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「タモト君かね?」
学術院の正門へ向かうキアの姿を、目で追っていた所を自分の名を呼ぶ声で視線を元に戻した。
正面の廊下を進んできた、エカードが声をかけたらしい。
「ああ、やっぱりタモト君か。どうもまだその姿が……ね」
朝に会った時と同じく眉間にシワを寄せた表情のままだった。
「エカードさん?どうかしたんですか?」
「キアさんを見なかったね?一晩休んだとはいえ、無理はしない方がいいと思うのだが」
「キアですか?それならさっき外に歩いていくのを見ましたが」
「外に?」
近づいてきたエカードに、先程駆けて行くキアの姿を見かけた場所を指差す。
しかし、キアの姿はすでに正門の周囲の見える範囲には姿はなかった。
「あれ?」
「お兄さんに休むように念を押されていたというのに、参ったな」
「ハントは既に王宮に向かったんですか?」
「ああ、ハント殿にも休息する部屋を貸して欲しいと言われ、私もそのつもりでいたんだが」
エカードの話では、王宮へ出発したハントと教え子だったらしい*を見送った後、朝の話し合いの為に遅くなっていた朝食の為に部屋に戻った際には、キアは居なくなっていたらしい。
それで、不慣れな学術院の中で迷子になってはいないかと探していたそうだ。
「無茶をしないといいのですが、さすがに朝の様子では安心できませんね」
「ああ、私もそれが心配だ。よほどの剣幕だったからな。よし、私は王宮までの道のりをキアさんを探そう。ハント殿にも、この事は伝えた方が良いだろうからな」
「自分も探すのを手伝います」
「良いのかね?……その、君達も、何処かへ出かけるところだったのだろう?」
エカードも、自分がシャーリーを連れて外へ行こうとしていた事に気づいていた。しかし、キアに追いつく事ができるかもしれないと思いつつ、朝食よりも優先した方が良いと思えた。
「シャーリーは大丈夫?」
何をと言わないまでも、朝食を後回しにしてもキアを探しに行くことに、コクンと頷いて同意を示してくる。
「何なら、残ってくれてても良いんだけれど」
「行く……」
「分かった」
グウウゥゥ……
その時、返事とばかりにシャーリーのお腹が鳴る。
日頃朝を食べないと言いつつも、お腹が空かない訳ではないらしい。
シャーリーと向かい合ってなければ、エカードさんのお腹の音かな?とも思えたが、明らかに今尋ねたシャーリーからの聞きなれた音だった。
「その……やっぱり、残っていても?」
「行くの」
やや頬を赤らめ俯いているシャーリーは、一緒に行く気に変わりはなかった。
「そ、そうか、タモト君も探してくれるなら心強い。ちょっと待っていてくれ。王宮に向かうとなれば、一筆書かなければならない」
「わかりました」
そう言うとエカードは、自分の執務室へ戻っていく。
学術院の玄関に待ち合わせの時間を5分後にと伝えられ、自分の場合は特に伝えておく必要は無いかと思いこのまま玄関へ向かう事にした。
「この王都で人探しか」
クウウゥゥ
キアを探し出せるのか不安になりつつ呟いた言葉に、後ろをついて来るシャーリーのお腹の虫が返事をする。
今度は、ちょっと控えめで静かでなければ気付かない程だった。
「シャーリーのお腹の虫の為にも、朝ご飯も探さないとな?」
残った二人の間に張りつめた緊張を解こうとシャーリーに冗談を言ったつもりだった。
ドガッ
「あ痛ぁっ!」
見事にシャーリーの左足ローキックが左脛にヒットする。先程までの数回蹴られた 脛蹴りよりも数段強烈なローキックだった。
「シャーリーのお腹に虫なんかいないもん!」
耳まで真っ赤にしたシャーリーが言い放つと、待ち合わせの玄関へ駆けていく後ろ姿を涙目で見るしかできなかった。
「あれ?怒らせた?」
育ての親を虫に殺されたのを思い出させてしまったのだろうか。
脛を痛みにさすりながらようやく立ち上がると、先に駆けていったシャーリーが立ち止まり振り返っていることに気付く。
「育ち盛りなんだもん!」
ああ、恥ずかしかったのか……。
「女の子だなぁ…」
それと、もう一つ学んだことがあった。
「気を使いなさいよ!バカ芋虫!」
シャーリーて怒ると多弁になるらしい。
気を付けないと、いつか俺の脛は折れてしまうかもしれないと覚悟しつつ、俺達二人は玄関へ向かう事にした。
朝の王都キアーデの様子は、自分の知っているアロテアの雰囲気とは若干違っていた。大通りには荷を運び出す馬車が並び、逆に市民は自宅で朝食を食べている時間なのか人通りは少ない。
食事を提供する様な食堂は既に営業していて、商人達が利用している姿がほとんどだった。
始め馬車で王宮へ向かおうかと思案したエカードは、御者がまだ学術院に来ていなかった時間ということもあり3人とも徒歩でキアの姿を探していた。
しかし、実際にシャーリーは会ったことも無いため、自分達二人の後ろをついてきているだけだったが。
「王宮に先に向かった方が良いのかもしれないな」
「ええ」
キアの向かいそうな所と言っても、想像できる場所はそう多くない。先にハントに伝えて協力してもらった方が良いかとも思えた。
キアの姿を見かけて追いかけたとは言っても数分の時間差があり、既に見渡せる範囲にそれらしい後姿は見つけられなかった。
「王宮までは少し歩くが、そう時間はかからない」
「わかりました」
シャーリーも大丈夫なのか、コクンと頷く。
エカードの歩く時間とは10分程かかるらしい。
こんな時に、特定の人物の場所がわかる魔陣があれば便利だと思うが、どう考えても知っている方法(織り方)では、新しく思いつくこともできなかった。
考えてみれば、ユキアに魔陣として習った数々は現象としては基本的な事が多い。
「未完成というか、いや、一応完成はされているけれど未発達?なんだろうなぁ」
「どうかしたのかね?」
「あ、いえ」
漠然とした魔陣への不完全燃焼感を打ち消して、キアの姿を探す事へ集中を戻す。
「おい、何だあれは?」
「お天道様を見てないで、さっさと荷物を運べ!」
「おい、良いからなんだと思う?あれは鳥か?」
「あ?鳥なんか余計にどうでも良いだろう?」
大通りに面した店の前で、自分達が通り過ぎた横で荷物を馬車の中に運んでいた男が、同僚に声をかけているのが聞こえる。
「鳥?って、ありゃあ。あれだ…あ、あ!あぁ!!ああああぁ!!」
普通であれば、聞き流していた話だったが二人の声色の変化につい振り返って二人を見つめてしまう。
「トカゲ…」
「「竜だああぁ!」」
シャーリーの呟く声と同時に、叫び荷物を落とす男達から視線を上空に向ける。
「ワイバーンか?」
今だ遠目で、竜種を見極めたエカードは訝しい表情で上空を見つめていた。
ワイバーンと聞いて、直感としてキアかハントの事を思い出す。または、二人以外の誰かなのか?
その疑問も、高度を下げつつ旋回し首をこちらに向けた時には、既にそれに騎乗する人影で誰なのか3人の中で唯一自分だけは気づいていた。
「キア……」
既に大通りに並んだ馬車の馬は竜の気配に慌て出し、なだめる御者や上空を見上げる商人達で一杯となる。
騒然とした大通りの面々の中ながらも、ワイバーンを操るキアは通りの中央に着陸しようとホバリングする。
彼女のその意図を知ってか、真下にいた商人達は一目散に散らばり一定の空間が広がった。
「キアさん?一体何を」
エカードの尋ねる言葉も横にいる自分には呟き程にしか聞こえなかった。質問というよりも疑問が言葉に出たのだろう。
「タモトさん!やっぱり…お願いです!一緒に来てください!」
自分達三人の前にワイバーンを着地させたキアは、騎乗した状態のままそう叫んで告げたのだ。




