第二百八十九話・年の瀬迫る
Side:久遠一馬
年の瀬も迫る頃、煤払いと呼ばれる大掃除も終わり、柳生石舟斎さんたちが大和の柳生の里に里帰りした。最近柳生から来た人たちを中心に半分ほどは尾張に残ったが、これまで長旅をしていた石舟斎さんたちに一度里帰りして親父さんに顔を見せたらどうかと勧めたんだ。
滝川一族と望月一族なんかの甲賀衆にも勧めたが、こちらはほとんど帰らなかった。
滝川一族は領地を手放して来たからだが、ほかの甲賀衆も帰っても面倒なことになるだけだと資清さんが言っていた。裏切り者とまでは言われないが、残った者との生活の格差なんかで問題になるんだって。
逆に一部はこちらに親戚や祖父母を呼びたいと言ったんで許可したけど。甲賀で正月すら困窮するだろう血縁を思うと、放置するのは嫌なんだろうな。
あとは寺社への寄進とお世話になった人たちにお歳暮も贈った。こちらは信秀さんとか目上の人に関してはオレが届けたが、あとは資清さんに頼んだ。
「やっぱり、猶子は受けるべきか」
「はい。畿内も動き出しています。メリットとデメリットがありますが、メリットの方が大きいでしょう」
そして今年も年末にアンドロイドのみんなが尾張に来ることになった。エルの提案でその際に信秀さんの猶子になることを承諾することにした。
オレは一介の家臣でいいんだけどな。そうはいかないのも理解している。評定衆もなぁ、いつも隙あらばイジられるし、猶子になったら評定に出なくていいとか特典ないかなぁ。駄目だよね。
「それと先月にはルソン近海で当家の船にイスパニアの船が接触してきて、戦闘になり、これを撃沈しました。敵艦の乗組員に生存者はいませんが、この件も頃合いを見計らい清洲に報告するべきです」
「イスパニアってスペインか? 戦闘って、またなんで」
「向こうからすると、所属不明の軍艦ですからね。こちらを鹵獲しようとしたので戦闘になりました」
そのまま猶子のデメリットを考えていたら、エルからとんでもない報告が。
いや、最近、東南アジアのほうにも船を出していたんだよね。交易とスペインによる植民地化の阻止もしたいからさ。とりあえず顔みせの交易をしようかと思って。
まさかこんなに早く戦闘になるとは。白鯨とかクラーケン以外の戦闘は初めてだ。連中が太平洋での武力制圧を本格的に始めたなら、はっきりとした方針が必要だなぁ。
「そういえばザビエルはどうしてる?」
「マラッカにいます。このままでも日本に来るかは微妙ですね。この一年で大西洋の白鯨とインド洋のクラーケンでかなりの船が沈んでいますので」
「日本にまでくる余裕はないか?」
「それもありますが、宣教師は海に嫌われている。特にインド洋ではそう言われています」
さすがは大航海時代だ。南蛮人も血の気が多いね。
将来を考えると宣教師がまったく来ないのもカトリックの危険性を経験しなくなるし問題だが、やっぱり史実より来るのは遅らせたい。
「そういえば九州に注意喚起はすすんでる?」
「はい。当家の名は伏せていますが、バイオロイドによって宣教師の危険性の噂を流しています」
宣教師といえば問題の九州でも宣教師の危険性を知らせるべく活動している。
商いも薩摩には船を出してるけどね。硝石とか絹とかを取り引きしている。博多は面倒なことになりそうなので行ってないけど。
カトリックは第二次大戦後くらいまで要らないだろう。史実で考えると。
すでに史実から随分ズレてるからどうなるかわからないが、宗教の政治的影響とか少なくなるまでは邪魔なんだよね。スパイ活動に利用されても困るしさ。
とはいえ大名でもないオレが、未来の外交まで考えるってどうなんだって思わなくもないけど今更か。オレたちの都合で好き勝手やってるし。
「これはいいな! 暑いくらいだ」
エルとの秘密の話も終わった頃、信長さんと政秀さんが一緒にやってきた。そういえばそろそろおやつの時間か。
来て早々信長さんが興奮気味なのは、部屋にあるだるまストーブとこたつのせいだろう。
「これは珍しいですな。なんというもので?」
「こちらは暖炉とウチでは呼んでますね。こっちはこたつです。こたつは日ノ本にも似たものがあるらしいですよ」
政秀さんも興味をもってストーブとこたつを見てる。ストーブは英語が語源らしいので暖炉にした。高炉という言葉をウチでは使っているから構わないだろう。
ストーブは工業村の試作品だ。いわゆるシンプルなだるまストーブになる。まあ量産するなら形はもっとシンプルになるかもしれないが。手間暇がかかると、それだけ値段が高くなるしね。
こたつは農業試験村の機織りで織った布で作った布団と、火鉢をやけどや転ばないように工夫した物になる。掘りごたつにしたかったが、大工仕事が必要だから、また今度だ。
ほかには佐治さんのとこで作った陶器の湯たんぽも試作品があるけど。
「いろいろ考えますな」
「売れるかどうかは別にして、試すことは必要ですから」
そろそろウチで新しいものがあっても驚かれなくなってるね。信長さんは驚くと言うよりは興奮してるだけだし、政秀さんはストーブとこたつくらいでは冷静だ。
形はともかく理屈はただの暖房だからね。原理は火鉢とかと大差ない。庶民の家には囲炉裏があるしストーブは売れないだろうなぁ。
「これはまた美味いものですな」
この日のおやつは干し芋だ。ストーブで炙って食べると、表面が香ばしくなっていて甘くて美味い。
エルと信長さんと政秀さんと四人でこたつに入り、干し芋とみかんを食べながら世間話をする。そろそろ煎茶も出してもいいかもなぁ。
「小豆芋を干したものか。干し柿のごときだな」
信長さんもだいぶウチに染まったな。当たり前のようにこたつで寛ぐんだから。信長さんの天下布武とか好きだったんだけどな。この世界だとないかも。信秀さんが天下の大半を治めてしまいそうな勢いだからな。
おやつのあとは四人で久遠絵札という名で呼ばれてるトランプをする。
評判がいいから、これも多色刷りの版画で作って関係者に配る予定だ。関東に行ったメンバーは一度はやってるし。一般的な和紙では駄目なので、これも宇宙要塞製の特別紙になるけどあくまで自然素材だ。主な理由は、花札、襖紙に向く和紙は、産地が越前で、尾張に因縁がある朝倉が押さえているからだ。
娯楽があんまりない時代だしね。シンプルで遊びやすいトランプは流行るだろう。ああ、娯楽と言えば、リバーシも源平碁という名でじわじわと知られている。
こっちは信秀さんが赤と白の紙を貼り合わせたものを作らせて愛用してる。どうも信秀さんの子供たちに遊ばせているらしく信行君とかが遊んでいるみたいだ。
「今川は戦を仕掛けてくると思うか?」
「すぐには来ないでしょう。金色酒も売ってはいますし」
話題は雑談から今川の話になった。ふと信長さんが今川との戦の可能性を聞いてくるが。金色酒の値上げで戦になる可能性もあるからなぁ。酒の値段ごときで戦を仕掛けるほど無能とは思えないけど。
信秀さんは戦になってもいいと言うけど、エルは戦にならない可能性の高い策として値上げを選択した。
荷止めまですると完全に敵対行為だし、義元にはその気がなくても今川のメンツのために戦になる可能性が高いからなぁ。
「織田が強くなり、相対して彼我の戦力比は縮小しましたが、今川自体が衰退したわけではありません。今後は金色酒の転売で儲けることは出来なくなりますが、今まではそれなりに儲けていましたから。今川家の力を削ぐのは今後の課題ですね」
太田さん絡みの東海屋の件はちょうどよかった。今まで今川が得ていた金色酒の儲けは、今後は北条にいくだろう。
エルはそろそろ今川の弱体化計画の発動も視野に入れてるらしい。
「力を削ぐなどさせられるのか?」
「叶うことですよ。去年に無理をして流行り病の対策をした影響と効果は、まだまだこれからです」
いつの間にかエルが織田家の戦略を主導してるんだよね。
表向き信秀さんの策にしてるけど、そもそもばらまき政策はエルの発案だしな。信秀さんもいつの間にかエルの献策から選ぶようになってるし。
信長さんは『力を削ぐ』と口にしたエルの言葉に、具体策が思い浮かばないらしく考え込んでいる。
「わたしのあがりです」
ちなみにエルはトランプも強い。というか負けない。負けない勝負をさせるとエルに優る存在などいないかもしれない。
美濃の土岐頼芸? いきなり矮小な話題だなぁ。放置だよ。沸点低そうだし、弱体化はすでにしてるし、次の段階の無力化する前に暴発しちゃうから。
今は不破の関を支配してる不破家を織田側に引き込むべく接触しているし、東美濃の遠山家なんかの美濃の国人衆とも接触している。
和睦したから織田家は正式に美濃の国人でもあるしね。立場は利用しないと。
頼芸とは資金力で桁が違うから。














