第二千百七十七話・伊勢の改革・その二
Side:シンディ
皆、やる気になっていますわね。ただ、難しいのは変えた経験がないということ。
些細な発言で因縁となり借りとなる。尾張のように変えたいが、因縁や借りとなることはあまり望まない。そんなこともまた多い。
「まず、亜相様のいない席にて、皆で議論をする場を整えてはいかがでしょうか。当家でも織田でもやっていることですわ」
私たちより前にも織田家家臣が入っていて、その報告にもありましたが。北畠家では調整があまり上手くいっていないと報告がある。簡潔に述べるならば、司令と私たちが担う役目がいないのです。
今は家老が調整していますが、実利、家柄、血筋、それらを考慮し、また因縁やいさかいにならぬかと慎重にしている結果、物事を進めたいのに進まないという現状に陥ってしまった。
「間違い、過ち、勘違い。大いに結構ですわ。それらを乗り越えて上手くいくものです。また家柄などに遠慮せず本音を言える場も必要でしょう。その場を設けたからといって血筋や家柄が落ちることはありませんわ」
具体的な形までは提示しませんが、出来れば担当奉行を決めて調整役となるべきでしょう。
ただ、春たちが近江に行ってしまったことで相談役となる者がいない。誰か派遣するべきですわね。やはり司令の妻がいるということが北畠には必要に思えます。これは戻り次第、エルと相談してみましょう。
「なるほど……」
「勘違いされることも多いですが、私たちも失態はありますわ。神宮のこととて望んだものではありませんから」
失態を恥としないのは難しくても許容していく道筋は示したい。こちらの失敗の事例として一番理解していただけるのは、やはり神宮の一件ですわ。
「シンディ、もう少し具体的な助言がいるわ。むしろ統一した決まり事を提示したほうがいいかも」
「そうね。皆、真面目に勤めているわ。ただ、報告も形が残っていないことで齟齬がある。書に記して報告すること、まとめて残すことは必要よ」
一方、亜相様に頼んで北畠家の報告を確認していたヘルミーナとマリアが来ましたが、思った以上に難題が山積みなようですわね。
「申し訳ございませぬ」
「謝ることじゃありません。皆様がたはきちんと覚えていて、上手くやっていますから。ただ、今後、役目に関する報告が増えると間違いの元になります。さらに、あとで確かめられるように書にしたためたほうが楽です」
謝罪する重臣にヘルミーナが織田家の事例を上げて助言を始めました。
この時代の武士は記憶力がいいのですわ。記録を残さず覚えることで生きていますから。ただ、仕事量が増えるとそれだけでは立ち行かなくなる。もっというと人を多く使うと間違いのもとになるわ。
報告の形式や会議の形は、こちらから提示しましょう。まず私たちが彼らと会議をして実際にやってみせたほうがいい。この件も会議で議論して決めればいいのですから。
Side:イザベラ
諏訪竺渓斎殿から届いた報告書の量に驚く。この人、諏訪神社のネットワークを使って得た情報を対価なく織田家に上げているのよね。
尾張の寺社以外でここまでしているところは珍しい。まして歴史ある寺社で。
「見事な報告ね。さすがは神宮相手にも引かなかっただけはあるわ」
「……ご存じでございましたか」
報告を確認しつつ、竺渓斎殿に声を掛けると驚かれた。
「貴殿は功とせず漏らさなかった。でも相手方から漏れたわ。清順殿じゃない。供をしていた神宮の者よ」
「やはり安易に信じるのは危ういということでございますか」
驚いていないわね。神宮を信じてもいない。実はシルバーンの報告に竺渓斎殿の行動があったので私は知っていたんだけど。上手く動いたと感心したほどよ。
「神宮との対立としたくないから表沙汰に出来ないけど、我が殿も感謝しているわ」
「そのお言葉で十分でございます。我らは我らの務めを果たしただけ」
「南伊勢では神宮が名を落とし慶光院が名を上げたわ。いつどうなるか分からない。今後、急ぎの報告は私に直接持って来なさい。褒美はいつも通り、諏訪神社に与えるから」
ウルザ、ほんと上手くやっているわ。非公式だけど、諏訪神社の情報網を組み込んで統治しているんだから。しかもその功を表沙汰にしないで、諏訪神社への寄進という形で処理していた。
竺渓斎殿もそれを認めているのよね。華々しい功とならなくてもよく働く。宗教関係者の怖いところね。
「ははっ、畏まりましてございます」
信濃内外問わず、諏訪神社の価値は高い。近いうち諏訪神社への参拝でもしようかしらね。私は代理だけど、諏訪神社を軽んじないと示してあげるとやりやすくなるでしょう。
Side:久遠一馬
奥羽の由衣子が妊娠したらしい。尾張でも時期は違うもののエミールとテレサが妊娠して産休に入っているが、奥羽は医療型が由衣子しかいないので代わりを派遣しないといけないなぁ。
仕事の合間に人選を悩んでいると、お清ちゃんが抹茶を点ててくれた。
「殿、いかがでございますか? 甲賀の茶でございます」
ああ、土山のお茶か。テコ入れしているけど、もうこちらに品物が来ているのか。
「うん、美味しいと思うよ。オレだと言われないと分からないね。畿内のものと遜色ないかも」
ウチに届いたのは最高品質のものなんだろうけど、こんな美味しいお茶が作れるなら生産量増やしても良さげだなぁ。
甲賀は朝宮茶もあるしね。お茶の生産、美濃と三河でもあるし、正直、自給出来るんだが。
ちなみに煎茶とか紅茶の茶葉、作り方はまだ織田家にも教えてないんだよねぇ。嗜好品だし優先順位が低いからさ。
あと元の世界との違いは、抹茶も茶色いことか。製法が微妙に違うんだよね。
市販していないウチの煎茶と抹茶は元の世界と同じ緑色だけど。煎茶は頼まれて売る程度で、抹茶は基本お菓子の材料としているくらいだ。
頃合いを見て教えてもいいんだけど。どんどん畿内から買う品がなくなるなぁ。それはそれで困るんだが。
「それはようございました。殿に献上したいと届いた品になりますので」
十年も暮らしていると、いろいろなことがあった。甲賀は何度か食糧支援したことから、今でも贈り物が届くんだ。
甲賀に限らず、南伊勢と近江には農業と産業振興の支援も手厚くしてある。主食となる米や雑穀の生産を増やすのも大切だけど、甲賀だと適性がいまいちだからね。
こうして形となると嬉しいね。
ちなみに甲賀でも野菜や薬草の畑とかも整備してある。焼き物もあるしな。ほんと心配しなくていいようになる日も近いだろう。
「お清と千代女の故郷に、今度行ってみようか」
ふと、ウチに仕えるために故郷を離れたふたりに戻る機会を作ってやりたいと思った。
滝川家も望月家も帰りたいなんて言わないし、実際、そんなに思っていないみたいだけどね。墓参りくらいには行かせてやりたい。
正直、そういうの規制まったくしていないんだけどね。あまり目立たない家臣は菩提寺とかに行くことはある。ただ、ふたりはオレの妻となって目立つこともあり、墓参りに行くとなると、それ相応の調整がいるから行きたいと言われたことないんだ。
「私は……」
「一度、甲賀の検分にも行きたいしね。ついでだよ」
妻の序列、ウチだとないからお清ちゃんと千代女さんもそんな感じだけど、それでも一歩引いた感じはある。
まあ、飢饉とかあるし、いつ行けるか分からないけど。考えておこうかな。














