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ゆっくりとシャーリーの手に乗り移ったミレイを、彼女は大事そうに両手に抱え再びソファーへ腰かける。すでに俺の手から離れたミレイに夢中で俺の事はすでにどうでもいい様子だった。
「え?そうなのっ?」
ミレイとシャーリーは目を合わせながら、ミレイの呟く声が聞こえる。しかし、シャーリーは何か声を発している様子は無い。
ん?何かやり取りをしている二人を見ると、シャーリーの瞳が緑の魔力の輝きを発している事に気付く。
「シャーリーって……一体」
向かい合った二人は、互いに視線を合わせたまますでに言葉を発しないやり取りをしている様子だった。俺とミレイが念話で話す際に似ているが、さすがに他の人にやられると違和感を感じてしまう。
「知らない?ドライアドの子供って」
「ドライアド?」
「そっ、木の精霊のドライアド。彼女は、前に北部の村にあるはずれの森で保護されたのよ」
クリスが言うには、シャーリーは木の精霊であるドライアドにかどわかされた子供だろうと言う話だ。だろう、と言うのは、シャーリー自身が何時生まれたのか、また生んだ両親の記憶を覚えておらず、覚えていた話を村人が聞くと美しい女性の姿をした緑色の髪をした女性に森で育てられたと言う話だった。
クリスは簡単にだが、ドライアドについて教えてくれた。姿は美しい女性の姿をし、魔力を込めた歌声で人を惑わす。見目麗しい男性をかどわかし、伴侶としたり共に森で住んだりするという。気に入らない人間の場合には、魅惑し魔物の巣へ足を向かわせたりもするという。
あと一つ特徴的な精霊であることは、かどわかされた男性や人間は、外界の村との時間に取り残され体感の時間感覚が狂ってしまう事にあった。そして、外見は若い当時のままに保たれるという噂である。森で見つけられたシャーリーについても、近くにあった村の住民達に面識が無かった事や、シャーリー自身がどの位を森で過ごしたかを覚えていなかった事からも伺えるという。
通常であれば、迷子の子供を森に済む女性が育てたというだけの話で済んだ事だった。しかし、シャーリーの話すその女性は、話の中で様々な異能を示していた。
森の中にある大木の中からいつも姿を現す。または、木々が枝を開き道を開くなど。そして、見えないはずの場所に植わっている果物を教えてくれたり、森に済む動物達が時には彼女達の元へ食べ物を持ってきたらしい。
「そっ、そして決定的だったのが、精霊との交感能力って事かしら」
クリスの人差し指で軽く示した先には、すでに緊張の表情は無いミレイの姿があった。
「シャーリーっていう名前も、私達が付けた名前よ。まあ、それはいっか」
「でも、精霊って子供を育てたりするのかな?」
俺の知っている精霊が、どうしてもミレイを基準にしてしまい。ミレイには悪いがミレイが子供を育てているイメージがわき難かった。
「そのドライアドが特別だったのかはわからないわ。シャーリーがかどわかされたのか、近くを通った商隊とかの迷子として精霊が保護したのかもね。もちろん、見つかった後に発見された森も調査されたそうよ。かどわかしならシャーリー以外の人も居る可能性があったわけだし。何らかの痕跡があるかも知れなかったそうね」
「それで?」
「案内された場所で見つかったのは、朽ちた大木だけだったそうよ。寿命だったのかは知らないけれど、調べてみた大木の中には害虫が巣食っていたって話よ」
「虫ねぇ」
それから、村に馴染めないシャーリーを保護したのが学術院らしい。そこには、育ての親であるドライアドの仲間を探したいと願うシャーリー本人の願いもあったらしい。
しかし、学術院でも人には馴染めず、エルフであるクリスにだけは心を開いているそうだ。多くを言わない彼女にはクリスが「森の匂いがする」と言うのが理由だそうだ。
「さてと、彼女の話はこのくらいで良いでしょ?それじゃあ、貴方の事を教えてくれるかしら?」
「ああ、その前に座っても良いかな?」
「あっ、ごめんなさいね」
そう言うと、クリスは背もたれのクッションを机の上に置くと、そこへ腰かけ足を組む。どうも、椅子を空けてくれたらしい。
ほんのりと暖かさの残る勧められた椅子に座りながら、どこまで話せば良い事かを一瞬悩んでしまう。さすがに女神や異世界の事を話して信じてくれるんだろうか。
「そうね、それじゃあ。あの精霊とどうやって出会ったの?」
一瞬の逡巡を手助けするように、クリスは促してくれる。まあ、彼女の知りたい好奇心から今の状況になった訳だし、基本質問に答える感じで良いか。
異世界や女神の話は、打ち明けるかは相手の反応を見ながら慎重にした方が良いだろうと判断する事にした。
木窓の隙間から見える外も完全に夜の闇に閉ざされ、時を知らせる時計も無い室内でどれほど話しただろうか。ミレイとのキイア村で出会い、村の巫女に魔陣を習った事。盗賊達の襲撃時に魔宝石を使って魔陣を使用した事を話した頃には、体感で1時間は掛かっていたと感じていた。
すでに話は終わっているのか、ミレイとシャーリーはソファーに腰かけた姿勢のまま俺達の話を黙って聞いていた。時々「うん、そうなの」などミレイがシャーリーに返事をする声が聞こえているから、あちらはあちらで補足したりして話しているのだろう。
特にクリスは、確認したい事がある時には、手をあげて俺の話を静止して質問をした。魔陣にはどんな効果を詳細に聞いたかと思えば、巫女であるユキアの日々行っている祭事の様子の事など、俺が知らない事も含まれていた。
「そう、あの地方には水の精霊がそんなに多く……やはり、伝承と結び付くのかしら」
クリスは時々一人呟きを漏らしながら、思案を巡らせていた。特に、魔宝石を使って暴走し村を焼く炎をミレイ達の精霊と魔陣で鎮火させた話については重点的に聞かれた。
その現象が学術院に情報が行き、その調査にバオが派遣された事を知った事でクリスは納得いった表情をしていた。
「ん?でも変ね。精霊と出会って間もない貴方が魔陣を使えたからと言って、魔力の炎を消すだけのものを作り出せるなんて?」
「それは……」
足りなかった魔力は魔宝石が有ったからだとすでに説明した。クリスが怪訝に思ったのは作り出した事についてだった。もちろん造形はミレイ達が手伝ってくれた。しかし、その元になるイメージと理解を俺自身が出来てしまった事を、クリスは不思議に思ったのだ。
その点に気付いたのは、さすがに好奇心の体現であるクリスと感じてしまう。
「クリス、その芋虫は蛹」
「なに?さなぎ?」
「剥いてみればわかる……」
「……剥ぐって」
俺がクリスに女神の力や神痣について話すかどうか決断する時が来た時に、突然黙って聞いていたシャーリーが呟いた。
しかも、剥くって!?えっ?とうとう皮を剥がれるの?
「あぁ、脱がせるのね?」
クリスとシャーリーの間でのみ理解できるやり取りらしい。あぁ、服を剥ぐのね。でも、蛹ねえ。とことん俺の事は虫確定らしい。
クリスの問いに、コクンと肯定の意思をしめすシャーリー。
「だそうよ?じゃあ脱いで?」
「はっ?」
「脱いだら分かるそうよ?私も何故か分からないけれど。ね?だから、脱いで?」
2人と精霊1人の視線を受け、脱ぐ覚悟をするしかなかった。何だと言うのだ。シャーリーとミレイはすでに分かっている表情をしていた。それでも、脱ぐ事を止めさせようとはしなかった。
俺は仕方なく、着込んだ上着から脱いでいく。いきなりズボンから脱ぐわけにもいかないだろう?
しかし、俺の心配した女性の前で脱ぐという羞恥プレイに対して、研究者の視線で見つめるクリスには恥じらいの表情は無かった。シャーリーの言う回答を見逃すまいと集中して身体を見つていた。
「たく、こんな夜中に女性に見られながら服を脱ぐ俺って……」
納得はいかない脱げと言う指示に、自棄になりつつもシャツを手にかけ脱いでいく。突然、クリスが息を飲む様子が伝わってきた。
「そんなっ、神の……祝福……」
彼女の視線が俺の体の一点で釘づけとなる。そこは、傷跡が残る左肩だった。




