第二百九十二話・ゆく年
Side:とある忍び衆
いよいよ今年も終わりだな。オレは今年の夏に甲賀から来たもと素破だ。久遠家では忍び衆と言うらしいが。
甲賀で多少薬を学んだことがあるんで、尾張に来てからは薬売りとして美濃や三河に行って間者として働いていた。
久遠家は報酬がいいばかりか、息子に学問や武芸を教えて頂ける。それに尾張では素破と蔑まれることは少なくとも表向きにはない。
裏ではなにを言われてるかわからないが、織田の大殿様の耳に入れば領地召し上げもあり得るんだとか。
「うわ~、今日はごちそうだね!」
「久遠のお殿様から頂いたのよ。感謝して食べなさい」
「うん!」
ひとり息子は今日のごちそうに喜んでいるな。白い米の飯に新鮮な魚ばかりか久遠の殿様しか作っておられぬ芋まである。
ウチは家族三人で長屋に住んでいるが、以前より家が狭いことを除けば暮らしはずっと楽になった。
去年は正月を迎える餅すらなく、大晦日は僅かな漬物と雑炊だったもんなぁ。
今年はなんと餅や鮭に金色酒なんかの正月を迎える品はすべて久遠の殿様から頂いた。オレの働きが抜きん出ているなんて、自惚れはしないが、久遠の殿様は『忍び衆あっての久遠、ならば本年の第一功は忍び衆に』と仰せになったそうだ。忍び衆だけでもいったい何人いるかわからんのに。
オレは久遠の殿様と直にお話ししたことはないが、息子は何度かお話ししたことがあるらしい。
妻とほかの忍び衆の子や領地の孤児たちと一緒に宴に招待されたり、海に行ったらしい。
一緒に遊んだと聞いた時には、息子にどう言葉を返せばいいかわからなかった憶えがある。
織田の若様とは相撲をとったんだと嬉しそうに語った息子が、どれほど恐れ多いことをしたか理解してないことには頭を抱えた。
考えてみれば息子が久遠の殿様や織田の若様のような雲の上のお方と会うのは、尾張に来てからが初めてだ。知らなかったとしても仕方ない。
無礼があったと罰を受けることにならないかと気が気でなかったが、どうも久遠家ではそれが常の事らしい。
「父ちゃん、美味しいね!」
「ああ、美味しいな……」
嬉しそうに白い飯を頬張る息子の姿に、先年流行り病で亡くなったもうひとりの息子を思い出す。
お腹が空いたとよく言っていた息子だ。
雑炊すら腹いっぱい食べさせてやれなかった。
流行り病で苦しんでも手を取り祈るしか出来なかった。
尾張に行けば飯が食える。親しい者からそう聞いた時、迷いはなかった。一度でいい。息子に腹いっぱい飯を食わせてやりたかった。
それだけだった。
「父ちゃん?」
「元太。なによりも久遠の殿様に感謝することを忘れるなよ」
「うん。でも父ちゃん。殿様は父ちゃんと母ちゃんに一番に感謝して孝行しなさいって言ってたよ」
「そうか、うれしいお言葉を頂いたな。でも日々の飯が食えるのは久遠の殿様のおかげなんだ。それは絶対に忘れるなよ」
素破如きにこれだけ手厚くしてくださるのに、更に一番に親に孝行しろとは……。
武家によっては僅かな銭で平気で死んでこいという者もいるのに。なんというお優しいお方だ。
久遠家の素破はどこよりも忠心に溢れて、素破とは思えない程、志が高いと評判なのは、そんな久遠の殿様のお人柄があるのだろう。
死んでこいと言われれば、すぐに死地に向かうという者は忍び衆にも多い。
されど久遠家では必ず生きて戻れと言われている。以前には敵地で捕まった者もいたようだが、上忍が救出したというのだから驚きだ。
無論それは久遠家の利になるのだと教わったが、たかが素破だぞ? ひとりやふたり見捨てたところで誰も気にもせぬのに。
年の瀬には忍び衆を束ねる望月様から甲賀に里帰りするかと聞かれたが、ほとんど誰も帰らなかった。どうも久遠の殿様から許可が出たらしいが、今更あんなところに帰ったところでいいことなどなにもない。
年が明けたらオレは美濃に行く。美濃の守護様が織田の大殿様や久遠の殿様に不満を抱えてるという話は有名だからな。
美濃各地の国人衆の動向を探るのが役目だ。
来年もいい年になるといいな。久遠の殿様の無事と久遠家の発展を祈ろう。
Side:久遠一馬
天文十七年もいよいよ大晦日だ。三河も美濃も戦の気配がなくてホッとしてる。
ウチは普段とあんまり変わらない。ただ、忍び衆を含めて休める人は休みにしてるくらいか。那古野と津島と熱田の屋敷に牧場村と工業村は警備が必要なので、警備兵と最低限の家臣は働いてるけど。
農業試験村もオレが代官だから常駐の名代と見回りの人たちには苦労を掛けている。ありがたいことだ。
山の村は普段通りだね、ウチの家臣の忍び衆が住む村だから。あとは、病院にも少数だが人を派遣している。病院には正月なんか関係ないからね。隣の学校と合わせて警備も必要だし。
アンドロイドのみんなが来てからは資清さんとか侍女のみんなもあまり来ないから、ゆっくりした年末を過ごしている。
表向きはテレビもスマホもパソコンもない戦国生活にも慣れた。昔の人はこんな生活していたんだなって思う。
まあひとりじゃないからそんなこと思う余裕があるんだろうが。
そもそもオレは元の世界でもお正月だからって特別やることはなかった。親戚付き合いはなかったし、強いて挙げるとするならばギャラクシー・オブ・プラネットのイベントがお正月の恒例行事だったろうか。
意外と今と変わらないからおかしく感じる。結局アンドロイドのみんなと一緒にいるだけだったんだから。
ああ、リリーと数名のアンドロイドは牧場村に行ってる。特に仕事としてはいないが、リリーたちは孤児院で子供たちとお正月を迎えるとのことだ。
子供たちが一緒にお正月を迎えるのを楽しみにしてるらしい。この時代は家族でお正月を迎えるからね。武芸大会の時にリリーが身を挺して見知らぬ子供を守った話はすでに尾張では知らぬ者はいないだろう。
その影響は子供たちにもあったようだ。リリーは自分たちを本当の子のように見てくれてる、思ってくれてると理解したようで、子供たちの中にはリリーをお袋様と呼ぶ子も現れたみたい。
石舟斎さんの話では強くなってリリーを守ると剣を習い始めた子もいるとか。
孤児院の子供たちはすでに百名以上いる。去年の流行り病の時の幼子から十歳くらいの子までいる。
主に織田家の直轄領の孤児だ。事情により捨て子になった子なんかを警備兵が見つけると保護するように言っているからね。
強盗なんかに親を殺された子もいれば、片親を亡くし親が再婚したあと邪魔になり捨てられた子もいる。
まだ田舎のほうが捨て子は比較的少ないかもしれない。親戚なんかで仕事をさせて食わせることもあるようだし、寺社なんかで保護することもあるようだ。
村がひとつの共同体なので、すべては村次第とも言えるけど。いずれは織田領全体で助ける仕組みがいるだろうな。
そうそう、今年のインフルエンザはあまり流行ってない。去年のような大流行の兆しはなく、去年に作った体制で早期発見して治療出来ている。
一部の商人は薬の材料を大量に仕入れたらしく、値が上がらずがっくりしているというがそこまでは知らんがな。
「さあ、出来ましたよ」
さてこの日の夜はアンドロイドのみんなとすき焼きで宴会だ。
実はうちのテーブルは少し進化した。少し前から信秀さんが作らせた漆塗りのテーブルを使っていたが、最近はテーブルの足を折り曲げられるようにして、座卓にフォームチェンジが可能になり、さらに折り曲げて収納形態へと二段変形するのと、真ん中に七輪を入れる穴をあけて使わない時は蓋が出来るようになった。
七輪用の穴は元の世界と違い卓上コンロとかないからね。みんなで鍋を囲むために大工さんに頼んだんだ。テーブルの足は使わない時に片付けることが出来なくてさ。
大変だったのは足のほうらしい。工業村で蝶番のような金具と使う時に止めておく金具を作ってもらったが、職人さんによる手作りだからね。
ただこの前の足踏み式旋盤もそうだけど、工業村の職人さんたちはいつの間にかウチのオーダーメイド品を請け負う集団と化してる。部品、部材を作ったり、製品を造ったり、無茶振りが過ぎて申し訳ないくらいだ。
鉄砲も造ってるけど数は多くない。ウチが宇宙要塞で造ってるものより品質で劣るからと、技術研究目的に造ってる。すでに他所の領国なら高値で販売できるレベルなんだけどね。職人のこだわりから試作を繰り返している。
少し話が逸れたが、みんなで和気あいあいと準備して作ったすき焼きが、二十個ほどの大鍋からいい匂いと湯気を立ち上げれば、宴会となる。
リリーを始め数名はいないが、アンドロイドのみんなで百名以上はいるからね。本当に宴会のようになる。
「いただきます!」
このまま今日は年越しまで宴会だ!!
地図が新しくなりました。
良かったらご覧ください。














