第二千百六十八話・三国婚礼
Side:今川義元
同盟ではなく因縁ある相手と婚礼か。世の移り変わりとはなんと早いものか。
本日行われる婚礼のため、わしは清洲に参っておるが、武衛様に呼ばれ武田殿と小笠原殿と共に南蛮の間に参上した。
共におられるのは大殿のみ、なにかあったのかと武田殿と小笠原殿の顔が強張る。
「大事ではない。婚礼の前に少し茶でも飲もうと思うてな」
その言葉に安堵した。この日のためにいかほど苦労をしたか。多くの者が争い命を落とした。それも世の常であろうと思うが、末代まで続くかと思われた因縁をわしの代で終わらせる。これもひとつの功と言えよう。
今更、有象無象の者に邪魔されてはかなわぬ。
武衛様は自ら煎茶を淹れると、大殿が自ら我らの下に茶を持ってきてくださる。その姿に若い武田殿が驚かれたのが分かる。
「思えば、皆、苦しき世を生きてきたな。当主となり守護となったとて何一つままならぬ。一馬らはすぐに変えてしまうが、我らはひとつ変えるだけでも戦を覚悟して命を懸けることも時には必要であった」
茶を飲み武衛様のお言葉を聞きつつ、過ぎ去りし日々を思い出す。
この中で一番思うままに生きられたのはわしであろう。大殿もまた生まれ持った身分により楽ではなかったはずじゃ。小笠原殿も武田殿もまた同じ。
故に武衛様のおっしゃりたいことは理解する。
「わしと弾正もの。望んで乱世に挑んでおるわけではない。無論、一馬らもの。わしは定めじゃと思うておる」
もうすぐ梅雨とは思えぬ雲一つない空が窓から見えた。戻りたいか? 口には出されぬがそう言うておられる気がした。
「二度と戻りたくはございませぬ。雪斎が命を懸けて切り開いた道でございますれば……」
「某も戻りたくはございませぬ。父上を追放した日から甲斐を離れた日まで、心休まる日はございませなんだ。それに、いくら戦に勝ったとて京の都と畿内は我らを認めますまい」
「某は戻るとまた流浪の身になる故、戻る場所などございませぬ」
わしが思いを伝えると、武田殿と小笠原殿が続いた。各々で思うところはあろう。されど、心底戻りたい者はおるまい。
「よき日じゃの。かような日が続けばよいのじゃが……」
そのまま静かな茶席となった。
争い奪った先にも別の道があるのかもしれぬ。されど、左様な道を望むほど酔狂な者はおらぬであろう。
我らが因縁を終わらせることを世に示すことで関東もまた理解するはずじゃ。さすれば東国を統べる道が見えてくる。
家を残し、名を上げていかねばならぬ。これが我らの務め。いつまでも過ぎたる因縁で足の引っ張り合いをしておれぬのじゃ。
Side:セルフィーユ
料理場は戦場のようです。織田家と久遠家の主立った料理人が集まり、今夜の婚礼で出す料理を作っているのです。
元守護家同士の婚礼。これだけでも滅多にないことですが、それが因縁を終わらせるために主命として行われる婚礼となれば、その重要度はさらに増します。
「セルフィーユ様、味見をお願い致します」
私はエルと共に全体の管理をしつつ調理をしています。そんな中、孤児院出身のお梅殿に頼まれて味見をします。
「うん、いいわね。そのまま少し煮込んでちょうだい。煮立たせないように気を付けてね」
「はい!」
ほんとみんなよく頑張ってくれているわ。
因縁やら元守護家やら、いろいろとあるけど、料理を作る者たちは常に美味しい料理を作ろうと最善を尽くしている。
ただ、そんな仲間たちを私は見張らないといけない立場でもある。誰かが毒を盛る可能性がわずかでもあるならば、警戒しないといけないのよね。
無論、そんなことを望んでする者はいない。ただ、脅迫されたりしてやってしまう可能性はゼロではない。
この婚礼にはそれだけのインパクトがある。
もっとも、シルバーンですらその兆候は掴んでおらず、実際に動いている者がいるとは聞いていないけど。
それにこの場には、私たちとバイオロイドが十人以上いる。安全性は限りなく保障出来るわ。
いい婚礼にしてあげたい。結婚する者たちのためにも。この婚礼で因縁を終わらせようと努力した者たちのためにも。
さて、婚礼の宴の刻限に合わせてもうひと頑張りしますか。
Side:仁科盛康
尾張に来て落ち着く暇もなく婚礼だ。
もっとも、婚礼の前に参らねばと急いできたのだが。慶事の前と後では心証が違うからな。
今日、わしは婚礼の祝いを持って屋敷に参る者らの応対をしておる。
「さすがに喉が渇いたな」
朝から休む間もなく働いたからか、水が欲しくなり近くの台所へと足を運んだ。台所では料理人と女衆が婚礼の祝いに参る者らを歓迎する料理などを作っておる。
「そこな女、水をくれ」
先日来たばかりで誰が誰だか分からぬが、近くの女に水を頼むと、女は顔色一つ変えず、なにも答えぬまま水瓶から柄杓で水を椀に汲むとこちらに差し出した。
この女、口が利けぬのか? そう思うた時、女は小首を傾げた。
「あいり~、どうかしたの?」
近くでかがんでおった別の女が立ち上がると、血の気が引くのが分かった。黒い髪ではなく焦茶の髪を短くしており僅かに色黒な女なのだ。目の前の黒髪の女をあいりと呼んだが……。
まさか……。
「おにぎりも食べる?」
口が利けぬと思うておった女が口を開いた。ではない! この女らは、まさか!?
「仁科殿! このお二方は内匠頭様の奥方様でございます!!」
別の下女、先日ちらりと顔を合わせた女が慌てて教えてくれたが、時すでに遅し。
「ご無礼致しました。まことに申し訳ございませぬ」
何故、かような場におるのだ。っとそれどころではないな。今はただ無礼を謝罪するしかない。
「僕はプロイ、こっちはあいり。気にしなくていいよ。祝いの使者への歓迎で差が出ないように手伝いに来ているだけだからね。あいり」
「うん、おにぎり食べて励んで」
お二方はわしに握り飯を手渡すと料理作りに戻られた。
いかにすればよいのかと戸惑うてしまうが、よいと許された以上、わしが口を出すことではない。あとでお叱りを受けるかもしれぬがな。
しかし驚いたわ。何故、かような下女の真似事をしておるのだ。久遠家の奥方衆は並みの女ではない方々だと聞き及んでおったが。
序列が低い者か? いや、断じるのは危ういな。婚礼そのものが久遠家の仕来りを取り入れると聞いた。それ故に来られていると見るべきか。
尾張に来て早々、失態を犯してしまうとは。なんたる不覚。














