第六十四話・年末年始
side・織田信秀
「真か?」
「はっ、どうやら真のようです」
今年は一馬が来てから騒がしい日々だと思うていたら、最後の最後でまた一馬か。
妻が百人以上居ただと?
「それで一馬殿の島から挨拶に来た者が居ります」
「すぐに会おう。待たせるわけにはいくまい」
ワシも妻は何人か居るが、百人も居るとは。あの男は本当に分からん。
「あなた様。わざわざ正装なさるので?」
「一馬は元々は日ノ本の外から来た者ぞ。小さな島だと言うが、見方によれば独立した国とも言えるのだ。粗末に扱うわけにもいくまい」
だが一馬の妻より問題なのは、島から人が来たことであろう。
独立国と取るか、離島の島民と取るか。難しいところだが、礼は尽くさねばならん。
「久遠一馬が家臣。清十郎にございます。織田弾正忠様のご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じまする」
「清十郎殿。遠路はるばるよう参られた」
うむ。普通だな。姿は日ノ本の者と変わらぬ。元は日ノ本の民か?
「挨拶に来ることが遅れたこと、真に申し訳ありませぬ」
「遠方の島では無理からぬこと。気にしておらぬ。それより一つ聞きたいのだが、一馬が当家に臣従したこと本領で問題になっておらぬか?」
「一切問題になっておりませぬ。我らは交易をせねば生きていけませぬ。織田弾正忠様には多大な御配慮を頂き、感謝しかありませぬ」
「そうか。それは良かった。こちらとしては商いに力は貸せるが、その方たちの島が他国に攻められても、船が無いので助けに行くこともできぬからな」
久遠家本領との関係はどうやら問題ないようだな。交易が生命線なのであろう。そこを押さえておけば、良好な関係は続くと思って間違いないな。
銅は集められるだけ集めるか。あれは儲かる。那古野でも銭は作らせるが半分は一馬に回すべきだな。
side・滝川資清
「ハッハハハ!」
「慶次。笑ってる場合か!」
「よいではありませぬか。久方ぶりの再会なのです。邪魔をするなど野暮というもの。呼ばれるまで大人しくしておればよいのです」
「そういうものか?」
殿の奥方様が百名以上来たと聞いた時は、正直にわかには信じられなかった。
侍女も居るのかもしれぬが、それでも多い。
問題は世話をする人が全く足りぬことだが、慶次めが笑って不要だと言いおる。この男は変わった男だが、要領がよく人の心を読むのに長けておる。
特に堅苦しいのを好まぬ殿や織田の若殿には、大層気に入られている。確かに慶次の言う通りかもしれぬが。
「風呂は沸かした方がいいでしょうな、長旅で来たのですから。後はそのうち尾張を見物にでも出掛けるでしょう。その時の供を用意すれば、いいと思いますぞ」
久遠家では食事は御方様が毎日作られている。ワシらが用意するのは風呂と寝所くらいだが寝所はどうするのだ?
まさか広間でも寝所にして、全員一緒にすればいいのか?
考えてみれば慶次の言う通り、放置した方がいいかもしれんな。
「尾張の見物か?」
「するでしょうな。御方様たちは自ら出歩くことを好む故に」
「なるほど」
真面目にやればどこに出しても活躍するだろうに、気に入らぬ人には仕えたくないと言うのだから困った男だ。
幸い久遠家には文句はないようで働いてるからいいが。
「そういえば近江に文は出したので?」
「出したがあまり詳しいことは言うてない。ほら吹きと思われても騒ぎになっても困るからな」
年の瀬も迫り殿からは、近江に帰省してもよいと言われたが、帰省はしないことにした。帰省して下手なことを言えば、騒ぎになるからな。
言えるわけがなかろう? 連れてきた下働きの者まで当たり前のように腹いっぱい飯が食えて、金色に輝く酒や貴重な生の魚をよく頂いてるなど。
ワシに長年仕えてくれた者など、毎日欠かさず殿と久遠家のために仏に祈ってるほどなのだ。死んでくれと言われても喜んで死ぬだろう。
飢饉になり食うものが無くて、泣く泣く子供を捨てたこともあるのだ。
それが尾張に来てからは御方様が定期的に子供を集めては、身分に関わらず読み書きを教え、甘い菓子を食べさせてくれておる。喜ぶ子供の顔を見られるのがみんなどれほど嬉しいことか。
確かに久遠家は人が足りぬが、あまり近江から連れてくればさすがに問題になるやもしれぬ。
それに銭次第で平気で裏切る輩も居るのだ。要らぬ話は広めぬ方がいい。
side・久遠一馬
みんなで集まったその日は結局宴会になった。
戦国時代は娯楽もほとんど無いからね。滝川さんたちも気を使ってくれたのか、あまり顔も出さずに自由にさせてくれたから楽で良かったよ。
翌日の大晦日ものんびりと過ごすことができた。寝不足にはなったけどね。
理由? 聞かなくても分かるでしょうが。男と女の行き着く先は一つだ。
ただあんまり楽な生活をしてると、このまま宇宙に帰って引きこもりたくなりそうだけど。
「明けましておめでとうございます」
新年明けて天文17年。元旦のこの日は滝川一族と郎党を招いての新年会だ。
あと三日ほど自堕落な生活をしたら、戻れなくなりそうだし、予定していた新年会をすることにした。
この時代の物とは違うけど御節料理も作ったし、お酒もたっぷりある。ついでにこの時代では何故か『いか』とか『いかあげ』という名前の凧とか、コマに羽子板とか遊び道具も用意した。
滝川一族と郎党には子供も多いからね。お酒が飲めない小さい子供なんかにはちょうどいいだろう。
でもあれだね。オレたちと滝川一族で三百人近くの人が集まると、さすがに広い屋敷も狭く感じる。
オレはみんなの所に顔を出して、お酒を注いで歩いてるけどさ。拝むのは止めてほしい。
「勝った奴には、この南蛮の葡萄酒を飲ませてやるよ」
「おお!」
最初はみんな御節料理を食べるのに夢中になってたけど、お腹が膨れると子供は遊び道具で遊び始めて、大人は酒が主体となる。
ジュリアのやつ、一益さんとか滝川一族の男達と博打なんか始めてるし。サイコロでやる丁半博打みたいなやつだね。
まあ、お金は賭けてないみたいで、勝ったらお酒あげてるだけだからいいけどさ。あまり変なこと教えないでほしい。
他でも飲み比べをしたり、囲碁とか将棋に先日作ったリバーシをやったりとみんな自由に楽しんでる。
「ロボ。美味いか?」
我が家の大切な家族であるロボにも、犬用の御節料理を作ってやったからバクバク食べてるよ。
ウチで一番元気なのはロボだね。寒さにも負けずに屋敷の庭を走り回ってるし。まあ最近はオレたちの居る室内に入れたりしてるから、火鉢の近くで丸くなってお昼寝してるけど。
「いくぞ!」
「任せとけ!」
ああ、庭では滝川一族の子供達が凧揚げを始めたみたい。
みんなウチに来た時はガリガリに近かったけど、尾張に来てからはちゃんと食べさせてるから、栄養状態が良くなってる。
早い方が覚えもいいから、勉強も教えてるしね。将来が楽しみだ。
他に滝川一族の女性陣とウチの女性陣は、大半がおしゃべりを楽しんでる。意外にこの辺りは時代が変わっても同じなのか。
その後夕方近くになるとお開きになり、若い男たちはそのまま清洲に遊びに行くらしい。
目的はまあ聞かないでおいた。若いんだしね。
ただ、病気とかもらってこなきゃいいけど。
前話のラストに未来視点の話を少し追加しました














