第二千百八十七話・信濃滞在中・その四
Side:久遠一馬
義信君と信長さんと寺社の使者による謁見は二時間くらいで終わった。これが良かったのか悪かったのか。評価は立場や見方によって変わるだろう。
寺社との交流、意思疎通、挨拶や嘆願を否定する気はない。公式な窓口として寺社奉行があり、寺社からの嘆願を受けたり監査をしたりするなど、きちんと対応している。
また、ウルザの懐妊祝いは信濃にいるウチの家臣が受けていて、お祝いの品を頂いて後日お返しするなど交流している。そういった冠婚葬祭における交流は否定しておらず、ウチを含めて続いている。
ただ、情報漏洩と、短期滞在の義信君と信長さんのもとに押し掛けたのは困るってだけで。
「困った人たちよね。でも、そんな人たちが今の信濃を支えているのよ」
ウルザは今回の結果を好意的に受け止めている。微妙な駆け引きや問題と解決を繰り返すのが、尾張から離れた領国統治だからだろう。
人を相手に仕事をする難しさ。それは誰もが理解することだけど、従う者を育てていかなくてはならない。
それは武士も寺社も同じだ。宗教だって根絶やしにするわけにいかないし、残していかないといけない。
今回に関してはむしろ情報漏洩が懸念で、織田家として厳格にするように信長さんが命じてある。情報管理は今後、一段階上を目指していかないといけない。
命令、機密情報をきちんと定めて、その扱い方を決める必要がある。
寺社に関しては、外部組織であることも明確化しないと駄目だろう。織田家で働く宗教関係者には、領外の寺社に内部で知りえた情報を流さないように誓紙を求めるべきかもしれない。さもなくば、機密を扱わない仕事に移ってもらうべきだろうね。
「やっぱり尾張に戻ったほうがいい気がするんだけど……」
「大丈夫よ。ヒルザもいるしね」
オレとすると、今回のようなことがあるとウルザの胎教によくないかなと思い、改めて尾張での出産を勧めているんだけど……。
うーん、家族が離れて暮らすっていうのは、未だに慣れない。こっそり通信機で話すことはあるんだけどね。
ただ、ウルザの意思も尊重したいけどね。この件はもう少し話し合おうか。
「殿、支度が整ってございます」
「うん、分かった。行くよ」
さて、今日はお昼から城下にある館にて宴があるんだ。中級以下の文官・武官・警備兵の皆さんとバーベキューをするんだ。
野外の宴として尾張だと定着していることもあって、普段、会う機会もない皆さんと交流することにした。
バーベキューとか茶会、ウチの形式だと席次を決めないでやるものは、いろんな立場の人と話せるからいいんだよね。結構、評判がいい。
末端で働く人の生の声を聞けば、今後の参考になるだろう。オレたちも楽しみつつ参加するつもりだ。
Side:とある寺社の使者
数人の馴染みの寺社の使者と話しておるが、相も変わらずか。
「我らは疑われても仕方ないがな……」
「それもあるやもしれぬが、若武衛様らの信濃訪問が漏れたことを、新たな代官殿は怒っておるらしい」
それはなぁ。確かに怒るべきことよ。誰ぞがおかしなことをしておれば、天下騒乱となってもおかしゅうない。
「こちらにも言いたきことはあるが、それは織田も同じであろう?」
「であろう。文句があるなら独立し、すべて己が力でやればいいだけのこと」
諏訪が怒らせた件と、仁科が怒らせた件と此度の件は、すべて違うもの。されど、織田からすると寺社というだけで信じることはあるまい。そもそも我らとて、宗派が違う寺社など信じぬ。
武士にだけ信じろというのは筋が通らぬ。
「織田と久遠は天をも恐れぬ無法者にも思えるが、天がいずれを選ぶのかと問われるとな……」
寺社の中には厚遇せぬ織田と久遠に不満を抱える者が多いが、わしは、神仏が常に寺社と共にあるなどと傲慢な考えは持ち合わせておらぬ。
戦を減らし飢えを減らし信濃を救うておるのは織田と久遠だ。そのことだけは肝に銘じておかねばならぬことよ。
「信濃を検分していただくか。考えもせなんだことよな」
「言われるまで気付かなんだことを恥じ入るわ。久遠の知恵とやらも当地を見ずして上手く使えるわけがない。織田が信濃に来て以降、織田方の武士があれこれと見聞きしておるのは事実だからな」
だいぶ前だが、代官殿から珍しき草木や石があれば届けてほしいと書状があった。いくつかの寺社がそれに応じて育てておった野草などを教えると、すぐさま織田の者が来て詳細を細かく話を聞き現物を持ち帰っておる。
中には、それらを植えさせることで銭を稼げるようにした村がいくつもある。奪うだけではないのだ。すぐにそれで食えるように差配したことで、産休に入られた夜殿ともうひとりの明け殿は多くの寺社の信を集めた。
左様なことがあればこそ、従う者らは率先して挨拶の使者を出したのだが……。まさか、妨げとなってしまうとはな。
「仁科三社と一緒になどされとうない。奴らの心情も察するが、あまりに愚かだ」
小笠原大膳大夫の人となりと、小笠原の恨みは根深いと伝え聞いておったからな。仁科が許されることはないと思うたのであろう。ところが、仁科だけあっさりと許された。それには誰もが驚いておろう。
此度、我らが慌てて参ったのは、左様な仁科三社のこともあったのだ。従わぬと思われると困る故にな。
「織田は争いをなくし飢えをなくそうとしておる。邪魔をしておるのが寺社とは情けない限りだ」
「我らの寺とて内情は褒められたものではないからな」
嘆かわしいことだが、寺社の本分を忘れておる者が身内にすらおる。世の安寧よりも己と己が寺社の隆盛を望む。畿内の名のある寺社とて同じだがな。
「仏の弾正忠は、武士と民に導きを与えるという。されど、寺社は臣下でもなければ民でもない。頑ななところが多く、恨まれてまで導きを与えるなどありえまい」
導きを与えるか。世迷言のように聞こえるが、信濃では確かに代官殿が皆を導いておる。それこそ神仏の如く。
見捨てられてしまうのか? 寺社が。仁科三社のように。
「気付いておるところは気付いておろう。諏訪神社と善光寺などは来ておらぬ。特に諏訪は少し前から驚くほど織田に従い動いておる」
あれだけ織田を怒らせた諏訪が許されるとはな。神宮や熊野ですら引かぬ織田だが、心を入れ替えさえすれば許しを与える。
仏の弾正忠とは、まことに神仏に一番近き男ではあるまいか?
まあ、いい。此度は代官殿の懐妊祝いに来たと思えば悪うない。妨げとなる前に素直に戻ろう。
我らは争いなど望んでおらぬ。














