第三十三話・火縄銃と石鹸
side・久遠一馬
この日は古渡城の郊外に、信秀さんや信長さん政秀さん、それと数人の近習なんかと共に来ていた。
「ほう。これが南蛮船の大砲か」
以前信長さんや信秀さんと話した、大砲や口径の違う火縄銃を用意したので、実際に撃ってみせることになったんだ。
津島郊外だと少し人の目が気になるので古渡城の郊外にしたけど、運んでくるだけでも一苦労だったよ。
信秀さんと政秀さんが連れてきた人たちは、一番大きな大砲に目を奪われるように注目してる。
まあこの時代だと戦略兵器みたいなもんだしな。
「予め言っておきますが、命中率は良くありません。城のような大きな的や敵の軍勢に放てば誰かに当たる程度と考えてください」
この時代の火縄銃の命中率は、本当良くないんだよね。
うちの火縄銃と玉は全て均一な形と大きさだから、他所の火縄銃よりはマシだけど。でもライフリングを施した銃には当然ながら劣る。
「分かっておる。まずは撃ってみよ」
あまり過度な期待をされても困るから忠告をしたけど、信秀さんもさすがにそれは知ってるか。
的は小高い丘になってる斜面らしい。まずは大砲から試射を始める。
砲手は一益さんで、数人の人を使いながら的に向けて大砲を撃つ。凄まじい轟音と共に鉄の玉が大砲から撃ち出されると、的にした斜面に見事一発で命中した。
的が大きいこともあるけど、砲身の角度とか火薬の量とか、一益さんは短い間によく学んで上達したね。
「おお!」
「なんという」
「うむ。次の物を撃ってみよ」
威力は説明するまでもなく、初めて見た人たちには衝撃だったらしい。信秀さんは満足そうにしながらも、口径の違う火縄銃や木砲を次から次へと撃たせていく。
途中で古い鎧などを的にしたりと、実戦を想定する辺りさすがだね。
辺り一帯に火薬の匂いが立ち込める頃になると、一連の試射が終わり休憩となる。
「欠点はあるが、使い方次第で戦が変わるな」
試射の成果は誰もが満足がいくものだ。この時代では最先端の武器だしね。
「問題は硝石の値でしょう。一馬殿は安く納めておりますが、鉄砲の価値が広まれば、上がることはあっても下がることはないかと」
「銭がかかるな。一馬、そなたが商いに最も力を注ぐのも、そのためか?」
「はい、御推察の通りです。この先、戦は米ではなく銭でする物に変わりますよ」
ただ、政秀さんは大砲や火縄銃の火薬の使用量を見ながら、実際に戦で使った場合の費用を頭の中で計算したのか、少しだけ渋い表情をした。
政秀さんも信秀さんもすでに理解してるようだけど、この先の戦は益々経済力が物を言う時代になる。
畿内だと既に、一部では幕府の権威より経済力が戦を左右する時代になってる。恐らく三好長慶なんかは理解してるだろうね。
もちろん現時点では、まだまだ幕府の権威も強いけど。
「銭で戦をして、戦で銭を儲けるか?」
「いえ。戦の勝敗は戦をする前に決めるのが理想です。戦はどちらが勝者なのかを周囲に知らしめるために行うものです」
「ふふふ。相変わらず大法螺吹きだな」
一時の戦いの勝敗に全てを賭けるこの時代だと理解してもらえるか不安だったけど、信秀さんはおおよその概念は理解してくれてるらしい。
戦争なんだから負けることもあるかもしれない。でもいくら勝っても、経済力を背景にした総合的な国力の差はそう簡単には埋められないんだよね。
基本的な手法は、津島や熱田を支配する信秀さんのやり方に通じる物はあるだろう。
「今川と蝮はいつ気付くか」
「気付いても早々に真似はできませんよ。海外から物や技術を得るのは、簡単ではありません。今川や斎藤が真似した頃には、こちらは更に引き離してます」
「となれば、当面は力を貯えるとするか」
「先日届いた火縄銃百丁と硝石を先行して納めます。小競り合い程度ならば使えるでしょう」
それにしても信秀さんって、いつの間にかオレたちの提案をほぼそのまま受け入れてるね。
大橋さんとか政秀さんも居るから、損得勘定はしてるんだろうけどさ。
新参者の意見を積極的に取り入れる度量と懐の深さがある。
もしかすると信秀さん自身は、戦より内政に向く人なのかもしれない。少なくとも戦を基本とせず、内政を基本と考えてるのは確かだろう。
長生きしてくれたら、信秀さんが天下人になったりして。
大砲や大鉄砲の御披露目も終わり、津島の屋敷に戻ってきたけど、今日もまた病人が来てた。最近益々家に来るようになったんだよね。
「石鹸が足りなくなってきた」
「次の船で届きますよ。でも今後を考えたら、尾張で少しでも作りたいところですね。糠袋も少し作らせて配りましょうか」
患者に出す薬は様々で、大半は宇宙要塞で製造して船で運んでるけど、ちょっとした薬草や漢方薬なんかは現地で買ってもいる。
工業村と牧場の工事で大々的に使い始めた石鹸も、現時点では病にかかりにくい薬の一種として患者たちに持たせてるけど、さすがにこれだけやれば数が足りなくなるよね。
捕鯨も始めたから鯨油が取れるし、それを使った石鹸も次からは届くはず。
「糠袋ですか。あれも安くはないですが」
ケティはうちの新しい家族となったロボと戯れつつ、交易の品物などについて資清さんに仕事を教えていたエルと相談してた。
必然的に話を聞いていた資清さんは、石鹸自体知らなかったみたいだけど、堺や京の都では高級品だと教えると顔色を青くしてる。
実際日本に入って来てる石鹸は液体だって聞くけど、うちの石鹸は固形だから似て非なる物なんだけどね。
ただ船で運ぶにも限度があるから、現地生産と代用品の普及は欠かせないだろう。
糠袋は布地の袋に糠を詰めたもので、平安時代から使われている身体に優しい石鹸の仲間だ。
戦国時代にもあるにはあったらしいけど、そもそも布自体が高価な物なので貧しい農村とかで普及するはずもない。
この時代に来て知ったけど、紙で服を作って着てるくらいだからね。
食うのに困る農村に、糠袋なんてあるはずないよなぁ。
「米の生産を増やして、病に罹りにくいようにしないとね。そのためにも糠袋くらいは大々的に早く広めたいな」
「油の生産は来年から試験的に作物を幾つか植える予定です。糠袋に関しては米糠自体を集めるのに苦労するので、少数を作るくらいが現状では精いっぱいですね」
オレたちの話にまだ付いていけない資清さんは呆けてるけど、エルいわく尾張での石鹸の生産も糠袋の量産も、そうすぐにはできないらしい。
この時代だと石鹸のもとになる油が高いからね。それに、言われて気付いたけど、糠も精米が一般的じゃないこの時代だと量を集めるのに苦労するのか。
ムクロジの実でも集めて石鹸を作らせるか? でも普及は簡単じゃないだろうなぁ。
遺伝子組み換えで有毒物質を除去した菜の花と綿花を来年から試験的に植えてみるけど、普及させるには数年はかかるよね。
菜の花はもちろん綿花からも実が取れるから、有毒物質さえ除去すれば食用にできる。
結局当面は大半の物資を船で運ぶことになるわけか。
まあ現状だと織田家の領地はそんなに広くないし、直轄領以外は後回しにするから間に合うだろうけどね。
そうそう。余談だけどロボには、発信器付きの首輪をつけてある。
一匹じゃ寂しいだろうから、同年代のお嫁さん候補の犬がもう一匹は欲しいとこだ。














