第三百六十九話・花火大会の後に
Side:久遠一馬
花火大会は大成功に終わった。子供からお年寄りまでみんな喜んでくれたなぁ。
各地から来た人たちも想像以上だったみたいで満足してくれたようだ。
織田家の力を示して威信も上がっただろうし、各地から来た人は土産や滞在費で銭を使ってくれただろうから経済効果も高いだろう。
金色酒や金色薬酒はもちろんだが、鮭・昆布・砂糖・鯨などの嗜好品や絹や木綿の織物。それと陶磁器に昨年と同様に線香花火もお土産として用意している。
そういえば、今年は織田印の漢方薬と蚊取り線香も新商品として売り出してるんだ。もちろん、蚊取りのイノさんとセット商品として販売だ。
特に金色酒は尾張に来た他国の人たちに売るために結構な量を用意している。偽金色酒の件もあるし、わざわざ尾張に来てくれた人たちに『売り切れです』では可哀想だからね。一番の偽物対策は本物を知ってもらうことだ。
まぁ、金色酒などの販売は今回は祭りでの特例だと説明してるけど。全体の販売量自体はそんな増やせないし、増やす気もない。
金色酒の希少性は今しばらく維持したいし、原料が蜂蜜だから売りすぎるのもね?
「水飴と麦酒とイワシの干物の評判がいいでございますな。あとは大野煮もすでに売り切れておりまする」
翌日のお昼には湊屋さんが忙しそうに、それでいて嬉しそうに報告に来てくれた。
金色酒とか予定していたお土産はほぼ完売の見込みらしいが、低価格帯の甘味である水飴と麦酒と煮干しなんかも売れ行きがいいらしい。
知多半島産の大野煮、史実の佃煮も大人気らしい。こちらは今年からは同じく知多半島の水野さんも作っている。醤油の現地生産も始まったし大野煮の需要も多いんだ。
「商人などが土産として配るにはちょうどいいでございますからなぁ」
相応に悪銭や鐚銭も入ってきてるが、露骨に良銭と交換するつもりでないならば受け取るようにとの指示を信秀さん名義で出してもらった。
この辺りは元の世界と違い法治体制ではないので柔軟な対応がしやすいのは長所だろうね。
「いろいろ任せてごめんね。落ち着いたら褒美を出すから最後までお願いね」
「はっ、万事お任せを」
織田家における商人の差配は事実上湊屋さんが担当している。決定はオレとエルや信秀さんも絡むが、実際に商人に指示を出して上手く動かしているのは湊屋さんになる。
もちろん津島の大橋さんとか各地で商人を纏めている人もいるが、尾張全体を見渡して各地の商人を取りまとめているのは湊屋さんなんだ。もと大湊の会合衆の経験が生きているんだと思う。
津島と熱田の商人も最近はマシになってきたが、もともと仲がいいわけではなかった。各地の商人からは不満や要望がいろいろウチにも上がってくるからね。
もっとも津島と熱田はリンメイとシンディがいるので、不満なんかはオレへ直接には上がってこないけど。ちゃんとウチとしては受け止めている。
熱田の屋敷から那古野に戻ると、屋敷の庭にある射撃場兼訓練場では周りの喧騒が聞こえるほど静まり返っていた。
ジュリアと北畠具教さんがさっそく手合わせをすることになったみたい。
北畠さんは昨夜は熱田の屋敷に泊まって、ウチのみんなと雑魚寝していたからなぁ。一応正式な官位を持つ名家の嫡男様なんだけど。
「若が遅れをとられた……」
勝負は一瞬だった。北畠さんのお供の人からどよめきが起きる。北畠さんがジュリアに負けたからだろう。
相変わらず身体能力以外は遠慮してないらしいな。ジュリアのやつ。
「見事だ。塚原殿が自ら教えを請うたのもようわかる」
この人もイメージが違うな。負けたことに悔しそうな表情をするものの、勝ったジュリアを称えることを忘れない。
実は本人は塚原さんみたいに武芸で生きていきたいらしい。昨日酒に酔ってジュリアにそう言っていたそうだ。
「なあに、北畠殿ならすぐに強くなるさ」
武芸のことはよくわからんが、ジュリアがそう言うなら強くなるんだろうな。
年齢は二十くらいか。今が一番いい時かもしれないなぁ。
「やはり他国にて見聞を広めるのはいいな」
ジュリアと何回か勝負をした北畠さんはすっきりした表情で休憩している。
塚原さんの伊勢訪問が予定より半年も遅れた理由が尾張でジュリアに武芸を習っていたというんだから、伊勢でも話題になっていたそうだ。
どうも塚原さんはジュリアに習った技術と、自身の鹿島新當流をひとつにしようとしているらしい。
北畠さんにも『自ら敗北を認めた女が尾張にいる』と隠すことなく語ったようで、以前にウチに手紙を送ってきたしね。武芸大会にでもと話を濁していたんだけど、尾張でしか見られない花火の噂を聞き、伊勢山田の商人と偽って船で来ちゃったのが真相なんだってさ。
ちなみに親父さんの現北畠家当主である晴具さんには内緒で来たようだ。ちょっと修行に行くと言って城を出てきたと笑いながら語っている。晴具親父さん、ウチの所為にしないでね。
信長さんもそうだけど、この時代の人って自由だよね。身分が高いと特に。誰に遠慮する必要もないんだろうけどさ。
Side:とある西国の商人
尾張。畿内よりも東にあり伊勢の向こうにある国だ。国名くらいならば知っておるがそれ以上は知らぬ。
いつだったか尾張で花火という極楽浄土のような美しいものを見たという、旅の僧に会ったのが始まりだ。
身分に問わずそこに行けば見られるという花火を見たくて、わざわざ船を乗り継いで尾張まで来てしまった。大変な旅だったが、確かに来る価値があった。
あれほど壮大で素晴らしいものが見られるとは思わなかった。織田様は仏様の生まれ変わりだと噂があるが信じたくなるほどだ。本当に極楽浄土のような美しいものだった。
「これが金色酒ですか……」
尾張まで来るのに大層な銭が掛かったが、来た以上は噂の金色酒が欲しい。畿内では手に入らぬというほどの幻の酒だ。他国の商人にまで売ってくれるか不安だったが。だが、熱田の商人を訪ねるとあっさり現物を見せてくれた。
「味見されてみますか?」
「いいのですか!?」
「ええ。ウチのは混ざりものが入ってないものですからね。少々値は張りますが」
馬鹿な。畿内では近頃偽物までどこからか出回っておるというほどのものを、見知らぬわしにあっさりと見せてくれたばかりか、味見までさせてくれるとは。
白い盃に注がれた金色酒は透き通る美しさで手が震えるほどだった。
「美味い……」
これ一杯でいくらするのかと考えると怖くなるほどだが、飲んでみたいという欲に駆られて我慢出来なかった。
「お客さん。西国の人だろ? 買うなら安くしとくよ。それとな、自身で飲みたいならそこらの飲み屋か遊女屋に行くといい。多少薄めておっても尾張だと混ぜ物をしておる店はない。金色酒に混ぜ物を入れて商売なんかしたら、織田様に潰されてしまう。値も畿内とは比べものにならない安さだぞ」
聞いた売り値は信じられない安さだった。
どうも織田様から花火を見に来た他国の者には、安めに売るようにとのお下知が出ておるらしい。もちろん量はそんなには買えないが、それでも小売りで買うには十分だろう。
「おすすめの店はあるか?」
「それは清洲の八屋だな。あそこは久遠様の家中の者が出した店でな。信じられないほど美味い物が手頃な値で食える。金色酒もあそこは一切薄めてないからな。ただし相当混んでると思うから覚悟しとけよ」
とりあえずなにか珍しいものでも仕入れようと持参してきた銭で買えるだけ金色酒を買うと、店の主に金色酒が飲める店を尋ねる。
清洲までは行く気がなかったんだがなぁ。
「途中の那古野には湯に入れる風呂屋がある。せっかく来たんだ、そこでひとっ風呂浴びて清洲の八屋で飲んで帰んな。行かないと後悔するぞ」
久遠様というのは湊にある大きな南蛮船の持ち主らしい。尾張では知らぬ者がおらぬお方なんだとか。
金色酒は店で預かってくれるというので、せっかくだから清洲にいくことにした。
騙されておるんじゃないかと不安になり、つい聞いてしまうが、尾張でそんなことをすれば商売が出来なくなってしまうと笑われた。
実の所、わしが入った店では同じように金色酒の買い付けに来た者たちが、清洲や津島に行くというので荷物を預ける者すらおった。
尾張という所は本当にいいところだな。
那古野の風呂屋で身を清めて清洲で金色酒を飲んだら、帰りには伊勢の神宮にも参拝して帰ろうか。
金色酒を上手く売れば来年も花火を見に来られるかもしれん。














