちろん、今回や倉庫での戦いで少なからずゴブリンを葬って来たのはわかってる。でも、俺がこの場に居るのは、村の人の役に立ちたいからだけじゃない……」


 俺は、記憶の隅に眠っていた助ける事が出来なかった大事な存在を思い出した。何も無いはずの腕に熱を失っていく俺より小さかった妹の身体の感覚が蘇る。

 何度叫んでも返事の無い瞳を思い出す。救急車が来れば助かるはずと言う儚い期待。そして、大事な家族を失った俺は無力感から逃れたいが故に、人を治療する路へ看護師への仕事へと進んだのだ。


「おにぃちゃん、泣いてるの?」

「ああ、今まで夢を見ているんだと思っていた。きっと目が覚めると俺はどこかの病院の一室で寝ているんだろうとね」


 そして地元の看護師に言われるのだ、夢でも見たんでしょうと。


「でも、これは紛れもない現実だ!ユキアと出会った。ユリアさん、ミレイ、サオやダリアやダル……大事にしたい人達と出会った。なぜこの世界に来たかなんてもうどうでも良い!」

「タモト!何してる!行け!!」


 アロニスが双剣を防ぎながら、動こうとしない俺へと叫ぶ。


「もう、目の前で誰かを失うのは嫌なんだ!」


 アロニスとさえも既に知り合ってしまった。会えば文句しか言われた記憶しかないが、ユキアやサオ達の事を大事に思う気持ちは行動や視線から伝わってきた。彼について分かった事は、率直さの上に不器用なのだと気付いた。


「くそっ、サッサと行け!」

「うるせえ!アロニス!ここで仕留めないと逃げられるんだろうが!」


 俺は右手に短剣を握り直し、左手のバックラーを確認する。


「バカ野郎!何考えてやがる」

「馬鹿って言うな、十分自覚してんだ!それよりも男なら少しの間奴を押さえ込んで見せろ!」

「くっ」


 改めてゴブリンリーダーの状態を観察する。一番の厄介な事は、奴のスピードである。一撃もしくは二擊後の離脱を基本にしロングソードを容易く躱していた。


「アロニス!」


 俺の呼びかける合図と共に、より一層猛追する自警団員達。アロニスや彼らも長くはこの状態が続かない事に気付いていたのだ。


「グッ?」

「たああ!」

「おおおお!」


 2人の追撃に後ろに下がり始めるゴブリンリーダー。しかし、相手を剣擊の速度に慣れさせる訳にはいかない。


「皆!タモト!」

「おう!」

「わかってる」


 アロニスは双剣の範囲を恐れず踏み込む。その姿勢に素早く対応しシミターを突き刺してくる。


「グッ!」


 アロニスの腹部をシミターが貫く。しかし、怯むわけにはいかなかった。


「いけええ!」


 アロニスの合図で右側から自警団員が斬りかかる。ゴブリンリーダーはステップを踏めずロングソードは袈裟懸けに左腕を切り裂く。


「グアァァァ!」


 右手のシミターを離し解放されるアロニス。しかし、態勢を整え身を返そうとするゴブリンリーダーへ俺が追撃する。


「させるか!」


 左手のバックラーでゴブリンリーダーを殴りつける。シールドバッシュと言うにはあまりにも粗く華麗さも無かった。そして倒れこむゴブリンリーダーの一瞬の隙に短剣を突き刺す。


「ガアア!カヒュ」


 空気の抜けるような音がし短剣が喉を貫く。見開くゴブリンリーダーの瞳は驚愕に見開かれていた。俺が短剣を離すと次には自警団員がロングソードで心臓を貫く。

 視線が合い、睨まれるゴブリンの瞳には生命の輝きは失われていった。



 一体一体とゴブリンが倒れていく中で、決着は数分の内に付いた。

自警団の面々には傷を負った者も居たが、傷を押さえる者は居ても倒れている自警団員は居なかった。


「やったのか?」

「勝った?」

「「やったあ!」」


 誰からともなく発せられた自警団の呟きが歓喜の声へと変わっていく。団長のオニボさんも喜びを静めることは無く、副団長と肩を叩き合っていた。

 日暮れから始まったゴブリンの襲撃は、終わった今は周囲はすでに暗くかがり火が互いの姿を照らしていた。

 俺は近くにあった木箱に腰を下ろすと、オニボ自警団長が数名の自警団員と近づいてくるのが見えた。後ろに付き添っているのは副団長とサオとアロニスそれにユキアだ。


「大丈夫かね?」

「オニボ団長、終わったんですね?」

「ああ、今ゴブリンの残党が居ないか確認させている」

「タカさん怪我はしていませんか?」

「ユキア、ありがとう。それより、アロニスを見てやって」


 俺のしている怪我と言っても、屋根から飛び降りた時に足や肘を擦りむいた程だった。


「最後のゴブリンの魔法には肝を冷やした。本来は私が気付くべきだったんだが、君が気付いてくれなければ、皆無事では済まなかったかも知れない」


 ほとんど支援自体はミレイが居てくれて動いてくれていたからなのだが、魔法を防ごうと飛び出した結果に幸いにも怪我が少なかった事は運が良かったとしか言えない。


「タカさん、いつの間にあんな魔法を覚えたんですか」

「タカ君、隣で見ていたがゴブリンを飲み込む戦場の雰囲気を作っていたのは間違いなく君だよ。私が今まで考えていた戦闘への印象を粉々にされた気分だ」

「フン、頭の悪いゴブリンがたまたま罠に落ちただけさ、ゴブリンメイジの魔法を防いだのは、まあ……良かったが。俺達も傍にいたんだ勝手に動くんじゃねえよ。それに、言うことを聞きやがれ馬鹿野郎」

「アー君!」

「ふん!」


 ユキアはアロニスの傷を魔陣を使って治癒し始めていた。あれだけ文句が言えるのなら大丈夫だろう。

 アロニスは褒めることに一瞬ためらう様に言葉を濁すと、いつもの様に憮然として言う。


「いや、アロニスの言う通りさ。最後の魔法は咄嗟の事で何も考えてなかったんだ。魔陣も運が良かっただけさ」

「そんな!タカさん」

「まあ、皆無事で村を守れたんだ、俺はそれだけで満足だよ」


 周囲は歓喜の様子から次第に落ち着きを取り戻していた。俺たちは後衛組みに属し、軽傷を負った隊員と共に宿屋へ戻るように副団長より指示があり片付けをすすめる。まだ本格的に落ち着けるのには少し時間がかかりそうだった。

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