第二千百六十九話・三国婚礼・その二
Side:シンディ
婚礼までもう少しとなった頃、私と司令は、武田太郎殿、今川彦五郎殿、小笠原又二郎殿と、三人に嫁ぐ姫たちだけを呼びました。
今頃、守護様と大殿は三家の当主と会っているはず。私と司令は婚礼を挙げる当人たちと婚礼前に話す場を設けましたわ。
「ささ、どうぞ。ゆるりとしてください。まだ婚礼の前なんですから」
司令はなるべく六人が緊張しないようにと心掛けておりますが、それでも皆、緊張した面持ちでしょう。一番、落ち着いているのは彦五郎殿ですね。
「かような婚礼は尾張でも初、これ以上ない誉でございますなぁ」
そんな彦五郎殿が、この場で婚礼を喜んで見せました。さすがは史実で生き残った彦五郎殿ですわ。
「そう言っていただけると、皆も喜びますよ。今日のために随分と悩みましたから。ただ、ひとつだけ婚礼の前に言っておきたくて……」
そういうと司令は紅茶を飲み、顔つきが少し変わります。
「この婚礼は皆様方の思うままにならないものです。周りの者や後の世のために行われます。見届け人は守護様と大殿ですしね。婚礼もウチの流儀という形にしました」
個人に背負わせるには少し重い事実です。司令はそれを随分と悩んでいましたね。それ故に設けたこの場なのですわ。
「ただ、すべてを背負わなくていいです。家は一族が、国はその国の者が皆で守るものですから。婚礼はおふたりが共に生きるための儀式でもあります。それだけは忘れないでください」
その言葉には、さすがの彦五郎殿も固まりました。他の五名は無論のこと。意味が理解出来ないのかもしれません。あまりに荒唐無稽な言葉に聞こえたのかも。
「互いに添い遂げる相手とよく話をして、共に生きる道を見つけてください。喧嘩をしたっていい。頭を冷やすために離れてもいい。それでも時をかけて向き合ってください。それだけでいいですから。あとは、なにかあっても私たちがなんとかしますから」
驚き戸惑い、信じられない。そんな感情が六人から見られますわ。家を背負い、家や一族で生きる者たちに、個人で生きる心構えを説くのは司令だけでしょう。
無論、司令もこんなことを言うのは最初で最後かもしれません。それだけこの婚礼は異質で重いもの。三家とも歴史と伝統がある名門であり、今も京の都と縁がある。縁ある先からあれこれと言われるかもしれない。
逆らった。裏切った。縁ある者たちから、そういわれる恐れもある。
だからこそ、どんな苦境があっての乗り越えられるように、当人同士が向き合うことをきちんとしてほしい。新しい形で矢面に立たせる立場にしてしまった、司令なりの罪滅ぼしなのかもしれません。
今はまだ理解出来ないかもしれない。ただ、いつか司令の思いを理解してほしい。私が願うのはそれだけですわ。
Side:久遠一馬
いろいろあったけど、婚礼を行うことに関してはみんな喜んでいる。
悩み、迷い、苦しみ。ひとつの決断をするだけでも簡単ではない。
「うん、いいんじゃないかな」
婚礼の会場のチェックを行っているが、問題ないと思う。まあ、形式なものだ。そもそも久遠流の婚礼というのは明確な形をそこまで決めたわけじゃない。
朝廷から始まる伝統と権威と違うことをする以上、相応にみんなが納得する理由が必要になる。現時点では、それが久遠家になっているのは変えようがない事実だ。
上座には三組の新郎新婦が並び、テーブルと椅子による婚礼だ。くっつけて長く並べたテーブルに白い布をテーブルクロスとして敷くと、一気に婚礼らしくなる。
ちなみに完全に日ノ本の形式を排除する必要はない。あくまでもオレたちの結婚式をモデルにしただけだし。三三九度もちゃんとやる。
「婚礼って難しいね」
さっき当人たちと話したままシンディと確認をしているが、ついついそんな言葉が出てしまった。
オレの生きた時代は、お見合いなんてのは上流階級や一部地域以外では一般的には廃れていた。故に、どうやっていいか迷う。
結婚関連に関しては、必ずしも元の世界を参考に出来ないんだ。結婚の価値も役割も、この時代と違い過ぎて。
「皆、それぞれ己に与えられた立場で生きるものですわ」
そうだね。それは分かっている。
名門クラスになると、別に夫婦仲が悪くても困らないんだけどね。冷たい言い方をすると。側室に子供が出来れば困らない。正室は実家と嫁ぎ先を繋ぐ仕事みたいなものだから。
ただ、出来れば向き合って共に生きる道を最初くらいは示してやりたいんだ。
余計なお節介だと呆れられるかもしれないね。でも、やれるだけはやりたい。
Side:菊丸
婚礼があるせいか、今日は祭りがあるような賑やかさが町にはある。
家と家が結び、それぞれの一族が生きるための婚礼が、尾張では新たな友を迎えるような、そんな喜びとなっておるように思える。
信濃・甲斐・駿河、これらの領国の元守護が久遠流で婚礼を挙げひとつになる。未だに裏切るのではと疑心が消えなんだ武田と今川が、これで誰もが認める織田の家臣となろう。
「殿下は困っておいでであろうな」
思わず出た言葉に与一郎が返答に窮したのが分かる。
「殿下は一馬らの信を得て対等に話せる数少ないお方だ。されど……」
おひとりで出来ることは限られておる。一馬らは周囲の者に光明を見せることで共に生きる友としてしまうのだ。
頼朝公然り尊氏公然り、いかに味方を増やすかということに腐心して天下をまとめた。そういう意味では、一馬のしておることも本質は同じ。手法はまったく違うがな。
あれだけ一馬らを悩ませた今川でさえ、今や東の抑えを任されておるほど。公卿公家に寺社に足を引っ張られておる殿下では、次から次へと味方が増え変わり続ける尾張の相手をするのは難儀しておろう。
先ごろには、前古河公方が春たちに力になると言うたとか。口だけの恐れもあるが、この婚礼を知ればあの男もまことに力を貸すかもしれぬ。
オレは、東西に分かれた足利をひとつにまとめられるか?
「与一郎、少し手伝いに行くか」
「はっ」
そこまで考えて清洲城に手伝いに行くことにする。
すべては終わってみれば分かることだ。今はこの婚礼を共に祝うとしよう。














