第四十二話・村の再建とブーメラン
side・久遠一馬
林通具の元領地の村は政秀さんと相談して、村の長老衆から説明することにした。
まず大事なのは生活の保障と来年の春までには村に戻れること。これを確約した。細かい税や年貢については、来年一年は免除してそれ以降は来年の収穫を見て決めること。
そして米や作物の収量を増やすための新しい取り組みについて、村に協力をお願いした。
長老衆の反応は悪くなかった。来年の収穫までの生活の保障と、春までは工事現場での賦役で銭を稼ぐことができるのが理由だろう。
長老衆からの要望は、飢えないようにしてほしいというもの。それと村にある借財の扱いだった。
周りの織田弾正忠家の直轄地に比べて村は貧しく、林通具に絡んで借金が村にあるらしい。林通具はあまりいい領主ではなかったようだ。逃げ出したんだし今更だけどね。
借金は久遠家で返済して、村からウチに返してもらうように交渉した。いや利息が高過ぎるんだよね。この時代。徳政令が出される可能性があるから、仕方ないのかもしれないけど。
こちらの新しい取り組みに協力してくれるならばと、借金の利息は低くした。本当は棒引きでもいいんだけど、あまりやり過ぎると良くないと政秀さんに言われたからさ。
「収入源は増やさないと駄目だよなぁ。特に女の人と老人の」
「そうですね。まずは織物の生産をしてもらいましょうか。織物の国産化は時代的にも、早すぎるということはありませんから」
「綿花の栽培はこの頃だっけ?」
「本格的な栽培は江戸以降ですが、一部ではこの時代のはずです」
村一つを任されることになったけど、農作物の増産だけだと天災の時に困るしね。農村にも貨幣経済を普及させるためにも収入源を増やさねばならないだろう。
男性は領内の土木工事でしばらく使えるんだよね。牧場や工業村で終わりじゃなく、治水工事とか道路工事とかやることはいくらでもある。
当面は公共事業で収入源にしてやれるけど、女性や老人にはできれば力仕事じゃない副業をやらせてやりたい。
ただ史実でも農村は苦難の歴史なんだよね。地域によるけど、身売りなんてのが聞かなくなるのは昭和の戦後だ。
「問題は他にもある。村の人達の栄養状態も衛生状態も良くない。あれじゃ疫病が流行るのも当然」
農村を今後どうするかエルと話し合うけど、問題は現状にもあるか。
ケティには村人たちの名簿と健康診断を頼んだけど、想像以上に良くないらしい。
「食事は任せるよ。津島で魚がかなり捕れてるみたいだから、魚とかも食べさせてやろう」
不安を解消してもらうためにも、食事は食べさせてやらないと。
最近は津島で魚の値が下がっていて、魚肥用の鰯なんかを普通の干物にして安く食用として売ってるみたいなんだよね。
理由は簡単。魚肥以前に食べ物が足りないので、干物にできる魚は干物にして売ってるんだ。オレ達が貸し与えた大きな漁業用の網で、魚の捕れる量は増えたんだけどな。根本的に食料が足りていないのが原因だ。
魚は栄養あるし、とにかく大量に捕れるから安く売れるので尾張の農村にも少しだけど売れてるみたいだし。
「じゃあ、お願いね」
「はっ」
村の再建でまたやることが増えたけど、織田弾正忠家の評定に参加する身分になったことから、同じ評定に出てた人たちに挨拶代わりの贈り物をすることにした。
贈る物は金色酒と鮭と椎茸のセットだ。内容と量は政秀さんと資清さんに相談して決めて、多くもなく少なくもない程度にしてる。
最初は自分で挨拶に行こうかと思ったけど、政秀さんいわく名代で十分らしいので、資清さんに行ってもらうことにした。
手頃な年だし武家との付き合いの経験も豊富だからね。
「おっ、似合うな」
さてこの日はロボの首輪ができたので着けてやってる。
現状だと屋敷の庭で放し飼いにしてる。外には出さないようにしてるけど。ちゃんと飼い主が居ることを明確にしないと、もし屋敷から出て野犬と一緒にされたら危ないからさ。
ケティとかエルたちが特に可愛がるから、夜は屋敷にあげてるくらいだ。でもそろそろ犬小屋も作ってやらないとな。
「ロボ、いくわよ! 取っておいで!」
「ワン!」
首輪も着けたのでエルたちとみんなで、ロボの散歩に出ることにした。
ジュリアのやつ、木製のブーメランまで用意してたのか。津島郊外の砂浜で投げると、ロボが勢いよく追いかけていく。
「あれはいったい!?」
「飛んだ!?」
ああ、ロボと同じくらい護衛のみんなも反応しちゃった。
戦国時代にブーメランなんか無かったんだろうなぁ。手裏剣ならあったと思うけど。
「ちょっとした玩具だよ」
「武器ではないのですか!?」
「当たれば怪我くらいはしそうだけど、当てるの難しいから武器にはならないね。面白いよ。投げてみる?」
ロボがブーメランを拾ってきて、もっと遊んでと尻尾を振ってるので護衛のみんなにも投げさせてみようか。
「すげえ!」
「なんとも奇怪な!」
「ワン!ワン!」
あっ。護衛の一人が投げたら、ロボと一緒にブーメランを取りに走り出しちゃった人も居るよ。ロボのやつ、負けないぞと嬉しそうに競ってる。
もしかしてブーメラン、玩具にしたら売れるかな? でもブーメランだとすぐ真似されちゃうよね。
「みんな楽しそうね」
「フフ。本当ね」
いつの間にかオレはエルたちと砂浜に座り、ブーメランで遊ぶロボと護衛のみんなを見ていた。
ちゃんと半分は護衛の仕事してるよ。オレとエルたち六人に対して護衛が二十人も居るからね。大半は信長さんの悪友で最近までは遊んでた人たちだから。ちょっと自覚が足りない気もするけど。
あんまり堅苦しいの好きじゃないから、オレはこれでいいと思う。対外的には訓練の一環にしとこうか。
「じゃあ、次に取ってきた奴に褒美を出すよ! 金色酒一升やるよ。取ってきな!」
「なに!」
「オレもやるぞ!」
先に満足したのは、まだ子供のロボだった。
護衛のみんなは人数が多いからまだ遊び足りないらしい。そんなみんなの姿にジュリアは、ニヤリと意味深な笑みを浮かべると、褒美をエサにブーメランを投げて取りに行かせ始めた。
足元は砂浜なだけに走りにくい。本当にいい訓練兼レクリエーションになるかも。
真似されても困らなそうだし、これスポーツにでもして流行らせられないかね? パンとサーカスじゃないけど、面白いかも。














