第二百九十九話・温度差
Side:久遠一馬
松の内も明けると新たな一年が本格的に始まる。
年末年始に尾張に来ていたアンドロイドのみんなもほとんどは帰ったが、定期休暇として残ったのはエルたちを除く二十名ほど。
ローテーションを組んで常に二十人は尾張に滞在することにしてるのだが、その中の二人の姿が見えないと家臣のみんなが騒いでたのが五日ほど前だ。
「ただいまでござる!」
「ただいまなのです! にんにん!」
オレたちは通信機で所在を把握しているし、心配はないって言ったんだけどね。夜になっても戻らないからと忍び衆の捜索隊が組まれ、捜索活動が行われていたんだ。申し訳ない。後で、褒美を出さないと。
そんなふたりが五日ぶりに楽しかったと言いたげな笑顔で帰ってきた。
『ござる』という時代劇っぽい口調なのは戦闘型アンドロイドのすず。黒目黒髪でポニーテールにしてる侍っ娘だ。スタイルは標準でポニーテールから少し犬っぽい気がするのは気のせいではないだろう。年は十八歳の設定だったはず。
『にんにん』と言うおかしなネタはともかく、『なのです』口調なのは、技能型アンドロイドのチェリー。薄いグリーン系の目と髪をした少し猫っぽい感じの娘だ。年は十六歳くらいで設定していたロリっ子になる。
このふたりのコンセプトは侍と忍者だ。まさか戦国時代に来るとは思わなかったしさ。特に意識したわけじゃないんだけどね。
ちなみにふたりは修行に行くと出かけていったようだ。チェリーは技能型なんだがなー。
「おかえり。まずは、みんなに謝ろうか」
途中で見つけたんだろう。忍び衆が少し疲れた様子で一緒にいる。資清さんとか家臣のみんなに心配をかけたのを謝らせないと。
「お二方がご無事でなによりかと。我らはそれだけで十分でございます。殿、それより後ろの者たちは……」
泥んこの子供みたいに楽しかったと言いたげなふたりに、資清さんは怒る気も失せたようで無事な帰還を喜んだ。
それはさて置き、確かにふたりは知らない男たちを十人ほど連れているね。だれ? ポ〇モンじゃあるまいし。ゲットでもしてきたか?
「ふふふ。聞いて驚くでござる!」
「褒めていいのですよ! にんにん!」
「この人たちは偽手形を作った職人さんでござる!」
「この人たちは偽手形を作った職人さんなのです!」
最高のどや顔でハモるふたりの言葉に資清さんはポカーンとしている。ふたりのノリに付いていくには四百年以上早かったかな。
ていうか職人を連れてくるなんてオレも聞いてないんだけど……。うん。これは確信犯だね。
話を聞いてみると美濃の守護である土岐頼芸の揖斐北方城に忍び込んだら、職人を殺せと言っていたので助けてきたんだとか。
うん。本物の忍び衆のみんなに謝れ。時代劇感覚のノリでこんな重要なことをしてはだめだ。
肝心の職人たちは怯えているよ。よくわからないまま連れてこられたんだろう。殺されるよりはいいと考えるしかなかったんだろうなぁ。
「あー、八郎殿。悪いけど事情を聞いてくれる?」
「はっ、すぐに」
資清さんはさすがだ。ウチが非常識なことに哀しくも慣れてしまっているようで、すぐに職人から事情を聞くべく動き出す。
「職人さんたち堺から来たようでござる」
「帰りたいって言っていたのです!」
この件に堺が関わっていたのは偵察衛星と虫型偵察機で知ってるけど、実際に証人まで出てくると話がまったく変わるよね。
この場に残って聞いていた望月さんと太田さんと湊屋さんも一瞬で表情が変わった。
ただ、土岐頼芸に偽の手形作りを嗾けたのって、堺でも本当に一部の商人なんだよね。会合衆とは無関係の商人だ。堺にいる大半の商人には寝耳に水の話だろう。
そもそも、今回の偽造に関わった連中も織田やウチとの全面対立までする気はない。上手くいけば儲けるが、駄目でも適当に和睦する気でいるんだ。
要は自分たちを無視すると痛い目を見るぞ、と示したいらしい。舐められてるなぁ〜。
「すぐに調べさせます」
「某も職人から銭の出どころを確認致します。また、大湊にも裏を取らせます」
望月さんと湊屋さんはふたりの話の裏取りのために動き出した。ウチでは可能な限り裏取りをするように日頃から言ってるんだよね。しかしこの状況では、たとえ裏が取れなくても堺との交易が益々遠のくなぁ。
「今日のおやつは~?」
「ふたりはしばらく、おやつは抜きです。みんなに心配かけたんですから」
動き出す家臣のみんなとは対照的に、すずとチェリーはあんまり反省してないね。ふたりはお風呂に入ってさっぱりして、次はおやつだとニコニコしてるが、エルもさすがに今回の件は見過ごせないようでおやつ抜きを言い渡している。
ガーンとあからさまに落ち込むふたりは、チラチラとオレを見ている。エルを止めて欲しいんだろう。でも今回は駄目だ。明らかにやりすぎだ。反省が必要だろう。
忍び衆のみんなにも迷惑をかけたし、示しがつかなくなる。オレも一緒におやつ抜きで付き合うから反省するように。それからみんなに謝って回ろうな。
Side:土岐頼芸
「まだ見つからんのか!」
「申し訳ありませぬ」
何故、こうもわしの周りは無能者ばかりなのだ!? 閉じ込めて働かせておった職人どもに逃げられるとは呆れてものが言えん。
「追っ手を放ちましたが、依然として行方が知れず。誰かが手引きして逃がしておるとしか思えず……」
「たわけが! そんなことわかっておるわ!」
だが、おかしい。偽の手形作りは家臣にも信頼出来る者にしか知らせておらぬのだぞ? それに職人どもは目の前のこやつの城に閉じ込めておって、ほかの者には手が出せぬはず。そもそも職人どもには三ヶ月で報酬を渡して帰らせるといっておいたのだ。なぜ逃げる?
まさか、殺されると知ったのか? わしと、職人を隠しておるこやつしか始末する話は知らぬのだぞ。 誰が漏らした? ……そうか。
「誰が手引きしたかわかったぞ」
「真でございますか!?」
「ああ、おのれだ」
「守護様! なにをおっしゃいまするか! 守護様!!」
裏切り者はこやつだ。それ以外にはありえん。蝮か虎かはしらぬが、こやつは誰かと通じて職人どもを逃がしてわしを売ったのだ。
「守護様ーーーー!!!」
最期まで忠臣のふりとは恐れ入った。手向かいもせずにわしに斬られたのは褒めてやろう。
「誰か! すぐに兵を集めろ。こやつは蝮と謀って偽の手形を作り、わしと織田を騙すつもりだったのだ! 手始めに、こやつの一族郎党を根絶やしにしてくれるわ!」
この裏切り者を斬り捨てて、すぐに人を呼んだ。わしが自らの側近を斬ったことで、わしの覚悟が家臣にも国人衆にも伝わるはずだ。
裏切りは許さん。なにがあろうがな。
少し策が変わるが、蝮から始末するか。蝮の倅は不出来だと聞く。不出来な倅なら、いかようにでもなる。
そもそも蝮が裏切ったことがすべての原因だ。その罪は織田より遥かに重い。いや、わしへの罪は全て何よりも重いのだ。
あの欲張りな信秀のことだ。蝮を討つ好機をお膳立てしてやれば必ず乗るであろう。仮にその気がなくとも守護の名において兵を出させてやるわ。
あとは堺の商人を使嗾して織田を追い詰めればいい。堺の商人にとって織田と久遠が目障りなのは、見ておればわかるというもの。わしの慧眼は全てを見通すのだ。
久遠がいかほどの者かは知らぬが、堺には勝てまい。それに南蛮船があろうが、ここは海がない美濃だ。自慢の金色砲とやらも、噂ではかなり大きく重いと聞く。そう簡単に美濃まで運んでこられまい。
美濃での戦を連中に見せてやるわ! 連中の最期を添えてな!
やっとだ。邪魔な兄を退け、やっと父から受け継いだ美濃を取り戻せる。














