第六十二話・統治は一日にして成らず
side・久遠一馬
もう年末だ。清洲統治の雑務は終わってないけど年末だ。
当然ながらクリスマスはこの時代には無い。未来の日本みたいにイベントとしては嫌いじゃないけど、この時代でクリスマスなんてやると、カルト宗教的な意味があると誤解されそうで困る。
清洲の問題は食べ物を配って、飢えないようにしてるから大きな問題はないけど、細かい問題はいろいろと燻ってるね。
農民は土地や水の利権なんかで以前から揉めてた問題を、領主が代わったんで訴えようとする人が結構いる。こちらは当面は現状維持にして受け付けてない。検地も終わってないのにできるわけがない。
織田弾正忠家も必ずしも優れてるわけではないが、それ以上に元清洲方の武士が使えないので、訴訟を処理する文官が足りないんだよね。
農民は力で従わせろと口にする武士が、当たり前に多いからね。特に元清洲方には妙にプライドの高い武士が居たりして、信秀さんの怒りを買い領地を召し上げられた人もいる。
織田弾正忠家は微妙な立場だったせいか、その点ではバランス感覚がある。家中の領内にあまり対立や問題を起こさないようにしてたみたい。
まあ金持ち喧嘩せずという感じかもしれないが。
ちなみに信秀さんの怒りを買った武士は、何故南蛮の女なんかに従わねばならないのかと、陰で不満を口にしていたらしい。信秀さんは命令に従えないなら出ていけと、領地を召し上げて追放したみたいだ。
その空気が読めなかった武士は知らないんだろう。信秀さんと文官の皆さんが清洲の問題でどれだけ苦労してるかを。
清洲は尾張の中心であり、信秀さんの本領になる場所なだけに手を抜けない。
エルたちも検地の指導から始まり、そちらを任せられるようになると、清洲の雑務を手伝ってる。
普通は女性にそんな仕事はさせないらしいけどね。正直文官が少ないんだよ。
「なんというか、大変なのだな」
「若様も他人事ではありませんよ、家督を継いだら若様の仕事になるのですから。権威とか力だけで治めても長続きしませんから。人が人を治めるには、なるべく不満の出ない仕組みが必要なんですよ」
結果としてオレとエルたちは清洲城の一室で書類整理と検地の書類作成をしてるんだけど、比較的暇そうなのは信長さんだった。
何だかんだ言っても嫡男の若様だし、まだまだ勉強中だからね。勉学や武芸に励んではいるが、地味な文官の仕事なんてさせられないしできないだろうね。
思えば史実の信長さんは、信秀さんが体調を崩してから領内統治をする仕事を始めたんだろうな。信秀さんの下で仕事をするのとは大違いだろう。
「人の数に名前と歳まで調べたのか?」
「戦と同じですよ。情報を集めるのは。どこにどんな人が何人住んでるかが分かれば、税を集めるのも流行り病や飢饉の対策をするのも楽になります」
この時代って、人の価値を軽く考えすぎだよね。人口調査なんてする意味ないと考えてる人がほとんどだ。
今回は新しい領地の検地のどさくさに紛れてやったけど、単独で人口調査なんてしたいって言ったら大変だったろう。
史実でも戦国時代の人口は、明確な記録として残ってないしな。税に関わる検地は熱心でも、農民が増えようが減ろうがあまり興味はないんだろうね。
「清洲の者は使えぬようだな。検地の不満を口にしてるらしいではないか」
「降伏したのだから自分の領地を認めろ。自分の領地に口出しはするなと言うのが本音かと。それに代官やら役職を全て解きましたからね。不満なのでしょう」
「親父も甘い。纏めて追放してしまえばいいのだ」
「今やると要らぬ波風が立ちますからね。しばらく放置して害になるなら、狭い領地で飼い殺しでしょう」
信長さん、やっぱり情報は集めてるんだね。
ぶっちゃけ現状では織田弾正忠家と元清洲方の武士は、まだ纏まりきれてない。
あえて口にしないけど内心では、織田弾正忠家のことを成り上がり者だと蔑む者も居るみたいだし。大人しく従い、真っ先に協力するくらいの機転があれば、使えるんだろうけどね。
信長さんには言えないけど、信秀さんですら舐められてる感じがある。一族処罰とかしなかったからかね?
まあ歴史に名も残らない馬鹿は放置していいだろう。信秀さんもオレたちも、いちいち相手してる暇はない。
side・今川義元
「清洲が落ちたか」
「僅か一日であっさりと」
「そういえば坂井という男から書状が来ていたな。虎を引き付けるので支援してほしいと。籠城もできぬ阿呆にどう支援しろというのだ」
初めから期待などしてなかったが、本当に何もできぬまま信秀に清洲を進呈したのだな。時勢が来るまで大人しくしておれば、まだ使い道があったものを。
「どうやら流行り病を利用して、清洲を暴発させたようですな。敵ながらあっぱれ」
「感心しておる場合か? 雪斎。三河が揺れておるそうではないか」
「東三河は問題ないかと。松平宗家はまだ独立を諦めておりませぬので、ちょうどよいでしょう」
上手くいかぬな。北条に武田に織田。どちらを見ても一筋縄ではいかぬ相手ばかりだ。
それにしても兵糧や薬を与えることで、三河の領地を守るとはな。高くつきそうだが、負ける心配がないと考えると、悪い策ではないということか。
「虎は岡崎を攻めると思うか?」
「現状では岡崎までは来ぬかと思いまする。先に岩倉を落として尾張を統一するでしょう。ようやく大義名分が手に入ったのですから」
「津島まで取れるのならば、こちらから攻めてもよいのだが」
「難しいでしょう。清洲攻めの際に信秀は、何やら見慣れぬ武器を用いたとか。金色に輝き雷を呼ぶ南蛮の武器だと、尾張では評判です」
「真か?」
「南蛮の武器を用いたのは事実かと。使っていたのが久遠家だったようですので」
金色の酒に続き武器だと? 清洲はさほど防備に優れた城ではないが、それでもさすがに一日は早すぎる。加えて南蛮の武器となると迂闊に動けぬな。
商いは相変わらず活発だ。流行り病の薬ですら相場で売って寄越した。信秀にこれ以上儲けさせるのは、少し面白くないが税を高くして商いの邪魔をしても、奴のことだ北条に多く売るだけであろう。
金色酒の造り方を探らせておるが、久遠家の者しか造り方を知らぬようでどうしようもない。
戦もできぬ以上は今川の利にもなる商いは、止めるわけにはいかぬ。北条には直接売り始めたらしいが、海がない甲斐や上野などの関東にはまだまだ売れる。
「織田と戦をする利はないか」
「今のところは」
「岡崎が織田に降ったら、いかがする?」
「そうなれば東三河に岡崎を攻めさせましょう。信秀が出てこぬ限りは、こちらも本格的に出るべきではありませぬ」
「やはり、三河を上手く使うべきか」
清洲を見れば、今の織田と戦をするはあり得ぬ。
松平宗家がもう少し素直ならば、また違うのだがな。広忠はともかく岡崎の者は独立の意志が強い。
上手く潰しあってくれればいいが、駄目でも織田の戦い方が分かるのだ。悪くはないか。














