第二千百六十七話・新しき流れのままに
Side:イザベラ
信濃の統治に関して報告を受けているけど、なかなか難しい国ね。
ただ、将来性はある。山も木々も資源の宝庫なのよね。さすがに関東平野や濃尾平野のようになることはないけど、信濃には信濃の良さがある。
懸念は人かしらね。
「ふたりとも我慢強く治めているわね」
ウルザもヒルザも、どちらかというと人情家なのよね。従わない者、勝手をする者、それなりに多いけど時間をかけて従えようとしている。
甘いと思うわ。無論、私は代理として来ただけだから、ふたりの方針を引き継ぐけど。
「申し訳ございませぬ」
私の言葉に小笠原民部大輔殿は、真意を察しきれないものの謝罪した。
「貴殿を責めているわけじゃないわ。勝手をする者を少し見逃しすぎじゃないかと思うだけ。でもそれは私の私見だから。ウルザたちのやり方は変えないわ」
寺社による塩など戦略物資の横流しや寄進の強要、土豪などはあの手この手で元所領の実権を握ろうと動いている。
ウルザたちはシルバーンや織田家と久遠家のバックアップもあることで、甘やかしても治められることもあって少し対処が甘いのよね。個人的には今川殿のように断固たる処罰をしたほうがいいと思うけど。
民部大輔殿と細かい現状を話していると、信濃望月家の者が姿を見せた。
「申し上げます。仁科三社が慌てておるようでございます。仁科殿が尾張に行くことを知ったと思われます」
「仁科の一族郎党は?」
「概ね謝罪が終わってございます。責を負うために隠居して代替わりした者はおり、隠居した者のうち半数ほどは残り帰農するとのこと」
まあ、謝罪はするわよね。織田家中に仁科が残れることが決まれば。謝罪しないと後で報復されるかもしれないし。
仁科も酷い者のみを隠居させてあとは許した。普通の処分ね。
それを知った仁科三社は、自分たちだけが取り残された形になって慌てたってところかしらね。
「仁科は小笠原家臣、叱りつけることもあれば許すこともあるわ。臣下と寺社とは違う。理解していないのかしら? 誰か分かる?」
「お恐れながら、理解しておらぬかと……」
答えたのは諏訪殿だった。まあ、分かっていたら、こんなことになっていないわよね。諏訪殿は理解していたから、今ここにいるわけだし。
「小笠原家と仁科家の不和を見て、三社は仁科家を切ろうとした。ところが切られたのは三社だった。これぞまさに自業自得かしら」
尾張が仁科三社に冷たい理由はそこもある。寺社奉行を筆頭に寺社関係者も尾張には多いが、長年世話になった仁科家を見捨てたように見えた仁科三社は信を得られなかった。
「ああ、頼まれて仲介するなら好きにしていいわよ。私たちはしないけど。ただし三社が発端とする神宮とのいざこざは今も解決していない。加減を間違えると神宮に恨まれるわよ。仲介する以上はちゃんと三社の手綱を握ること。分かるわね?」
「はっ!」
そろそろ三社も落ち着いてほしいところ。ウルザなら許す方向でしょうね。司令たちは越後の動きを見るため泳がせているけど、信濃の安定を考えると解決してもいいはず。
高原野菜を漬物にするのとか唐辛子とか評判いいのよね。仁科と三社に労力を注ぐよりも、生産量増やしたほうがみんなのためになるわ。
そっちのほうで少し進めておこうかしらね。
Side:久遠一馬
武田、今川、小笠原の婚礼の儀が迫っている。これ、ウチも深く関与しているんだよね。
三家の婚礼をどうするのか。そこを起点に難題がいろいろとあった。
最初はそれぞれ別に婚礼を挙げる従来の形を基本として三家で検討したが、これがまた面倒なことが多すぎた。
三家に序列を付けるのか? どこの家から婚礼をやるのか? それとも同日同時刻にやるのか? その場合、出席者はどうするのか?
家柄、血筋、面目、考慮するべきことが膨大にある。同時に三家に対して織田家として序列を付けることに評定衆は消極的だった。
無論、織田家として細かい作法や形まで口を出す必要はないし、そんなつもりは誰もない。ただし、今の織田家では婚礼の形すら変わってしまった。主にオレたちのせいだけど。
古い習わしと尾張流の婚礼と久遠流の婚礼、どれをやるのか? それひとつとっても三家で合わせる必要がある。
因縁やらなにやらと危うい空気もがあったこともあり、関係改善をしつつ婚礼の形も検討されたんだ。年単位の長い期間をかけて慎重に慎重を期して今に至る。
「時には口を出す必要もあるか。難しい立場だね」
「仕方ありませんよ。上で決めたほうが上手く行く時もあります」
エルと顔を見合わせて苦笑いしてしまった。
結局、オレたちと信長さんたちで大きく関与して、三家の婚礼を決めた。前例として使ったのは、オレたちの結婚式だ。
お清ちゃんと千代女さんとの結婚に際し、エルたちとも改めて式を挙げた。尾張では信長さんの婚礼とオレたちの婚礼が基本となって、今ではほぼその形になるだろう。
それもあって、今回は三家で合同結婚式となる。
さすがに合同結婚式はオレたち以外では初だが、なんか久遠流の婚礼となる形が一番収まりがよかった。三家としても久遠流なら面目が保てると考えてくれたし、織田家で生きていくときちんと示せると喜んでくれた。
媒酌人は義統さんと信秀さんで、見届け人として義信君と信長さんも出席する。そのうえで婚礼を久遠流にするんだ。
なんというか、挙国一致婚礼という様相になった。
「政略結婚なんだけどなぁ」
「みんなが安心出来る婚礼。素敵じゃない」
正直、あまり好きなことじゃない。言葉には出さないが見抜かれたらしく、メルティには、わざわざ安心という言葉を使って釘を刺された。
まあ、理解はしている。だから協力もしたしね。婚礼を挙げる者たちを事前に合わせるとか、織田家の行事に呼ぶとかいろいろと動いた。
「今川殿と武田殿のところには、未だに諸国から文が届くからなぁ」
家中でも今川と武田はいつか独立するんじゃないのかと疑う人がいるし、余所では武田と今川が、今でも事実上の独立状態だと思っているところが割とある。代官と知っていても名前が違うだけで、その気になれば挙兵出来ると思っているんだ。
現状だとそれをうまく使って情報を得ているんだけどね。武田も今川も、そろそろきちんと示したいっていうのが本音らしい。
三家の因縁を終わらせ、織田家の盤石さを世に示す。
もう結婚する当人たちには重すぎる目的がのしかかっているからな。みんなで助けないと。














