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戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。  作者: 横蛍・戦国要塞、10巻まで発売中です!
永禄五年(1559年)

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第二千百五十五話・美濃視察

Side:斎藤正義


 稲葉山城麓にある斎藤家の屋敷では、久しくないほど慌ただしく皆が動いておる。


 若武衛様、尾張介様、内匠頭殿が揃って訪れるということで、落ち着けというほうが無理であろうな。


 ひと昔前とは違う。今の斎藤家と織田家の間に憂いはあまりない。此度の美濃入りも美濃における品物の流れと水運と街道について見分するためとか。


 ただ、義父殿だけはいつもと変わらぬ。


 かつては近習の者すら恐れを抱かせるお方が、いつの間にやら穏やかになられた。家督を自ら譲り、美濃代官を退くのも遠くないと言われておる。


 逆らえばなにをされるか分からぬ恐ろしさがあったお方なのだがな……。


「大納言よ。案内はそなたが致せ」


「はっ、畏まりましてございます」


 正直、昔のほうがなにを考えておられるか分かりやすかった。今はわしも察することが出来ぬ。蝮と恐れられた頃の牙がないと侮るつもりなどない。故に今のほうが恐ろしいかもしれぬ。


「ふむ、近衛の血を引くそなたも重荷と感じることはあるか」


 わしの心情を察するように面白げに笑みを見せられた。これだから恐ろしいのだ。


「近衛の血が助けとなればよいのでございますが、むしろ妨げとなるやもしれませぬ」


 取り繕う必要もあるまい。素直に思いを語る。


「近衛として生きるつもりがないならば、血筋とて忘れてしまえばよい。斎藤一族として生きればよかろう。そのほうが楽であろう」


「義父殿……」


「ものは考えようじゃ。都の公卿や、そなたの実の父である殿下はそなたを羨んでおると思うぞ。大殿は臣下を見捨てることは決してあるまい。わしですら、名を上げ汚名をそそぐ場を与えて下されたのだ」


 確かに、義父殿の言われる通りかもしれぬ。わしは矢面に立たずともよいのだ。公家が疎まれておる今の世を思えば、わしは恵まれておるのかもしれぬ。


「ここだけの話、公卿公家は今のままでは生き残れまい。院と帝ともあまり上手くいっておらぬとか。それに……」


 小声でそこまで言われた義父殿は、わしに近う寄れと手招きをした。わしは命じられるまま、二度ほど止まりつつ義父殿に手が届くほど近くに進んだ。


「このまま残せば、必ずや憂いとなる。大殿や内匠頭殿がおらぬ頃に日ノ本が荒れるぞ。残しておけぬのだ。わしも直に聞いたわけではないがな。それを見過ごす方々ではない」


 さらに義父殿からも動かれ、近習にも聞こえぬほど近くにこられると耳打ちするように囁かれ、離れられた。


「よいか。今のこと決して忘れてはならぬぞ。そなたは道を誤りそうじゃからの。今のままでよいのだ。血筋はすべて終わった頃に思い出せ。いずれそなたにもその時が分かるはずじゃ」


「……ははっ!」


 最早、乱世ではない。織田家ではそう語る者もおるが、義父殿はこの先もまだ荒れると見ておられるのか。


 そういえば義父殿は数年前に役目も退くつもりだと言うていたことを思い出した。周囲はそう言いつつ辞めぬはずだと噂しておったが、その実、役目は引き留められたというくらいだ。


 今一つ理解出来ぬところもあったが、何故、義父殿が今も美濃代官としておられるか分かった気がした。




Side:久遠一馬


 井ノ口の町、しばらく来ないうちに変わったなぁ。町が広がり、複雑に入り組んだような中世独特の町が区画整理されている。


 町の人たちの服装と様子から生活水準が分かるけど、尾張の主要都市と同レベルだ。オレたちが町に入ると、少し騒めいたけどね。


 あまり仰々しい扱いは好まないけど、普段来ない場所だと驚かれるんだよね。


 オレたちはそのまま斎藤家の屋敷に入る。ちなみに天下の名城である稲葉山城は健在だ。ただしその名の通り山城なんだよねぇ。平時では不便で仕方ないこともあり常駐の兵を置いて管理しているだけになる。


 一時期、廃城にしてもいいのではという献策もあったけど、今でも維持している。軍事的には正直、そこまで必要とは言えないんだけどね。備えは残しておいて損はないし。


 武官衆が攻城戦や城防衛の訓練に使ったりもしている。


 水軍衆が答志島の城を求めた際に判明したんだけど、合理的な人は城や砦の整理を割と進めたがるが、領民を含めて全体では城という軍事拠点があると安心するという意見が割と多い。


 まあ、小規模な砦とかは、災害避難とか使い道がない場合は取り壊しているけどね。


 ちなみに廃城にした平城はあまりない。今では元領主が手放すことも増えたんだけどね。城とか屋敷、持っていると維持管理費と税金がかかるから。織田家に売却して代官として住んでいる人が割と多い。


 末端の代官、立身出世と引き換えに旧領から離れる人がそれなりにいるからね。そういう人は故郷にほどほどの広さの屋敷を別に構えるみたい。


 城は備蓄用の蔵を増やして役所として活用している。堀とかあって盗人も簡単には入れないし、学校とか診療所として使っている。


「ご無事の到着、祝着至極に存じます」


 今回は義信君がいることもあって、きちんとした出迎えを受けた。個人的には、今もこういう扱いはあまり好まないけど。義信君とか信長さんが受けるのはいいと思う。


 一通り挨拶を済ませたら、オレとエルたちは美濃の文官衆と話すために席を外す。


 報告は常に上がってくるようにしているけど、現地に行くと報告をするまでもないと細かい報告を上げていないことが割とある。


 無論、ダメ出しをするつもりもないし。代官である道三さんを越えて注意する気もない。ただ、尾張に戻ってから相談して改善することはあるんだ。


「上手くいっているようでなによりです」


 ちょっと緊張気味の文官衆から細々と説明を受けていくが、取り立てて問題はない。美濃は隣国であるし臣従が早かったからなぁ。


「気になるのは紙の件でございましょうか」


 ただ、遠慮がちに報告する文官衆から相談されたのは紙の問題だった。


「領内は満足とは言わないけど足りているはずだけど」


「畿内への流通量では?」


「ああ、そっちがあったか。そっちはなぁ」


 オレたちが日ノ本に来る以前から美濃は美濃紙の産地として有名で、紙市が開かれ畿内を筆頭に諸国が買っていく。ところがオレたちが来て以降、美濃紙は織田家と領内でほぼ買い付けちゃうからね。


 今だとわら半紙の産地でもあるけど、こちらは織田家と領内向けとして販売している。わら半紙はウチが教えたものだから、流通先もウチで管理しているんだ。


 ちなみに同じく上質な紙の生産をしている越前紙だが、こちらも昔と比較すると多くの紙が尾張に売られている。越前紙に関しては市場原理そのもので、単純に畿内に売るより利益になり欲しい品が手に入るから流れてくるんだけど。


 結果として畿内に流通する量が減った。


 美濃紙、以前は近江枝村の商人が紙座として独占していたが、とっくの昔に有名無実化しているからなぁ。座とか今も残っているところはあるが、領内は商人組合や職人組合が吸収しちゃったし、近江の場合、友好勢力ということで尾張の品物を取り扱うことでこちらに逆らうことはまずない。


 貨幣価値の安定と流通する良銭により、同じ値段なら織田領内に売ったほうが儲かるんだ。


 畿内の商人は紙が欲しいというんだけどねぇ。まあ、紙の生産自体は大和や奈良でもしていることだ。なくなって困るほどでないことで問題にはなっていないが。売ってくれという嘆願は多いようだ。


「紙職人と紙市の検分もしておくか。手配をお願いします」


「はっ、畏まりましてございます」


 こっちも確認したほうがいいな。職人の待遇も気になるし。




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書籍版戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。

第十巻まで発売中です。

― 新着の感想 ―
第二千百二十六話で年明けてるから、章題は永禄四年(1558年)から永禄五年(1559年)にしなきゃね
名前の後ろがまだ「九巻」のままですが
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