第二千百六十二話・職人の本気
Side:真柄直隆
越前から文が届いたが、その内容にため息しか出ない。
「この期に及んで日和見とは、宗滴様の見立て通りとなったな」
三国同盟は盤石だ。三好、北条と東西の有力な者も従う姿勢を取っている。昨年には三好家の修理大夫殿の弟らが武芸大会観覧に来て、十河殿に至っては病の治療のため三月ほど滞在していた。
北条は久遠家が尾張に来た頃から友誼があり、嫡男である新九郎殿が幾度か尾張に来ておるほど。
さらに丹波守護である細川右京大夫殿と、前古河公方殿も公方様に従う様子だ。事実上、三国同盟と争う気がないと示した。
にもかかわらず、朝倉は斯波家に頭を下げることでまとまれぬとは。ただ、これは朝倉が悪いと一概に言い切れないものがある。越前の国人衆らもあまり乗り気ではないのだ。
斯波も織田も所領を認めず国人を厚遇せぬからな。因縁ある者もおり、冷遇されることや、かつての責を負えと言われるのを恐れておる。
「父上は腹を括ったようだな」
昨年末にはオレの妻子も尾張に来ておるが、父上からは妻子を越前に戻さずともよいとの文が届いた。
倅は織田の学校にでも通わせるか。
「と申されますと?」
「オレが戻らずとも越前の家と所領は困らぬということだ。代わりはいくらでもいる。ただ、斯波家と織田家の下で生きる真柄家の者はオレしかいない」
長いこと共にいる近習が驚いた顔をした。まあ、当然のことだがな。
斯波と織田がこのまま広がれば、所領というものはなくなる。越前の所領分の俸禄はいただけるのであろうが、朝倉次第ではいかになるか分からねえ。
織田家や久遠家と縁が出来た現状を捨て去るなんて、あり得ないってことだな。
「なんと……」
「外で漏らすなよ。ただ、宗滴様も朝倉の殿も戦を避けたいんだ。これは朝倉家のためでもある」
「確かに、勝てるとは思えませぬが……」
勝ち負けどころじゃねえよ。織田が本気になれば、戦の前に大義名分を潰されて味方の裏切りで自滅する。仏の弾正忠の恐ろしさを越前のやつら理解してねえ。
今川が降ったどさくさに紛れて頭を下げておけば、悪いようにはならなかったんだがな。
「人は己の見たいものを見て、信じたいものを信じるそうだ。同じ世を見ていても越前にいると見えるものが違うのだろう」
若狭、越中、越後と北は織田の手が及んでないからな。勘違いしているのが分かる。
織田じゃもう、面倒な地は要らぬとさえ言われるからな。他国が変わらぬまま貧しくなり飢えたところで知らぬと言う者が多い。
かような地が困るだろうと懸念しているのは、内匠頭殿とか僅かなお方だけだ。
ともかくだ。オレはこの地で生きるしかねえ。
Side:久遠一馬
装甲大八車、劣化型。名称をどうするかと相談されたので二型とした。対鉄砲のほうは一型だ。仮称なんだからシンプルでいい。あとで変えるなら変えていいよと言っておいたけど。
気になったので試験段階の報告書を取り寄せたんだけど、普段は荷物運びに使ったり出来るから用途は幅広いらしい。
さらに分解して奥羽領に送る分を用意してくれていたし、奥羽領では違う材質でも作れるように竹を使わない形も考えてくれている。寒い地域だと真竹や孟宗竹とか自生していないんだよね。
「ただただ褒めるしかないね」
ギャラクシー・オブ・プラネットの頃には、オレもいろいろと武器や艦艇を作ったりしたけど、必要な時に必要なものを揃えるって難しいのに。
「この傾斜を付けるというのは……」
セレスが唖然としている。装甲に傾斜を付けることで鉄砲や弓矢への対処能力が高いと職人衆から報告が上がっているんだ。
装甲大八車、一型二型ともに奥羽領で作る時には、一定の傾斜をつけるようにと助言付きの設計図まである。
確かに武官と警備兵に配備してある対鉄砲用の盾は、元の世界の知識もあってウチで設計したので若干の丸みを帯びているけどさ。傾斜装甲なんて、さすがに誰も教えてなかったのに。自力で見つけてしまった。
「季代子たちは喜ぶわね」
メルティの言う通りだ。喜ぶだろう。あっちは領内の反乱とかまだあるし。兵の負傷も多いから。
「試しのために、何台もの装甲大八車潰していたんよ」
ああ、去年は帆乃香を産んだことで産休だったために、この件は直接指導までしなかったらしいが、船の設計もする鏡花は職人衆と親しいことで内情を知っているらしい。
船大工とか宮大工も装甲作りに参加していたみたいだ。技術者の凄さを見せつけられたなぁ。
「これなら近江御所にも出してもいいかもね」
織田家評定の許可が下りるか少し不安だけど、というか輸出用に傾斜抜きの形を考えてもらったほうがいいか?
実は、近江御所と詰め城、支城の建設が進んでいるが、防衛をどうするんだという議論から、ウチの弩と焙烙玉を欲しいとの意見が近江の奉行衆からある。
さすがに金色砲を欲しいとは言えないみたいだけど、鉄砲と一緒にそれらを揃えたいという内々の問い合わせがあるんだ。ただ、織田家評定衆はあまりいい顔をしていない。
火薬の原料の硝石などと、西国辺りでもある焙烙玉の素材提供までは合意しているんだけどね。弩は評定衆で合意が出来ていない。
はっきりいうと横流しするのではと疑っている。義輝さんの政権、寄せ集めだからね。そもそも義輝さん自身も時期尚早だと言っているくらいだ。万が一横流しされたら処分とか後始末が大変になるから。
輸出用の装甲大八車くらいならいい気がするんだけど、これも揉めるだろうなぁ。
義輝さんってより、政権内にいる畿内と繋がる人に対する信頼度が限りなく低い。戦術的にも近江で造られている鉄砲と焙烙玉でいいだろと言われるとその通りだしね。
ただ、奉行衆としては、織田とウチから手に入れた武器が欲しいってのがある。信頼度とか安心感が違うんだろうね。気持ちは理解する。
正直、奉行衆もこのまま争いが途絶えるとは思ってないんだよね。叡山とか畿内とか、どこかが蜂起する可能性が高いと見ている。
織田領内はどんどん変わるけど、畿内以西は史実とあまり大差ない戦国乱世だからなぁ。
とりあえず提案だけでもしてみるか。














