79. まだ居るの?
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リュディナとアルカナの分体を伴って、聖国を訪問してから3日が経った。
本日は『秋月19日』。いつも通り、目を覚ましたあとに最低限の身嗜みだけを整えてからユリが宮殿の執務室へ移動すると。今朝は各種書類や報告書に加えて、『桔梗』隊長のメテオラから新都市建造の進捗報告書も届いていた。
桔梗が新都市建造に着手したのは『秋月17日』のことだ。それから、まだ2日しか経っていないにも拘わらず、進捗報告書によると建造予定地には既に、都市全体を囲む『正六角形の防壁』が完成したらしい。
どうせ都市全体を【障壁結界】で護るのだから、本来であれば『防壁』などというものは別に必要も無いのだけれど。敢えて今回の新都市には、ニルデアの都市にあったものよりも遙かに立派な防壁を造りたい―――と、そう『桔梗』の子達からは既に説明を受けていた。
その理由は2つあって、1つは都市の北側に設ける『観光区画』を利用する富裕層の人達が、堅牢な防壁に都市が護られていることを自らの目で確認して、安心してリゾートを満喫できる雰囲気にするため。
もう1つは都市の南側に設ける『迷宮区画』を、背が高くて堅牢な防壁ならではの威容を活かした、ちょっと物々しい雰囲気の区画にすることで、いかにも『掃討者の都市』や『迷宮都市』らしい感じの雰囲気にするためだ。
つまり―――ただ、新都市の『雰囲気作り』の為だけに『防壁』を建造する。
こんなのは、他国ではきっと考えられないことだろうけれど。自分の作りたい物の為なら努力を惜しまない『桔梗』の子達にとっては、何でも無いことだ。
また、都市の地下に上水道・下水道の敷設が完了したことも、報告書には記されていた。
メテオラの付記によると、今後都市地下に建造する予定の『迷宮地』と地下での位置が被らないように調整するのに少し苦労したらしいけれど―――その割には、驚異的な建造速度だと言わざるを得ない。
やっぱり、この異世界に来てからというもの。百合帝国で最も遺憾なく異常性を発揮しているのは『桔梗』の子達だと思う。
このペースだと、本当に『今月末』には新都市が完成してしまいそうだ。
各『迷宮地』に配置する使役獣の選定は、使役者であるユリに一任されているので、今の内から少しずつ考えておく必要があるだろう。
先日の聖国での話し合いでは、アルトリウス教皇から『迷宮地が完成して転移門が設置された暁には、すぐにでも当国の〔神官〕達に利用させたい』と既に要望を受けている。
また、娯楽の神であるアルカナからも『迷宮地を探索する掃討者に焦点を当てた放送について、とても楽しみにしている』旨を告げられていた。
都市が完成した後、遅滞なく『迷宮地』を利用できるようにするためにも、予めユリにできることは準備しておくほうが良さそうだ。
「なんだかご機嫌そうですね、ユリ様」
執務机に淹れたての薬茶を置きながらそう告げたのは、今日の『寵愛当番』であり護衛でもある『青薔薇』のシャウラだ。
シャウラに限った話でも無いけれど。『青薔薇』の子達はいかにも『踊り子』の衣装という感じの、露出度が高い衣服を普段から着ているので、今みたいな執務中は少し目の遣り場に困ってしまう。
―――まあ、ユリがまじまじと見つめたとしても、シャウラが嫌がることは絶対に無いのだけれど。それはそれで、ちょっと今日の分の仕事を脇に置いて、今すぐベッドに連れ込もうかという気分になってしまうので困ったものだ。
「私の使役獣達に、活躍の場が出来そうなのよ」
「ああ―――例の新都市に造るという『迷宮地』のお話ですね?」
「ええ、そうよ。私は『リーンガルド』に存在するほぼ全ての魔物を自分の使役獣にしているけれど、その中でも特に可愛い子達には目を掛けているからね。彼女達に活躍の場が出来るのは、とても望ましいことだわ」
大抵のRPGでもそうだけれど、『アトロス・オンライン』のゲーム内世界である『リーンガルド』にも、女性的な可愛らしい姿を持つ魔物は多数存在していた。
ゲームの頃には、そういう可愛らしい魔物を召喚して一緒に戦闘を行ったり、あるいは戦闘とは全く関係無い場面でも無駄に召喚して、ただ一緒に時間を過ごしたりもしていたのだけれど。
この異世界に来てからは―――特に理由があるわけでもないけれど―――そういうことを、あまりしなくなってしまっていた。
だからせめて、代わりに『迷宮地』が完成した暁には、ユリが可愛くて気に入っている使役獣を沢山召喚して配置し、掃討者を返り討ちにする勇姿を眺めてみたいと思う。
どうせ探索の様子が『放送』された場合は、みんな掃討者のほうを応援するのだろうから。せめてユリひとりぐらい、魔物の側を応援していても構わない筈だ。
(あら―――娼館の経営が持ち直してきたというのは、朗報ね)
続いて、元王国密偵の人達から届いた報告書を読み、ユリはその事実を知る。
報告書によると、一時は主要客である『兵士』と『掃討者』の両方を失い、閑古鳥が鳴いていた娼館に、最近は少しずつ客が戻ってきているらしい。
但し『客が戻る』とは言っても、元々利用していた人達がそのまま戻って来たわけではない。依然として『掃討者』はユリタニアの都市には殆ど寄りつかないし、そもそもニルデアで『兵士』をしていた人達については、ユリが占領時に全滅させてしまったので、当たり前と言えば当たり前なのだが。
最近はこれまでとは違う客層からも、娼館へ足を運ぶ人が増えつつあるらしい。
商人や職人の男性、あるいは農民の男性といった人達まで、今までは全く興味が無かった娼館へ足を運ぶ者が出て来ているそうだ。
おそらく、ユリタニアに『小金持ち』が増えたからではないか―――と、報告書の中では推測が書かれている。
ユリタニアは今年いっぱいは無税なので、市民の手元に残るお金が少なくない。豊かになった財布を見た男性の中に、娼館で一晩の夢を買うことを望む人が出てくるという推測は、確かに的外れでもないように思えた。
何にしても、娼館が廃業の危機を免れたのは喜ばしいことだ。
都市風紀を保つという観点では、為政者からすれば娼館など無くしてしまう方が賢明なのかもしれないが。別にユリとしては、性産業から日々を生きる活力を得ている人達を否定するつもりもない。
娼館を好きで利用する男性もいれば、好きで娼婦を生業としている女性もいることだろう。もちろん言うまでも無く、借金などを理由に女性が望まぬ娼婦に身を落とすような事態はあってはならないと思うけれど。本人の意志でそれを稼業とすることは、容認されても良いと思う。
(……とりあえず、密偵の人達に娼館を利用する支援金を渡すのは、今月一杯で打ち切っても大丈夫そうね)
ユリは半月ちょっと前から、元王国密偵の人達に支援金を渡して『週に2度以上は娼館を利用する』ように通達を出している。
これが娼館の経営支援として、一体どの程度の効果があったのかは怪しいものだけれど。ともあれ、娼館側の経営状態が健全化しそうなのであれば、もう公金を出すのは止めても良い頃合だろう。
「そういえば―――ユリ様にひとつ、ご報告したいことがあるのですが」
「……うん? 何かしら、シャウラ?」
「先日面会した、公国の使者のことは覚えていらっしゃいますでしょうか?」
「1週間ぐらい前の事よね、流石にまだ覚えているわ。確か……名前はソフィアと言ったかしら」
「はい、公爵令嬢のソフィアとその護衛の者達についてなのですが。どうやらまだユリタニアの都市から立ち去っていないようなのです」
「………………えっ。まだ居るの?」
「はい。『撫子』の者が毎日確認を取っておりますが、少なくとも昨日までの時点ではユリタニアから去ったという報告は受けておりません」
「ええー……」
慌ててユリは、今も維持を続けている【空間把握】の魔法でユリタニアの都市内を検索し、公国の使者達の情報を確認する。
『公爵令嬢』だなんて大層な肩書きを持った人物など、ユリタニアには1人しか存在していないので、捕捉するのは容易なことだった。
なるほど―――確かに現時点でもまだ、ユリタニア内に滞在しているようだ。
「……護衛の人達と共に、中央広場に居るらしいわよ。宮殿から目と鼻の先ね」
「どうやら先方はユリタニアの屋台食文化がいたくお気に召したようでして。それが理由で公国へ帰らず、未だに留まっているのではないかと」
「公爵令嬢が自分の役目より食を謳歌するのを優先するなんて、世も末ね……」
眉間を押さえながら、ユリは重い溜息を吐く。
使者という者は、普通であれば迅速さを尊ぶものだ。可否に拘わらず、相手から返答が得られた時点で即座に帰路につくのは、当然のことだと思うのだが。
そういえば『叡智』という名前をしている割に、随分頭の悪そうな娘だったのを覚えている。……まあ、ユリ個人としては馬鹿な子も嫌いでは無いけれど。
「いかが致しましょう。追い出しますか?」
「……面会から1週間ぐらいしか経っていないことだし、まだ現時点では放置でも良いでしょう。あまり長く滞在するようであれば、私が転移魔法で公国を訪ねて、先方に文句のひとつも言ってくるわ……」
娘はともかく、彼女の父君であるテオドール公のほうは、問題無く話が通じそうな相手だったように思うから。率直に『あなたの娘の対処に困っている』と苦情を言えば、敵国関係にあるとはいえ面会は叶うだろう。
追い出すだけならいつでも出来るけれど、あまり女性を無下に扱うのはユリの本意ではない。できれば自分の意志で帰国して欲しいものだ。
その時、不意に執務室のドアが、コンコンと2度ノックされた。
一体誰だろうと思いながら、ユリが部屋外に向けて「どうぞ」と声を掛けると。すぐに『撫子』副隊長のソナチネが執務室の中に入ってくる。
「ご主人様、執務の最中に失礼致します。面会を希望するお客様がいらっしゃいましたが、いかが致しましょうか?」
「客……? 特に約束は無いけれど、誰が来たのかしら?」
「オーレンス・ヘイズと名乗る老齢の女性です。身分を証す物として商人ギルドの登録証を提示しましたので、商人と思われます」
「ふむ、聞かない名ね。今は特に忙しくもないし、会うだけ会ってみましょうか。応接室の方へ連れてきて頂戴」
「承知致しました」
深々と頭を下げて、ソナチネが執務室を退出する。
その姿を暫し見送ってから、ユリは再び【空間把握】の魔法を活用して『オーレンス・ヘイズ』なる商人についての情報を洗い出す。
【空間把握】の魔法は、効果範囲内に存在する『物品の情報』を収集することができる。なので『商人ギルド』に関係する人物であり『姓』と『名』も判っているのであれば、有用な情報を選別するなど造作もないことだ。
「なるほど―――実質的な娼館の主ということね」
商業ギルドに保管されている書類によれば、オーレンスは『ヘイズ商会』の会頭であり、これは主に娼館の経営を手掛けている商会であるらしい。
そういうことであれば。訪問の理由が、ユリにも少しは察せそうな気がした。
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