第五十九話・蝮と収穫
side・斎藤道三
「清洲が落ちたか」
「はっ。守護代は隠居。重臣も討ち死にと切腹」
一族に甘い信秀にしては思いきったの。大和守家が愚かだったことを加味しても早いわ。
やはり動かず正解であったな。
「何でも雷のごとき轟音を響かせて、城を落としたとか」
「何をしたのか気になるの」
「調べさせまする」
清洲を手に入れ、守護代を隠居させた事実は、一つの城以上の価値がある。信秀がいよいよ尾張統一の大義名分を得たのだからな。
大垣の統治も上手く行っておる。銭と糧食を領民に分けて賦役をするなど愚かと美濃の者は笑うていたが、今では顔が青くなるほど大垣と周囲の国人衆は信秀に懐柔された。
上手い手だ。領民を直接釣ることで領主を操るとは。とはいえそれができるのは、信秀に銭と力がある証。
知多半島の水野も臣従し、三河の安祥城の後方も磐石となった。楽ではないだろうが、とにかく押さえた領地を統治することに腐心しておるか。
「噂の南蛮人連れはどうしておる?」
「例の那古野近くの普請と、流行り病の差配をしてる様子。先日の戦にも兵五百ほどを率いて参戦しております」
「ただの物好きな南蛮人連れではなかったか」
困ったの。南蛮人連れは、虎に翼を与えたということか。
向こうから攻めてくるならばやりようはあるが、こちらから攻めるのは避けたいの。大垣は取り返したいが、万が一負けると状況は更に悪くなる。
美濃でさえワシよりも信秀の方がいいのではと、考え始めた者も居ろう。病に侵され捨てられた年寄りと子供を受け入れ、粥と薬を与えたと聞いた時はワシですら信じなかったが、今や信秀は仏の虎だと美濃でも評判だ。
現状でも織田に降った国人衆と領地を接するこちらの国人衆の動きがおかしい。一つ向こうの村では飯が食えてるのに、自分たちは食えないというのはまずい。
小競り合い程度ならばワシも信秀も、相手にするほど暇ではないが。美濃国内には未だに守護を慕う者や、ワシを邪魔に思う者が多い。
無論戦をして勝てばいい。だが万が一にも負けたら、ワシが寝首を掻かれるかもしれぬ。
「信秀め。何を考えておるのだ?」
「尾張を制することでは?」
信秀が尾張統一に目を向けたのは確かであろう。だが問題はそこではないのだ。奴の行動が読めなくなった、理由が分からぬのが不気味なのだ。
奪うのではなく与えることで統治できるならば、それがいいのは子供でも分かる。だが与える物は、どうやって手に入れる?
確かに南蛮船の商いは儲かるだろうが、それだけでやれるのか? 南蛮船自体は堺にも来ておるのだ。奴だけが特別ではない。
分からぬ。ワシには分からぬ理屈で動いている。それが分からぬ以上は、ワシも清洲の二の舞いになるやもしれぬ。
知らねばならん。どうにかして信秀が何を考えているのか、知らねばならんであろう。
side・久遠一馬
「そろそろだね」
津島の屋敷の庭に作った畑に植えたじゃがいもが、ようやく収穫の頃合いになった。未来と違い生育が少し遅かったけど、無事に収穫までこぎ着けることができたね。
津島の屋敷の庭では、この日もワルガキ達が臼と杵で酒造りの為の精米をしてる。精米機がないから大変な作業なんだよね。本当。
「ほう。それが前に食った芋か」
「ええ。連作はできませんけど、寒い土地でも育ちます。いずれ日ノ本にも広めたいですね」
まあ酒造りはいいとして、今日はじゃがいもの収穫だ。
というか信長さんも参加するんだね。好奇心旺盛というか、とりあえず自分でやってみたいらしい。
「殿。そのような話は、迂闊になさりませぬように。どこで聞き耳を立ててる者が居るか分かりませぬ」
「ああ、ごめん。ごめん」
「くっくっくっ。八郎を見てると、爺がいかに苦労をしたか分かるな」
ついでにじゃがいもの説明をしたら、資清さんに怒られたよ。機密にするべき情報を簡単に話し過ぎだって、時々注意されるんだよね。
オレからしたら当たり前の情報だけど、じゃがいもの価値と情報はこの時代の人からすると驚くものらしい。
信長さんにそんな資清さんとのやり取りを笑われつつ、みんなでじゃがいもの収穫をしていく。
この時代の人には収穫は喜ぶ出来事みたいだね。寒冷化したり台風や洪水で収穫できないことも珍しくないからか。
広い庭だから土地を遊ばせておくのももったいなくて、結構植えたから収量も多い。
「せっかくだから、収穫したのみんなで食べてみようか」
「それはいいネ。すぐに準備するヨ」
大きい物から小さい物まで様々だけど、大きいのは保存用にして小さいやつは蒸してみんなで食べよう。
少し前に拠点が那古野に移りつつあったんで、津島の屋敷を任せるために呼んだリンメイに準備を頼む。
リンメイは中国人をイメージした技能型アンドロイドだ。俗称として生産型とも言われてたタイプで、技術研究や開発生産が得意になる。
見た目は二十歳くらいの黒目黒髪で、スレンダーな体型の白衣が似合い、ちょっと怪しげな研究をしそうな感じ。
専門は遺伝子工学になるけど食品開発も得意で、津島の酒造りを指導するために常駐してる。
「これは塩辛か? こっちの白い物は何だ?」
「バターという牛の乳で作った物で、若様は前に料理で食べましたよ」
蒸した大量の小さなじゃがいもを、信長さん達や屋敷で酒造りをしてるみんなと一緒に、おやつ代わりに食べることにする。
味付けは塩とバターとイカの塩辛。じゃがいもといえばこれだよね。バターはそのまま見せるのは初めてか。ウチの料理に使ったりしてるから、信長さんたちは知らず知らずに食べてるんだけど。
塩辛は現代のより塩分が多目だけどこの時代にもある。まあウチの塩辛は味を調整してるから、他のより美味しいけどね。
「これは美味いな! 里芋と違うが美味い」
「このバターってのいいな」
「某は塩辛が好みですな」
収穫したてのじゃがいもだから、皮を剥かなくても食べられるし、じゃがいもの風味が感じられて美味しい。
味自体は少し置いておいた方が、味が凝縮して更に美味しくなるけどね。ぶっちゃけこのじゃがいもはこの時代の品種じゃないし、美味しくて当然なんだけど。
少し肌寒いこの季節に熱々の新じゃがに、塩とバターや塩辛をつけてハフハフと頬張るのはいいね!
津島の畑は連作できないから来年はむりだけど、牧場でも少し作りたいな。津島の畑は来年は大豆を植えるか? ビールも作って、来年の夏には枝豆とビールを飲みながら涼むってのもいいな。
じゃがいもには毒の問題があります。
実際に小芋を食べる時は、よく調べて注意してください。














