第二千百八十三話・それぞれの梅雨
Side:季代子
奥羽に戻ったけど、この地は相変わらずという感じね。
名のある国人当主などはそれなりに従う。ただ、その一族や従う土豪たちは逆らうことはないものの、意識が変わったとは言えない。自分の領域は自分のものという認識も表に出さなくてもある。
寺社に関しては、本山などの仲介で話し合いは再開したものの、こちらが妥協をする予定はなく、彼らが求める地位や特権を与える気はない。
もうそれでいいからと、全面降伏するようにこちらに従うところも増えたけど、中には自分たちの利権と立場を守ろうとしているところも多い。
また、寺領放棄を考えているところも、俸禄で自分たちの体裁と暮らしが安泰ならばいいと考えて働く気はあまりないところもある。
商人に命じて織田領外から品物を購入するなど、寺社でも独自に生きる模索をしているところもあったわね。まあ、寺領の民などに分け与えるはずもなく、一部の人が求める品を買っているだけになるけど。
申し訳ないけど、この地で寺社にタダ飯を食わせる余裕はない。どこかの本山が言ったらしいけど、托鉢なりなんなりで自分たちの体を動かして稼げばいいという意見は、奥羽織田家中にもある。
独自努力、大いに結構よ。こちらに迷惑をかけないでやるなら頑張ってほしいわ。
そんな折、浪岡殿から、領内の寺社より還俗して織田家に仕えた者たちの報告が上がってきた。
「思った以上に多いわね」
「意地を張っても助けはないからの。所領はなくとも己の家を興し残せる。このことを喜ぶ者は多い」
食えない者、代替わりや家督継承の際に疎んだ者を寺社に放り込む。この時代だと慈悲による救済なんだろうけど、働ける場があるなら望む者もいるということね。
まあ、こっちも金で転ぶくらいの人は扱いやすい。最低限、文字の読み書きが出来て損得勘定をきちんと考えられる人だと、そこまでおかしなことしないのよね。
なにより人口密度が低く土地の生産力も低いこの地域では、尾張とは違う統治が必要になる。受け継いだ家と利権がある当主より、働く意思のある者を集めて使えるようにしましょう。
「引き続き、お願い」
多過ぎる末端の寺社の統廃合はあまり進んでいない。ひとつの村に寺社はひとつでいいんだけど。上位の寺が嫌がって邪魔をしているのよね。
今は寺社から引き抜ける人を引き抜くほうがいいわね。
Side:夏
織田と六角では山狩りについて詳細を詰めています。
六角では、近頃減っている戦の代わりにと初陣にする者も多いようです。六角家の大将は義弼殿、史実の六角義治が出張るとのこと。初陣では浅井新九郎賢政殿、史実の浅井長政の名があります。
戦のように華々しい戦場ではないと知っていることですが、小競り合いが減り、初陣や戦を経験する機会が減っていて困っているという話は、私にも届いていますから。
そんな中、管領代殿からは、私たちの誰かが客将として同行してもらえないかと内々に打診がありました。
「どうするの? 春」
「大殿次第かしらね? 私はどちらでもいいわ。ただ、四人でいく必要はないかも。私か夏と冬かしら」
軍事面での協力、共闘。三国同盟には、この問題があります。
織田と六角・北畠では、戦術、戦略が違い過ぎて、協力や共闘となった場合はどうするのか。尾張ではそれも話し合いをしていますが、なかなか有効な対策を見つけられていません。
武具や鉄砲などの支援から、軍政改革の助言など案はいくつかありますが、そもそも両家は今も国人の連合体であることに変わりなく、機密保持すら怪しいのが現状ですからね。
「いざ戦となると前評判ほど安泰じゃないわ」
それぞれで戦ってもらうしかないというのが現状になります。だからこそ、今回の山狩りは伊勢側を織田で、近江側を六角で別々に行うことになっていて、なるべく穴がないように、また成果に差が出ないようにと担当者たちは苦心しながら交渉をしています。
「あれもこれも求めても駄目よ。軍政から見る夏の危機感は分かるけど。今はその時じゃない」
確かに軍事改革はまだ時期ではない。観戦武官を織田方に出せるように献策しておきましょうか。山狩の場合、警備犬などが活躍しますが、六角にはいませんから。いろいろと参考になるでしょう。
Side:久遠一馬
信濃国内にいる織田家信濃衆が松尾城に勢ぞろいした。一部体調不調などの理由で代理が来ているところもあるが、あとはほぼ全員揃った。
挨拶を受けて歓迎の宴をする。一言で言えば、こういうのも必要な時代だ。
法治国家ではないし、人が人を治めているこの時代では個人同士のコミュニケーションが大切なんだ。
北信濃から来た人たちは結構遠いので大変だろうけどね。
ただ、信秀さんの直臣でない人は、信長さんや義信君と会うことも初めてな人がそれなりにいる。国人たちを尾張まで臣従の挨拶に呼ぶことはなかったからなぁ。
場の雰囲気は悪くない。とはいえ、信濃衆同士がさほど親しくしていると言えるほどでないのは伝わる。仁科と小笠原の因縁もあったが、同じように近隣と小競り合いをしていたり因縁があったりする者は珍しくないからだろう。
村上、木曽、諏訪などが相応に地域をまとめてうまくやっていることは分かるけどね。
新しい治世と関係に信濃衆が馴染み、自発的に新しい形で信濃を変えていくには今しばらく時がいるのだろう。
「越後と関東ですか……」
領内は概ね安定しつつある。ただ、越後や関東のことを口にする人が相応にいる。領境付近とか場所によっては信濃国内よりそっちと縁が深い人もいるからだろう。
今までも散々あったことだが、領境付近の問題は今もある。暮らしの格差や統治体制の違いなどなどを原因とするいざこざだってなくなったわけじゃない。
信濃もそうだが、越後もまた基本貧しい土地であるし、関東、信濃は主に上野と接しているが、あそこは北条と上杉の係争地だからね。政情も安定しておらず、正直、こちらからすると厄介な隣人に近い。
織田家も他家も上層部の考えと末端の考えは違う。違いは独立勢力の連合体である他家だと末端が勝手なことをすることか。
あからさまに悪口を言う人はいないが、所詮は他国。あまりいい印象がない人も相応にいるらしいね。
上野もなぁ。あれこれ売って寄越せと言ってこちらが拒むこともあるから、あまり関係がよくはない。北条に頼めばいいのだろうが、北条に頭を下げたくない。借りを作りたくない者たちが一定数いるらしいね。
上野に限らず、どこもそうだけどね。自分の自任する身分や地位に合わせた扱いをして、必要な品をほいほいと売って、贅沢な品が献上するように手に入らないと不満だと騒ぐ。
畿内だとそういう傲慢な商い、だいぶ減ったんだけどね。関東では織田や信濃を下にみている。無論、大国なのは承知しているだろうが、所詮は成り上がりと思うところが大半だろう。
こっちも頼朝公以来の名門とか要らないって感じだしね。関東に関しても暖かく仲間に迎えたいという雰囲気はあまりない。
こうして人は争い対立していくんだろうなと思う。自戒を含めて。














