第二千百七十六話・伊勢の改革
Side:北畠具教
田丸に御所を移し、忙しい日々を送っておる。ここ数年で身を以て知ったが、変えるということはなんと難しきことか。
もともと民は織田に心を寄せていた。国人らと寺社は己らの所領を守るため抗しておったが、時世の流れを悟り、多くは大人しゅう励んでおる。
皆が譲ったことで、領内ではようやく尾張流賦役をやれたところもある。あれは従わぬ者に利を与えぬために直轄領以外では出来なんだからな。
「御所様がここに入られたことで、神宮は恐れおののいているようでございます」
そんな折に入った知らせで主立った者はいかんとも言えぬ顔をした。多気御所より近きところに移ったことで神宮が慌てるか。攻められると勘違いしておるのか? それとも己らを捨て置いて変わると決めたことで困っておるのか?
いずれにしても心情は分からなくはなくないが……。
「まだ分かっておらぬのか? 神宮は」
「分かっておるからこそでは?」
重臣らの言葉からも家中における神宮の立場が分かる。
最早、神宮がいかな立場であろうと、我らにはあまり関わりのなきことなのだ。義理として縁を切ることはないが、今のままあり続けるだけでいいならば構う必要がない。
神宮はこの先も残ることが出来ようが、我らは気を抜くと落ちぶれるかもしれぬ。皆がそう思い励んでおるのだ。
「御所様、内匠頭殿の奥方が参りました」
「おお、そうか。通せ」
その知らせに皆の顔つきが変わる。なにも神宮のことで主立った者を集めたわけではない。
やって来たのはシンディ、セルフィーユ、ギゼーラ、ヘルミーナ、マリアだ。
「ご尊顔を拝し恐悦至極に存じます」
「わざわざすまぬな。皆がやる気になったのはいいが、あれもこれもと励んでおって少し半端になりつつある。良しなに頼む」
もう尾張に習い変えると皆も覚悟を決めた。数年もの間、あれこれと話をしては動かなんだ者らが一気に動いた結果、上手くいかぬことも出始めた故、助けを呼んだのだ。
「最初は皆、上手くいかぬものでございますわ」
もっとも名と顔が知れておるのはシンディか。院に茶の湯を指南したことで諸国にも名が知れておる。家中の者らも茶席で顔を見る故、皆が知る。そんなシンディの言葉に主立った者が安堵したのが分かる。
六角もまた本気で変わろうと動いておるのだ。これ以上、我らが遅れを取るなどあってはならぬこと。
シンディらの求めにて、この場ですぐに役目の話とする。久遠は相も変わらず、形よりも実を求めるな。
無論、こちらも長々と形式ばかりの歓迎の宴をする気なく、そのつもりで支度をしておったがな。
Side:久遠一馬
尾張と近隣の領国は安定している。その代わり南伊勢と近江の改革が本格的に動き出したことで、北畠と六角への助言や支援をするために忙しい。
見ていれば簡単そうなこともやってみると難しいものだ。一つ変えると、新しい問題も出てくる。
また両家は今も国人主体の連合体であることに変わりなく、そこへの配慮は欠かせない。
足利政権を含めて、三国同盟間での調整は連日のように行われている。書状のやり取りはほぼ毎日のようにあるんだ。そこに使者が行き来することも珍しくないし。
オレは今日、清洲で政務をしているとナザニンとルフィーナが姿を見せた。
「八風街道と千種街道の話し合いがまとまったわ」
ああ、ようやくまとまったのか。そこまでごねていたわけじゃないが、利権調整の難しいところだろう。こちらは今までと同じでいいので、ご自由にやってくださいというスタンスだっただけど。
あまりに無駄な交渉ばかりだったので、ナザニンがテコ入れをして解決させたらしい。
現状では両街道に繋がる織田領内の道も、近隣の者が使うために不便がない程度にしか整備していないし、主要街道扱いしていないので宿場町の整備もしていない。
利権持っている商人ですら東海道を使い始めていたからな。治安維持もしていないので両街道に賊が出るんだ。
そもそも街道と言っているけど、報告だと獣道程度だし……。その獣道の維持管理すら苦労し始めていたのが現状になる。
「優先権は残したの?」
「残さなかったわ。優先権の放棄、それだけよ」
どうなったんだろうなと思ったが、近江商人たちが一方的に折れたのか。
「近頃は坊主が商いもしておりますからなぁ」
「そうですね。近江商人、彼らは一枚岩ではありません。そこに寺社が商いも始めましたから、立場が思ったほど安泰ではありません」
オレは少し驚いているが、資清さんとエルの言葉がすべてだろうね。お抱えの商人に命じて商いをさせるのではなく、自ら商いに乗り出す。そのほうが利益になるんだよねぇ。
無論、名のある大寺院の偉い坊主はやらないけど。中小だと寺社同士の交流とか理由を付けて荷物を運び、事実上の商いをしているところはあるんだ。
近江商人という区分け自体、正直なところ正しくないところもある。細かくあげると枝村商人とか保内商人とかいろいろあって、事あるごとに揉めるんだよね。
比叡山のお抱えでもある保内商人とかは大きな利権を持っていたんだけどねぇ。肝心の比叡山はこちらが品物を売る限りは争いを避けたいみたいだし。
ウチの力が大きすぎて彼らの独占は崩れ、利益はどんどん減っている。
近江側だと蒲生さんが領主だしなぁ。いい加減にしろと動いたのかもしれない。
「分かった。近江商人の利益調整をするよ。街道整備は六角との調整がいるか。そっちは頼む」
「ええ、分かったわ」
八風街道と千種街道。どこまで整備するべきかなぁ。まあ、あの辺りにいる賊の討伐と最低限の整備はいるけど。
彼らがこれ以上独占を続けるなら、東海道と千種街道の間にある武平峠、ここの整備も考えていたんだけど。それも含めて再検討だな。
ほんとまっすぐな高速道路があって、幹線道路も複数ある。治安も悪くなく、一人で歩いても襲われることなんてまずない。道路事情に関しては元の世界が懐かしくなるね。
まあ、これで近江と伊勢の流通がやっと安定するだろう。
東海道が一番いいし便利なんだけど。リスク管理、複数の街道を持つのは当然必要なんだよね。














