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第四十六話・流行り病と清洲

side・久遠一馬

　流行り病の状況は落ち着いている。

　そしてオレにとっても織田弾正忠家にとっても、多大な影響を及ぼしてるね。

　一つはオレというか久遠家に対する、周囲の見方や扱いが確実に変わった。流行り病の予見と対策が見事に当たったことで、本来ならば異例の抜擢で嫉妬や家中の不和が起きるところがその気配すらない。

　あちこちにいる弾正忠家の家臣たちとも、今回の対策で顔を合わせて話をして協力できたことは、今後に少なからず影響するだろう。

　弾正忠家にとっても今回の対策は、使う銭以上に得るものが多い。

　明確に臣従してる家臣には手厚くしていて、同盟関係の相手や緩やかな臣従をしてる家にも配慮してる。他には岩倉の織田伊勢守家には多少配慮した額で、美濃の斎藤家と駿河の今川家には高騰してる相場の適正価格で売ってるしね。

　立場や関係により対応を明確にしたことで、信秀さんは己の力と相手との関係を内外に示した形になる。

　困った時に頼れるのは誰か。はっきりさせるという意味では戦みたいなものかもしれない。

　清洲の織田大和守家は騒いだので、薬を売る交渉をしたらしいけど、高いとごねたので未だに何もしてないんだけどね。

「若！　大変です。清洲との関所に流行り病にかかった、多くの貧農の老人ばかりが来ております」

「何のつもりだ？」

「どうも清洲は年寄りばかりを、こちらに押し付けるつもりのようで。那古野に行けと追い出されたようです」

「チッ。ふざけた真似を」

　ああ、やっと落ち着いたのに新たな問題が。この時代だと病気に罹ったりしたら、平気で捨てたりするらしいからな。死に場所を探して来たのかもしれないけど。

「若様。受け入れましょう」

「かず正気か？」

「清洲は殿の評判を落としたいのですよ。ならば受け入れましょう」

「それしかないか？」

「好機ですよ。受け入れてこちらの力を見せ付けましょう」

　信長さんも周りも政秀さんも、どこの誰とも分からぬ老人の集団など受け入れられないと言いたげだ。

　でもこれはチャンスだ。所詮は貧農の老人と甘く見ているのだろうね。でも清洲との力の差を見せ付けるには、またとない機会だ。

「爺。林の屋敷が空いていよう。そこに入れろ」

「若。しかし……」

「爺。これは戦だ。清洲とのな」

「はっ」

　信長さんは怒りの表情を見せてる。無理もないね。本当に嫌がらせなんだから。

　オレは受け入れ態勢を整えるため、屋敷に居たケティと家臣たちと共に準備をする。ここ最近インフルエンザにかかった人たちの治療をしてるから、やることは一緒だ。

　部屋を暖め食事と薬の用意をする。大量の布団なんてないから、藁を布団代わりにするために運んでくる。

　連れてこられた人たちはみんな栄養状態も悪いうえに、年齢的にも抵抗力が弱いような老人ばかりだ。目に光がない。諦めてるようにも見える。

「ケティ様」

「最初は温かい白湯を。落ち着かせたら粥と薬湯を飲ませて」

「はい」

　細かい指示はケティに任せて、オレは布団代わりの藁を運び炭に火を付け部屋を暖めよう。ケティには滝川家の女性と、数人のお手伝いの年配女性が付いてるから任せていいだろう。

　お手伝いの年配女性は、すでに一度インフルエンザに罹った人に頼んでる。ウイルスが変質してなきゃ、同じインフルエンザに罹りにくいからね。

「殿。武器になりそうな物は全て取り上げました」

「ごくろうさま。怪しい人は居た？」

「一人だけ」

「若様に知らせて。あとそいつからは目を離さないで」

「よろしいのですか？」

「ケティなら大丈夫だよ」

　ただ、ここで更なる問題が。病人の中にスパイが紛れ込んでる可能性を一益さんに指摘されたんで、調べてもらったら本当に居たとは。

　何しにスパイなんか送り込んだか知らないけど、周りに老人たちが居るんだ。武器を取り上げれば目立つ行動はできまい。

「よう。じいさん。大丈夫か？　さあ、飲め。薬だ」

「……要らん。ワシは死ぬんだ。治っても帰る場所がない」

「死ぬにはまだ早いぞ。ここには仕事はたくさんある。病を治して清洲の殿様を見返してやるんだ。これは面白い喧嘩になるぞ！」

　問題なのは老人たちに生きる気力がないことなんだけど、ここで意外な活躍をしてるのは慶次だった。老人たちを元気付けて、お粥とか薬を飲ませてるんだ。

　何というか型にはめようとすると駄目だけど、好きなことさせると活躍する。強いし忙しいからケティとパメラの護衛を頼んでたら、最近じゃあ患者を元気付けるのに役立っている。

　ケティは少し前からこの時代で医術を教えるためにと、医術の基本の教本を書いてるんだけど。何故か慶次が一番に読んでいるらしく、内容を覚えてるみたい。傾奇者じゃなく医者にでもなる気なんだろうか？

　滝川一族の人たちは、そんな好きなことしてる慶次に困ってるけど、オレたちと信長さんは慶次を面白がって好きにさせている。

　信長さんとも気が合うみたいで、一緒に鷹狩りに連れていったしね。何をするか分からないから面白いんだ。

「ありがたや。ありがたや」

　それはいいとして感謝してるのは分かるが、拝むのは止めてほしい。オレは仏様じゃない。

　ケティは重症者を中心に診察してるけど、多分インフルエンザ以前に病気持ちなんだろうな。

　医者になんて見てもらったことない人たちだから、いろんな病気持ちがいる。どうせ分からないからって、ケティたちはナノマシンでこっそり治療をしてるらしいけど。

　さすがに一回で完治したら怪しいんで、少しずつ良くなるように。

　この人たちを助けて、情報戦で清洲から人心を離れさせてやる。

　さて守護の斯波武衛さんはどう出る？　元々信秀さん寄りな態度してる人だしね。信友やその家臣は、領民の人心が離れても結束してられるかな？