第二千百七十二話・終わってみれば
Side:久遠一馬
三日間に渡った婚礼も終わり、織田家ではホッとした雰囲気が広がっている。今川、武田、小笠原の因縁、これに気を使い続けた数年だったからだろう。
このまま秘めたる因縁として残ると、将来の禍根になった可能性もある。
まあ、当人たちが一番安堵しているだろうね。名門で力もある。それが懸念として存在すると、いつ始末されるかと怯えることになるし。不安や疑心で追い詰めては駄目なんだ。
いろいろな議論があり、調整と妥協の結果の久遠流婚礼。これも終わってみると悪くなかった。実際、どこまでが久遠流なんだと言われると困るけど。
あんまり好きじゃない言葉だが、古い形を変えるに足る理由と権威として久遠がいるというのは、メリットとデメリットの双方を考えても仕方ないことなんだろうなと思う。
対外的には、尾張から距離がある駿河・遠江・甲斐・信濃の領国が安泰だと示せたことは大きいはずだ。特にこれから飢饉がくる関東に向けて、こちらの盤石な体制を示せたのは良かった。
「そういえば、あいり。仁科殿に下女と間違えられたんだって?」
「水が欲しいと頼まれたからあげただけ」
そうそう、問題というほどじゃないけど。小笠原さんから謝罪を受けたんだが、肝心のあいりは気にしている様子はない。
もともと対外的な場に出ないからなぁ。
あいりのように日本人とあまり変わらない容姿の妻だと、時々こんなことがある。ケティくらいに顔が知られているとまずないけどね。
「料理は評判が良かったよ。みんな頑張ってくれたおかげだ」
今回の婚礼で存在感を示していたのは、料理だろう。妻たちが下支えしてくれたおかげだ。
夫婦そろって参加とか、婿と嫁の双方の家が揃ったとかいろいろと違いはあるが、料理の違いも大きかった。金色酒から始まりうなぎのかば焼きなど、オレたちが広めたお酒や料理が尾張に根付き、新しい文化というか日常として生きている。
今までは京の都を中心に動いていた世の中が、変わっていると感じさせるところがあったと思う。
無論、料理で千年以上の歴史ある京の都が消えるわけではない。むしろ落ち着いたら京の都の歴史が再評価されることになるだろう。
ただまあ、その前に乱世を終わらせて統一したいけどね。
Side:六角義賢
婚礼に出席したわしはこの日、蟹江の北畠館に招かれてきておる。
「よき婚礼であったな」
茶を淹れてくだされた北畠の大御所様の言葉には、温かな情のようなものを感じる。本来、婚礼とは家と家、一族と一族のためのもの。そこに情など掛けぬのだが。
世も変われば人も変わるか。
「内匠頭にしか出来ぬことでございましょうな」
隣におられる北畠卿はこの婚礼の意義を理解しておる。今川、武田、小笠原の三家が確と織田の下で生きればいかほどの力となるか。
三家の面目と立場を落とすことなく織田の臣下に迎えるには、久遠が間に入るのが一番よいのは確かだ。
「某も、此度は内匠頭殿の凄さを理解致した。あの御仁は上に立たずとも皆をまとめるのが上手い」
いざまとめるとなると、これほど難しきことはあるまい。なるべく皆が納得出来る形を考え示す。その功がこの件ではよく分かる。
久遠知恵ともまた違う。人と話してまとめるのが上手いのだ。
朝廷や坊主が信を失う今の世で、己が力で朝廷や寺社に匹敵する信を集めるだけの力量が確かにあることを理解した者が多かろう。
「救世のようじゃの。内匠頭が聞けば困った顔をするであろうが」
確かに。大御所様の言葉に内匠頭殿の困った顔が浮かぶようだ。されど、誰よりも人を救っておるのは事実。
大げさに言うならば、内匠頭殿の救世があってこそ我らの今はある。
わしなど、父上に並び立つ管領代だと言われることも増えた。誇らしくあるが、同時に思う。今のわしはまだ父上の残した遺言と三国同盟に助けられている立場だと。
あの日、船の上で父上のためにと冥福を祈る内匠頭殿が今も忘れられぬ。わしは……内匠頭殿に借りを返せる日が来るのであろうか?
「奉行衆らはお任せを」
懸念があるとすると、やはり足利家か。上様の権勢は、我らの誰も知らぬ義満公の頃と比べられるほどになりつつある。
有象無象の者らが集まり、奉行衆もまた気を抜くとなにをするか分からぬ。あの者らがおかしなことを致さぬようにするのは、わしの役目だ。
「前古河殿が動いたと聞いたが?」
「こちらの動きに乗り遅れぬようにと考えておるようだ。北条も上杉もあまり信じておらず、側近には倅らの不甲斐なさを嘆いておるとか」
大御所様も懸念する御仁だが、今のところおかしなことはしておらぬ。こちらが盤石だと悟ったことで動き出しただけ。
頼朝公の頃より関東と畿内はほぼ別々に治めていたからな。今まではそれでよかったが、尾張が東西を凌駕するような国になると、関東の在り方も変わらねばならなくなる。
尾張は寺社を従え、朝廷にも屈せぬほど領国をひとつとしてしまったからな。
争い対峙するのか、共に生きるべく変わるのか。古河公方や関東管領が関東に口を出すななどと言えば、尾張はたちまち関東に流している品々を止めてしまうであろう。
北条は関東を見捨てて織田に従うであろうな。それとあまり気にする者がおらぬ故、見過ごされておるが、織田と久遠は伊豆諸島を治めており正しくは関東武士でもある。その気になれば、関東に兵を出す名分すら用意出来よう。
伊豆諸島譲渡は北条の策だとか。恐ろしきことを考えたものだ。
「越後の関東管領殿よりは世が見えておるか」
「関東諸将を捨てても家が残ればよいと考えておる節はある」
関東は北条が目立つ故、狙われるが、北条が消えたとて争いがなくなるわけではない。前古河公方様はそれを理解しておられよう。
越後の関東管領殿も、そこまで世が見えておらぬとは思えぬがな。ただあの御仁は所領を失うた大失態がある。いずこまで家臣らを己が意思で従えておられるのか。見えてこぬ。
「戦でもして潰したほうが早そうじゃがの。あとを考えると、そう安易に良いとは言えぬか」
頼朝公が朝廷から政を奪った地だからな。畿内とは違った難しさがある。内匠頭殿はあの地をいかがする気なのであろうか?














