第二百五十六話・武芸大会・その七
side:塚原卜伝
何度目になろうか。弟子たちと共に修行のために旅に出たのは。
当初は熱田から船で伊勢に渡ろうと尾張に来たのだが、尾張は少し来ぬうちに随分と変わっておった。人々の表情は明るく笑顔が見られる。
そんな旅の途中で寄った村で武芸大会を知らせる立て札を見た。驚いたのは領民に参加と観覧を促しておったことであろう。
武芸を競わせるのは珍しくはないが、それを領民に見せようとした者など聞いたことがない。
一夜の宿にと訪ねた寺で話を聞いたが、武芸大会は噂の南蛮渡りである久遠家が仕切っておるとのこと。
昨年の冬の流行り病の際には、小さなその村にも久遠家の女医師がわざわざ助けに来てくれたのだと、寺の者は嬉しそうに語っておった。
食事も以前と違い豊かになっておって、小魚の干物も食べられるようになったと聞いて益々興味が湧いた。
諸国を渡り歩けばいろいろなことに出会う。剣の修行も大切だが、領民がここまで変わった訳が知りたくなった。
わしらも武芸大会を見てみようと思い、武芸大会が行われておる清洲を訪れたが、まるで堺や大湊のような活気がある光景に驚かされる。
以前立ち寄った時とはまるで違う町のようではないか。
そしてわしは出会ってしまった。
兵を率いておる見たこともない髪の色をした女を。
足運びを見ただけで震えが出るほどの者を。
まるで十代の頃に戻ったような、そんな錯覚を感じてしまう者に出会ってしまったのだ。
世の中は広い。分かっておったことだが、この歳になり改めてそれを見せつけられるとはな。
「弾正忠殿。先程の今巴の方は出られぬので?」
「声は掛けたのだがな。気が進まぬというのでな」
わしはかの者の案内で尾張の守護である武衛様や織田弾正忠殿と対面した。
尾張は守護の斯波家とその家臣である織田家の立場が逆転しておると聞いておったが、意外に関係は悪くないらしい。
何やら不満そうな顔をした美濃の土岐家の者や他の者もおるが、土岐家の者を誰も相手にしておらぬ以上は触れぬほうが良かろう。
ひとつ残念なのは今巴の方と呼ばれておった、かの者がいかほどの使い手か見られぬことか。
何でもわしと入れ違いになる形で船で関東に行き、里見水軍を相手に大活躍をしたのだと聞く。
船での戦は陸とはまた違ったものがあろう。さすがは南蛮渡りの久遠家の者ということなのであろうな。
しばし尾張に滞在してみるのも面白いかもしれぬな。
かの者の力量を見てみたいということもあるが、領民や武士がこれほど一体となり何かを成すなど滅多にあることではない。
ここ尾張で何が起きておるのか、知ることもまた修行というもの。
side:久遠一馬
剣の次は馬術になる。事前の調整ではどういう形にするかで、話し合いが難航した競技のひとつだ。
結果として馬に乗りながら弓を射る流鏑馬と、馬に乗りながら槍で的を突き倒す馬上槍と、単純な速さを競う競馬の三種目を行うことになった。でも本当はあのポニーみたいな馬が重装備の武者を乗せて全力疾走させられるのは、ちょっと可哀想。
流鏑馬はこの時代にはあまり流行ってない。集団による戦闘主体のこの時代だと武士による一騎駆けとかないからね。
ただ馬術を競う一環としてやってみようという話になったんだ。単純な競馬だけだと味気ないし、まさか訓練もしてない馬で障害馬術や障害馬走をやるわけにもいかないからさ。
代わりに馬に乗りながら槍を使う新種目も考案してみた。実際に馬に乗りながら戦うことはあまりないらしいけど。見映えがいいから試しにやるなら面白いかなと。過激な意見で中世欧州の対戦方式の馬上槍みたいになんてのもあったけど、もちろん却下だ。
「殿。何故商人の名と出した銭を知らせるのでございます?」
「武芸大会に銭を出した商人が誰かを領民に教えるためだよ。武芸大会に協力した商人として名が売れれば、来年以降も銭を出す商人が増えるかもしれないと思って」
会場では馬術の準備を始めてる最中、事前に募集した大道芸の人たちが観客席の前を移動しながら芸を見せてる。
準備の時間に飽きないようにと考えたんだけど、みんな喜んでてなかなか悪くないね。
ちなみに慶次は同時に行ってる、大会スポンサーの宣伝に興味を持ったらしい。
この大会には商人も資金提供で協力してくれている。別に強制はしてないけど、織田家とかウチと交流があるところが気を利かせて協力してくれたんだ。
せっかくなんでスポンサーの宣伝タイムを少し作ってみた。
「なるほど。商人にも名を売る機会を与えるのでございますな」
「織田家とウチが全部出しても良かったんだけどね。将来を考えるとみんなで力を合わせるほうがいいだろ」
会場には斯波家と織田家の家紋が入った陣幕や旗差し物があちこちに見られるから、織田家がいくら出したとかは宣伝はしてないけどね。
ウチもこれ以上目立ってもいいことないから、特に宣伝はしてない。現状でもジュリアとセレスが警備兵を率いてるから目立ってるし、ケティたちも怪我の手当てとか救護係をしていて目立ってるからさ。
この時代だと商人は矢銭としてよく銭を出してるけど、それが庶民まで知られることはあまりないだろう。お金を出した以上は、名を売るくらいの対価を与えてもいいはずだ。
桑名の件もあってか、商人の人たちに少し恐れられてるみたいだからね。ちゃんと彼らにも利益と名誉を与える機会を作らないと駄目だろう。
馬術の最初の種目は競馬だ。競馬も事前に予選をしてる。同日に何回も走らせるよりはいいかなと思ってね。
みんな気合い入ってるなぁ。それにやっぱり頼んでもないのに鎧兜を身に纏ってる。剣術は公平を期すためにお揃いの防具にしたんだけど、馬術は特に指定してなかったからなぁ。重くて馬の負担になるけど、見栄えがいいからなんだろうなぁ。
「あっ、慶次も賭けてたんだ。気を付けないと賭け事は胴元以外は損をするよ」
「勝てば今日の飲み代に消えて、負けたら帰って家で飲み寝るだけでございますから、問題ありませぬな。それに関東の褒美もあり、銭には困っておりませぬ」
元の世界と違い馬の良し悪しと、乗り手の武士の力量の差が大きい気がする。
ふと横を見ると慶次が、武芸大会の賭け札を幾つも持ちながら競馬を見ていた。賭け事はほどほどにって家中には言ったんだけどね。
ただ慶次の場合はお金持ってるからな。一益さんたちと比べると遊んでるように見えるけど、要所は押さえてるから禄もそれなりに出してるし、褒美もちょくちょく与えている。
まだ元服もしてないし、下人も最低限しか使ってないからお金が余ってるんだろう。飯はウチか滝川家で食べてるしね。
ぶっちゃけ滝川家はお金の使い道が無いようで、貯まってるらしいけど。慶次は遊んで使うが資清さんは遊ばないし、無駄に使うのは抵抗があるみたい。
神社や寺に寄進もしてるけど、あれもウチや他家との兼ね合いがあるからね。額には気を付けて寄進していて、目立つのを避けてるんだろう。
ああ、賭け札はメルティに作ってもらった。例の手形よりは簡素化してるけど数日で偽造できる物じゃない。
換金も基本はウチがやるからね。偽造する馬鹿は居ないと思うけど。














