91. ソフィア・テオドール(後)
多忙を理由に、昨日は読むに堪えない文章を投稿して申し訳ありませんでした。
昨日(4/2)の投稿分につきましては推敲というか、話自体をある程度改変させて頂きました。
既にお読み下さいました方には恐縮ですが、変化している内容もありますので、お手数ながら読み直して頂けましたら幸いです。
[4/2追記] 前話と前々話で頂戴しておりました誤字報告機能からの指摘を反映致しました。遅くなりまして申し訳ありません。
(……どうしたものかな)
ユリは執務室の天井を仰ぎ見ながら、暫し沈思黙考する。
この異世界に来るよりも以前―――自宅で『アトロス・オンライン』のゲームをプレイしていた頃から、ユリにとって『百合帝国』の皆は間違いなく『愛する嫁』だったわけだけれど。
当時の『百合帝国』の皆は、明らかに機械知能だと判る程度の行動しか行わない存在であり、人間らしい存在であったかと問われれば、それは『否』だ。
愛する彼女達が、自分の頭で考え、自らの欲求や判断を踏まえて行動し、外界からのあらゆる刺激に対して感動を覚え、ユリに対して個性のある愛をもって応えてくれるようになったのは―――全て、この異世界に来てからのことだ。
だからユリは当初、その『百合帝国』の皆の変化を、この世界へと転移させてくれた神様―――つまり『癒神リュディナ』の御業によるものだと考えていた。
けれど、それは違うらしい。『神域』の庭園でリュディナと直接話す機会が持てるようになり、ユリも後から教わったのだけれど。リュディナは『百合帝国』の皆に対して、そういう変化を与えるようなことは何もしていないらしい。
「ユリの愛する子達は、あなたの『愛』によって進化したのでしょう」
「……あ、愛?」
「ええ。自分自身では判らないのかもしれませんが、この世界の主神の1柱である私には明確に判ります。あなたの愛はとても大きく、そして純粋なものです。それこそ『機械的な知能』しか持たなかった存在を、変化させるほどに。
ユリ。他者を変質させ得る程の『愛』を持つあなたは、この世界の主神の1柱となれる資質があります。どうでしょう―――『愛の女神』になってみませんか?」
ユリが主神の末席に加わった際に、リュディナがユリに告げた最初の勧誘の言葉は、今も明確に覚えている。
ちなみに当時、ユリはリュディナの提案に対し「えっ、嫌です」と即答した。
まあ、最終的には―――当時『神聖魔法』を使えなくなっていた『睡蓮』の子達を助けられるという利などをリュディナから説かれ、半ば渋々ながら主神の1柱に加わることを承諾させられてしまったわけだけれど。
―――話が逸れてしまったけれど。
『百合帝国』の皆が『心』を持つようになった切っ掛けが、ユリの『愛』にあるというのなら。いま『百合帝国』の皆が、それぞれに独自の行動を取り、暗躍している現状は、まさしくユリが望んだものということになる。
そう。ユリは―――『百合帝国』の皆がユリの思惑の外で、結構好き勝手に色々やっていることを、実は割と把握していたりする。
例えば、エルダード王国が骸骨兵により『崩壊』したことにも、『百合帝国』の皆の暗躍があることは、概ね察していた。
何故なら、ユリは『プレイヤーキャラクター』であり、『百合帝国』の皆は同じゲームアカウントに関連づけられた『仲間NPC』だからだ。
もちろん今の『百合帝国』の皆は、最早『NPC』と呼ぶことが適切ではない、人としての心を有した存在に変化しているわけだけれど。ここで重要なのは、そのことではない。
ユリはプレイヤー独自の機能として、自身のアカウントの『仲間NPC』の情報をいつでも確認することが可能になっている。この機能を用いると『仲間NPC』の能力値や位置、行動記録などを閲覧することができてしまうのだ。
また、同様に『仲間NPC』の子達が召喚した『従者』に関する情報も、同機能を用いることで確認することができる。
つまり―――ユリは知りたいと思えば、『百合帝国』の皆やその従者が『どこ』にいて、今までに『何をしてきたのか』。それらを全て確認することが出来てしまうわけだ。
確認できる情報によると―――現在『百合帝国』の子達が召喚している『従者』の総数は811名。
このうち120名は『桔梗』が新都市の建造に召喚している従者で、161名が『撫子』と『竜胆』の子達が都市運営や生産作業のために召喚した従者になる。
となれば当然、残る『530名』は他の部隊の子達が召喚している従者だ。
『百合帝国』は撫子・桔梗・竜胆の3つを除けば、他の9部隊は全てガチの戦闘部隊になる。そして彼女達が召喚する『従者』もまた戦闘能力に秀でた子達ばかりであり、あまり内政などに活用できる存在ではない。
9部隊が召喚中の戦闘系従者『530名』は、その大半が国外で活動している。最も多く活動しているのはエルダード王国の領内になり、シュレジア公国の領内で活動している人数も100名を超えているようだ。
一体、敵国内で何の活動をさせているのだろう―――とユリは訝しく思う。
当然ながら『従者』とは自身の主に忠実な存在であり、基本的には主から命令を受けない限り独立して行動することはない。
なのでかなりの人数の従者の子達が、他国で盛んに活動していることには、明らかに『百合帝国』の皆の思惑が絡んでいる。
それが何なのか―――調べようと思えば、ユリには出来てしまう。
従者の子達の行動記録を読めば、彼女達が今までに他国で何をしてきたのかを、全て詳らかにすることが可能だからだ。
行動の全容を把握すれば、主人のどういう思惑により彼女達が動かされているかについて、推察することは難しく無いだろう。
「………」
けれど、ユリはそれをしない。
百合帝国の皆が『心』を持った結果、主であるユリにも『秘密』の行動を取るようになったことを、ユリは好ましく思っているからだ。
百合帝国の皆は、ユリの『嫁』であり『仲間』であり『部下』でもある。
それでも―――彼女達の誰ひとりとして『奴隷』ではない。
ユリは『百合帝国』の皆を尊重できる自分でありたいと思っている。
彼女達が何か―――主であるユリにも秘密で行動したいのであれば。それは全く構わないと思うし、むしろユリにとって望ましいことでさえある。
それに、皆が『ユリにも秘密の行動を取っている』とは言っても、それがユリに敵対するもので無いことは理解しているつもりだ。彼女達がユリに持っている絶対的な忠誠心は、些かの疑いも抱くようなものではない。
おそらく皆は『ユリの役に立つため』に暗躍してくれているのだと思う。ならばユリの側から皆の行動を掣肘するような真似は、なるべくならしたくはない。
それに……別に『百合帝国』の皆が王国や公国を相手にどんな事をしていても、ユリにとっては些細な問題なのだ。
王国と公国はいずれも先方側から戦争を吹っ掛けてきた相手なので、情を傾ける必要性が感じられない。『百合帝国』の皆の暗躍した結果、王国が『崩壊』するとしても、ユリにとってはどうでも良いことだった。
(―――とはいえ、何事にも限度はあるわね)
ぱさり、と。つい先程まで読んでいた十数枚にも渡る報告書を、ユリは執務机の上に落とした。
もしユリの推測した通り―――『黒百合』の子達がサキュバスの従者に命じて、ソフィア・テオドールの[知力]を奪っているなら。それは、許されざる事だ。
何故ならソフィア・テオドールは公国からの『使者』として訪問してきた少女なのだ。『他国の使者を攻撃しない』というのは、外交儀礼上とりわけ重要であり、最低限遵守すべきルールだ。
戦時下なのだから、別に『黒百合』の子達が公国に対して、いかに非道なことをしていても構わないけれど。それでも―――『使者』だけは攻撃すべきではない。
(とりあえず、事実確認をしてみましょう)
ユリはプレイヤーとしての機能を用いて、『黒百合』の子達が現在も召喚しているサキュバスの『従者』の情報、特に行動記録を精査していく。
すると案の定と言うべきか、【従者召喚】されたサキュバス達が『黒百合』隊長のカシアから命令を受けて行動し、公国の使者ソフィアへ能力吸収を実行していた事実が詳らかになった。
どうやら『黒百合』の子達の思惑としては、ユリとソフィアの間での和睦交渉が失敗し、公国との戦争状態が今後も継続される方が好ましかったらしい。
なので彼女達はソフィアの[知恵]に限界ギリギリまでの能力吸収を敢行し、才女であったソフィアを『愚かな少女』へと変えてしまった。
そして実際―――図々しくも『痛み分け』での和睦を提案してきたソフィアを、あの日ユリは謁見の間から叩き出している。全ては『黒百合』の子達の思惑通りに進んだわけだ。
(何もこんな、回りくどいことをしなくても……)
ユリは内心で密かにそう思う。
別にこんな迂遠な手段を用いなくとも。『黒百合』の子達が「公国と和睦を結ばないで欲しい」と言ってきたなら、おそらくユリはその通りにしたことだろう。
「……とりあえず、ソフィアのことは回復させてあげなければ駄目ね」
使者を攻撃することはあってはならない。そうユリは思う。
だから、まず国主であるユリが最初にやるべきことは。公国からの正式な使者であるソフィアを元の状態に戻し、その上で彼女に国主として深く陳謝することだ。
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お読み下さりありがとうございました。




