第二千百九十話・因縁を終わらせるために
side:穴山信友
あれからもうすぐ三年となる頃、御屋形様と飯富兵部から書状が届いた。
兵部は隠居しておるはずだが……。何事かと書状を見ると、あまりのことに驚いてしもうたわ。
「大殿、いかがされました?」
わしと共に隠居し飛騨の地で労役に励む者らは、わしが驚く様子に案じておる。残した一族を案じておるのであろう。
「我らは甲斐に戻れるようだ」
信じられぬ。最後に尾張にて見た御屋形様のご様子を思えば、生涯、飛騨の地で労役を続けねばならぬと思うたほどだ。
ここにおる者は、皆、すでに倅などに家督を譲り隠居した身だ。今更、望むものは多くない。されど、今一度甲斐の地に戻りたいと幾度願ったことか。
まさか、それが叶うとは。
「何故……」
「先代様が甲斐入りをされる。我らは、その場にて謝罪せねばならぬ」
因縁を終わらせるか。三年の月日が、それを成したのか?
「覚悟はある。先代様の前で腹を切ればいい。かような扱いを受けるくらいならばな」
皆の様子は様々だ。苛烈であられた先代様に怯える者もおるが、やっと死に場所を得られるのかと喜ぶ者もおる。
そこらの罪人とは違うが、やはり我らは御屋形様に追放された身だからな。死に場所を欲しておった者も相応におるのだ。
されど……。
「腹を切ることは許されぬ。その代わり、我らは許されるようだ」
小山田家の者も同じようだな。我らが謝罪するならば御屋形様は今までのことを許すと仰せなのだ。
御屋形様の花押入りの書状を見せると、感極まった様子の者もおる。先ほど腹を切ると言うておった男もまさかと言いたげな様子で下を向いてしまった。
「なんと……」
「少なくとも先代様以後の因縁はすべて終わらせる。そのお覚悟がある。我らだけ捨て置かれなんだこと。ありがたく思うしかあるまい」
三年の年月で、武田家は変わったのか。力で従え、逆らえぬようにするのは斯波と織田とて同じ。いかな体裁を並べようともな。そう思うておったのだが。
すぐに支度をして甲斐に戻らねばならぬ。
おっと、その前に、世話になった代官殿に礼を述べにいかねばな。武士として恥ずかしゅうない体裁を保つべく配慮をいただいた。
「皆の者、最後の御奉公だ。この機に動かねば、愚か者のまま死ぬことになるぞ」
許されずともよい。先代様の因縁を終わらせる場に我らが同席することを許された。ただ、それだけでよい。
これで憂いなく隠居出来る。
Side:久遠一馬
尾張に戻った。今回も、いろいろと得たものがあった旅だったなぁ。
留守中の報告を受けたり、必要な書状に判を押したりしつつ、子供たちと遊んで数日を過ごしている。
ほんと、清洲はみんな頼もしい。オレなんかいらないんじゃないか?
あと北畠家に行っていたシンディたちが戻っていた。こちらも報告を聞くんだけど……。
「やはり、あちらにも常駐する者がいたほうがいいですわ」
北畠の皆さんも頑張っている。ただ、改革には苦労がつきものだ。今以上に改革を加速させるには、ウチが進めているからという形があるほうがいいらしい。
具教さんも頑張っているが、やはりしがらみや既得権の調整に苦労していたからなぁ。
六角と北畠、足利政権が近江にあることであちらに比重が偏り始めているが、北畠には六角以上にお世話になっている。
北畠としても、まさかオレの奥さんを寄越してほしいとは言えないだろうしなぁ。
「どうしようか」
「ちょうど滞在中のシンシアたちが志願していますわ」
シンシアか。彼女と、ミョル、やよい、カリナたち四人は、シルバーンの防衛関連の担当をしている。例によってシルバーンは製造拠点としか使っていないので、彼女は海外領の防衛計画立案など担当をしているけど。
正直、そこまで忙しくないからなぁ。
ちなみに彼女たちについてだが、シンシアは戦闘型。やや緑めの明るい青の髪色のローポニーテールにしている西欧系の女性で、欧米のキャリアウーマンがモチーフになる。
知勇兼備の驍将タイプで思慮深く統率力もあり、決断力に富む。全体としてセレスとジュリアの間でややセレス寄りな感じの性格だろう。
ミョルは技能型で明るい赤紫色のミドルヘアにしている北欧系。女性バイキング戦士がモチーフになる。身長はそれほど高くないが、チェリー同様に技能型にしては戦闘も十分やれる。
専門はハードウェア保守。普段はシルバーンのバリア設備や障壁等の修繕保守をしている。
やよいは医療型で、黄色い髪色の内巻きボブ。主に元の時代の普通の日本人をモチーフにしていて、他の三人が割りと大人しいので、ムードメーカー的な役割だ。
カリナは万能型で、白い髪色のロング。黒人系。ヒルザ寄りの可愛らしいタイプ。
ウチだと万能型がトータルの能力があることから指揮することが多いが、彼女はどっちかというと全体のサポート役が得意なんだ。目立つことは他の三人に任せる傾向があるが、欠かすことができないキーパーソンになる。
「オレは構わないよ」
他の仕事の調整がつくならオレは反対する気はない。エルたちも納得している様子だし。もともと四人で動いていたので連携もばっちりだしね。ちょうどいいかもしれない。
「では、そのように。八郎殿、同行する侍女と家臣をお願いしますわ」
「はっ、すぐに選んでおきまする」
近いしそこまで神経質になる必要はないけど、妻たちが動く時には相応の人員を配置している。わりと少数で動くことをみんな好むけどね。近江の春たちには織田家からも人を付けているので、奉公人やらを合わせると三百人ほどあちらにいる。
そこまで要らないかもしれないが、まあ、同行者が百人くらいはいるだろうなぁ。信長さんに報告して織田家から付ける人も相談しないと。
信濃の佐々孫介殿とか奥羽の森可成さんとかもそうだけど、妻たちには一線級の人材を付けてくれるんだよね。実際、助かっているし、そんな人が経験を積んで織田家を支えている。
熊野三山とも少し関係が悪化したし、大和も情勢がいまいち流動的だ。北畠家でやる気になっているなら、改革は早く進めたほうがいいかもしれない。
多分ないとは思うが、東国の飢饉で荒れた場合、畿内も便乗して騒ぐなんてことが絶対ないとは言えないし。
改革途中で三国同盟が揺れるのが一番困る。
まあ、シンシアたちなら大丈夫だろう。














