第二千百七十一話・三国婚礼・その四
Side:久遠一馬
婚礼一日目の宴は朝方まで行われた。
料理は最初コース形式としたあと、お酒メインに移行してからは求めに応じて用意した別の料理をお出しする形にした。お酒のつまみだしね。
こちらは駿河・甲斐・信濃の産物を料理したもので、料理自体はそこまで珍しいものじゃない。
出席者は多かった。織田に臣従している両家の一族が遠方からも来ていて、一番遠いのは奥羽から来た南部さんたちだろう。
あと武田一門の若狭武田。あそこからは代理の使者が来ていた。
斯波家と織田家としては、もともと日本海側はあまり関わっていないことと、あそこには細川晴元がいることで交流すらない。
若狭武田といえば、史実通りお家騒動があった。ただし史実との違いは前当主が追放されていないことか。双方を取り持ったのは晴元だ。無論、円満解決したわけではないものの、追放するまでには至っていない。
当主が来ていないのは、そんな事情があると思われる。
二日目の今日も宴がある。今日は主に織田家中の皆さんが参加する。
エルは朝から今夜の宴の料理で忙しいので、メルティと昨日のことなど話していたが、苦笑いが出てしまう。
「いろいろ誤解とかあるね」
メニューに関しては三家の要望や季節的なものを考慮して決めた。ただ、源氏の白を基調としてメインを統一したと絶賛されたのには驚いた。はっきり言おう。偶然だ。
前菜は元との世界のフランス料理から野菜のテリーヌと、縁起物でもあるハマグリのお吸い物にしたし。
料理の色まで統一してしまって、祝いの慣例とかにされると困るなと思ったのであえて彩りあざやかな前菜にした。
「常に考えることを教えているものね。でも大丈夫よ。変えることもまた久遠家の伝統だから」
メルティが大丈夫というならいいか。
婚礼料理に関しては、縁起物を使うことと先ほどにも挙げたがメニューが固定化しないようにと話し合った。食前のケーキがいつの間にか習慣になっちゃったからね。
ちなみに合同でのお披露目の宴は昨日と今日の二日続き、三日目はそれぞれの家でのお披露目の宴となる。それもあって清洲城での宴は今日が最後だ。
まあ、エルたちは三日目も料理を作るので、今日明日は忙しいんだけどね。
昨日の宴の雰囲気はよかったよ。名のある人たちも大勢出席していて、名門に恥じぬ婚礼だったと思う。
他国から来た尾張に馴染みがない人たちは、尾張の様子と久遠流の婚礼に興味津々だったみたいだけどね。
朝廷や畿内との関係を気にする者もいるが、そもそもすべてを頑なに合わせているわけじゃない。それぞれの家や地域により独自色を出しているところだってある。
各地から来た人たちは、どちらかというと尾張の賑わいと豊かさに驚いているだろう。それぞれが領地を持ち、村単位で争う世界からすると尾張は別物だからなぁ。
尾張を見て、少しでも争わないようにと変えてくれる人が出てくるといいけど。難しいだろうな。
Side:武田晴信
今宵もお披露目の宴はあるが、ひとまず安堵する。
わしも今川も小笠原もすでに争う気などないが、いざ因縁を水に流して婚姻を結ぶとなると難しきことの連続であった。
人とはなんと難しきものか。改めて思い知らされた。
ただ、ひとつの懸案が片付くと次の懸案が出てくる。婚礼に出席した各地の甲斐源氏の者らが、斯波家と織田家と誼を結び、あわよくば己の所領の安堵などの利を得ようとする。
浅ましき者らなれど、拒絶してしまうわけにもいかぬ。
家老衆とは事前に話をしており、誼を深めるのは構わぬし、わしが身銭を切り助けるのも構わぬが、それ以上は織田家として好ましくないと言われておる。
もっとも斯波家ではこの手の話が多くあるものの、武衛様は聞き流して多少の品物を与えて終わるという。
南部殿の話では奥羽の一門ですら義理程度の扱いしかしておらず、そこらの国人と変わらぬ待遇だとか。
要らぬ前例は作りたくない。婚礼に参った使者らには相応の土産を持たせて返すくらいはするが、それ以上の助力などする気はない。
今まで通りでよかろう。
Side:小笠原長時
武田も今川も苦労をしておるのであろうな。ふとそんな言葉が出そうになる。
婚礼にと祝いの使者を出したところは感謝せねばなるまいが、己の都合がいいことばかり並べて利を得ようとする。
内匠頭殿が血縁を結ぶための婚姻を好まぬのも、よくよく話をすると理解してしまう。婚姻を結んだとて、争い裏切るのだ。まして血が遠くなった一門など他人より始末が悪い。
さらに知らぬ間に一門が増えておるのだ。系図として繋がりはあるが、まことに血がつながった者なのかすら確かめようがない者すらおる。
まあ、愚痴をこぼすほどのことではないがな。
目の前で頭を下げる仁科を見て、ふと左様なことを考えてしまった。
「申し訳ございませぬ」
使者を歓迎する料理を作っていただくために来ておられる内匠頭殿の奥方を、下女と勘違いしたとは。運がないというか、迂闊だというか。
「構わぬ。先方が怒ったわけではあるまい。念のため、あとでわしのほうから謝罪をしておく」
人のことは言えぬな。他者への態度は常々気を付けねばならぬ。
「仁科殿はまだ日が浅い。故に誰も気にしておるまい。ただ、気を付けられよ。尾張には立ち居振る舞いと身分が違う者もおる。内匠頭殿が自らの猶子とした牧場と名乗る者など特にな」
他にも立身出世をして立場が変わる者など多いからな。目下だと思い非道な扱いをしておったものの、立場が替わってしまい困ったなどという愚かな話も時折聞くことだ。
「はっ、胆に銘じておきまする」
「今は使者の出迎えを頼む。そなたがおることで因縁など終わったと示せる。互いに愚か者として名を残したくあるまい? 婚礼が終わっても冷遇などせぬ故にな」
内匠頭殿は自らの側近であっても、常に敬意を払い接しておる。あの姿は真似るべきだ。身分や立場があるからと頑なな振る舞いをしたとて、京の都の公家衆のように相手にされなくなれば終わりだ。
いずれにしろ信濃衆など信が置けぬことは変わらぬ。他家多勢と思い丁寧に接しておけば間違いあるまい。














