第四十四話・冬の到来と流行り病
side・久遠一馬
季節はそろそろ冬に変わろうとしている。
牧場と工業村の建築は順調なことと、信光さんと政秀さんの領地の領民も動員することになったんで、林通具の元領地の村も人海戦術で湿田の整備と遊水地の整備をしてる。
「流行り病か」
「まだ本格的じゃないけど、早急に対策が必要。これを領内に命じてほしい」
ただオレとケティはこの日、古渡城に来て信秀さんと話をしてる。
冬と言えばインフルエンザが早くも流行の兆しを見せてるらしく、ケティは簡単な予防法と患者を治療する体制を構築するためにお願いに来てるんだよね。
「これは何処まで出せばよいのだ?」
「治療するために協力してくれるなら、味方には出した方がいいと思う」
「良かろう。ワシの名前で領内に出しておく。領内の寺社にも協力させよう。一馬。差配はそなたとケティに任せる。従わぬ者はワシの名前で厳罰を下すと言うておけ」
信秀さんの決断は早かった。二十一世紀の日本でさえ死者が出るインフルエンザだけど、栄養・衛生の状態が悪いこの時代だと恐ろしい病になる。
幸いなことにまだ本格的な流行ではないし、この時代だと人の往来があまりないので、ちゃんと対策してケティ達が治療すれば大惨事にはならないだろう。
すでにインフルエンザに感染した人は、近隣の寺社に集めて纏めて治療することにした。
隔離して感染を防がないといけないし、治療する手間も考えるとそれが一番だろう。
「いいか。少しでも具合が悪い者が居たら知らせろ。間違っても構わんし、きちんと治療する」
「ハッ!」
信秀さんの命令が織田弾正忠家の支配地域と、同盟や緩やかな臣従の姿勢を見せてる地域に送られた頃。信長さんは領内のあちこちから集めた悪友たちに、領内の患者の調査を命じていた。
下手すると隔離されて見捨てられるのではとの疑心暗鬼が生まれても困るので、ちゃんと治療するためにも早期発見が必要なことを教えてと頼んだんだよね。
先日の林通具の件といい、織田弾正忠家領内における信長さんの情報網は馬鹿にできないものがある。
「国境と津島と熱田は要注意ですね。あと地味に那古野もですけど」
「駄目ですな。清洲はこちらに協力する気はないようです。殿がわざわざ流行り病が起きる恐れがあると、知らせたのですがな」
「構わん。爺。清洲からの道に関を設けて具合の悪い者は通すな」
現状だとケティが流行り病の兆しを掴んだばかりであり、大半の人間は本当に流行り病が起きるのかと首を傾げてる感じだ。
それでも織田弾正忠家の支配地域はほぼ全てで指示に従い、流行り病の注意を促すと同時に簡単な予防法をやらせている。
直接的な支配地域ではない知多半島の水野家や佐治家に、三河安祥や美濃の大垣も同様で、領内に注意を促すくらいはしてくれたらしい。
ただここで無視したというか、自分たちの領地のことは心配無用と拒否したのは清洲の織田大和守家だ。
岩倉城の織田伊勢守家ですら、領内に注意を促すくらいはしているのに。
どうも信秀さんの策略だと疑ってるらしい。
那古野から清洲は近いし、他にも清洲の周りには織田弾正忠家の家臣たちの領地もある。
「しかし清洲が協力していただけないのであれば対策を変えねばなりません。清洲方の領地の周りを要注意区域に指定して、特に感染が起きないか見張らねばならないでしょう」
「そちらはワシの方から注意をしておこう」
オレと信長さんと政秀さんにエルと資清さんは、尾張を分かつ各勢力の領地図を見ながらインフルエンザ流行阻止のための対策をしていく。
清洲の勢力圏はあまり大きくないが清洲の町自体が尾張一の町であることや、勢力圏の周りには織田弾正忠家の家臣たちの領地なんかもあり重点的に対策をとらねば、対策が無駄になりかねない。
本当に困った人たちだ。
「領内における流行り病は抑え込めていて、治療も寺社の協力により順調です。ただし清洲では本格的に流行り病が蔓延してます」
その後もオレたちやケティとパメラが領内を駆けずり回り、数日前には応援として医療型アンドロイドを五名追加で呼び寄せて対応してる。
まだ嫁が居たのかという、微妙な表情を信長さんたちにはされたけど。
そんな最中に流行り病に関する評定が開かれることとなり、参加したオレはお偉いさんたちに流行り病の報告をしていた。
季節的に流行り病が起きてもおかしくはないが、本当に流行り病が起きたと大半は驚いているのが本音かもしれない。
「清洲との境に設けた関所について、清洲から抗議が来ております。戦も辞さずと言うておりますが、本音は医師を派遣してほしいのかと思われます」
「こちらがせっかく教えたのを無視したのは清洲であろう。医師はみな一馬の妻なのだ。病が蔓延した清洲になど送れるわけがなかろう」
清洲では早くも死者が出ているようで、流行り病の治療をしていると噂になりつつある織田弾正忠家の領地に患者が押し寄せそうになっている。
しかし、さすがに流行り病の人間が大量に領内に来ては困るとの判断から、信秀さんは清洲から織田弾正忠家の領地に通じる街道は全て商人と馬借などを除き通行を禁止しているんだ。
ケティとしては清洲での治療に前向きだったけど、信秀さんがそれを許さなかった。第一にケティたちの身の安全が保証出来ないことと、肝心のケティたちが流行り病に罹かることを懸念しての判断だ。
「清洲はこれを殿の謀略だと言って、一戦交える兆しを見せておりますが」
「矛先を外に向けることで領内の不満をこちらに向ける気か? 愚かな」
「来ると言うなら迎え撃つまで!」
「まあまあ、みな。まて。下手に戦をすれば流行り病が蔓延するだけだ。どうせ奴らにこちらを攻める気などない」
ケティたちは有機アンドロイドだからね。インフルエンザには罹からないけど、当然の判断だと思う。ケティですら患者をこちらの領内に入れるのは反対したからね。
ただここで問題なのが清洲が名目上の主家として居ることで、戦だと騒いでるらしい。
織田弾正忠家の領内はどこも深刻ではなく、武家も寺社も流行り病となると協力して対処してるので、これ以上は悪化しないだろう。
失礼かもしれないが治療に関して人手不足の中、ケティの指示に従い活躍してるのは寺社の僧侶や神官たちなんだよね。
ケティたちは明や南蛮の医術を学んだ者たちだと噂されていて、彼らのおかげでスムーズにインフルエンザを抑え込めた。
他の岩倉なども比較的こちらの知らせを守ったらしく、織田弾正忠家ほどではないが抑え込めてる。治療は流石にしてないから大変なのは変わらないらしいけど。
ここで問題なのが先程から議題になってる清洲だ。
なまじ人口が多く栄えてる町だけに、後手に回ると彼らだけでは手が付けられなくなってる。
小氷河期というこの時代の気候の影響か、真冬並みの寒さになった日が多いのも影響してるみたいだけど。
向こうからすると織田弾正忠家は家臣なんだから、何とかしろ医者をこちらにも寄越せと騒いでるみたい。
「一馬。流行り病はまだ収まらぬか?」
「しばらく無理です。国境や津島と熱田などは当分警戒しなくてはなりません。それに同盟関係の水野家に対する治療もしておりますし。ケティの話では清洲の流行り病を収めるには、清洲が本気で協力していただかなくてはなりません。薬も安くはないのですから」
現状のインフルエンザ治療は未来にあるようなインフルエンザ治療薬は使ってない。耐性菌が生まれるのが怖いからね。治療には主に漢方薬を使っている。僧侶や神官たちにとっても未知の薬ではないので、協力が得られる要因の一つかもしれない。
解熱や症状緩和と、重症化した患者には密かにナノマシン治療により症状を緩和して対処している。
費用は今のところはウチが出しているけど、あとで信秀さんが払ってくれるらしい。
「戦の準備だけはしておかねばならぬか」
正直現状もそこまで油断していい状況じゃないのに、清洲は本当に何を考えてるんだか。
戦って負ける相手ではないが、戦になれば流行り病が蔓延する。子供でも分かる脅迫だよね。














