第二千百三十八話・春祭り
書籍版、10巻よろしくお願いいたします。
Side:望月千代女
そろそろ刻限です。独り身の者たちでの宴。家中や忍び衆、警備兵などからも集まり結構な人数になりました。ただ……、銀次殿はやはり来ませんか。
ここ数年は警備兵や火消し隊など、家中以外からも宴に出る者がいます。自らの意志で婚礼を結ぶ者を選ぶ。民ならば、さほど珍しいことではありません。
ただ、殿と話をして、家中以外から宴に出る者にはひとつの掟を守るように求めております。それは、自らの意志で相手を選ぶことが出来る者であることです。
久遠家中との縁を目当てに来る者は断っております。そちらは一族や家同士で決めることとして当事者たちや殿がお決めになること。この宴は左様なしがらみがない者にのみ加わることを許しております。
しがらみを好まない銀次殿にはちょうどよいと思ったのですが……。
「来ましたぞ」
そろそろ始めようかと思った時、慶次郎殿が示す先に銀次殿がいました。相も変わらず人を疑わせるような笑みを浮かべた銀次殿は大八車を引いてきました。
「お誘いを受けて、ただ断るというのも無礼というもの。故に謝罪として酒を持参致しました。皆で飲んでくだされ」
樽に入った酒。中身は清酒のようです。領内向けとはいえ安くはないはず。
「そんじゃ、あっしはこれで」
「まてまて、ここまで来て、酒も飲まずに帰ることはないだろう。飲んでいけ。若い者に顔を売るのも悪うないはずだ。飯を食いに来たと思えばいい」
そのまま立ち去ろうとする銀次殿を慶次郎殿が止めました。私も止めようかと悩みましたが、私が止めると断れなくなる故、言えなかったのですが。
「……慶次郎様にそう言われては断れませんね」
少し困った顔をしつつ、銀次殿は宴の席に着きました。
「おお、銀次殿!」
「これは珍しい。さっ、一献」
他の者は十代と二十代前半が多い中、銀次殿は三十を過ぎています。いかになるのかと思うていると、驚くことに男衆が喜んで酒を注ぎに行きました。女衆はあまり知らぬようでその様子に驚いていますね。
まともに働かずなにをしているのか分からぬ怪しい男。そんな世評があるのも事実ですが、誰もやりたがらない裏の役目をして困った者を助けているのも銀次殿なのです。
幾年もそんなことを続けていることで、巷でも悪く言う者は多くありません。
「銀次殿は困っておる時に……」
「ああ、オレも助けてもらった」
あらあら、男衆の様子に女衆が興味深げにしていると、銀次殿が戸惑うようにしています。あまり会ったことがない方ですが、珍しい様子なのでしょう。慶次郎殿が面白げに笑みを浮かべているのがその証。
「やめとくれよ。あっしはそんなつもりじゃねえんだ」
ふふふ、思った以上に上手くいきましたね。妻を迎えるか分かりませんが、よきひと時となるはず。殿もお喜びとなるでしょう。
Side:久遠一馬
春祭りの賑わいがいいなぁ。暖かい気候と芽吹く草木に桜の花。希望にあふれる季節というのは言い過ぎだろうけど。
春を迎えるたびに、尾張は平和に慣れる人が増えていくような気がする。いろいろと苦労をしたけど、確実に成果を感じることが出来る。それが嬉しい。
「いかのぼり大会と観桜会は、余所から人が来ないから気楽だね」
ついつい本音が漏れると、一緒にいる妻たちが苦笑いを浮かべてしまった。お祭りで問題起こすのは、酒癖が悪い人か余所者だからね。
いろんな屋台や出し物があって見ているだけで楽しい。そんな中、子供たちが紙芝居を見て騒ぎ出した。
「おお、久遠様! さっさ、前へ」
紙芝居を見たいと騒ぐ子供たちの様子に、すでに見ていた領民の皆さんが正面を開けてくれた。
「ありがと!」
「かみしばい!」
邪魔をしちゃ悪いから遠くから見るだけでよかったんだけど、子供たちは嬉しそうに正面の特等席に行って座ってしまった。立っていると後ろの人が見えないしね。下にはござが敷いてあるので座って見るようになっているんだ。
紙芝居を読んでいるのはウチと関わりがないフリーの紙芝居屋さんだ。オレたちの顔をみて驚いている。あわあわと慌てて、次に読む紙芝居を選んでいると申し訳なくなるね。
オレと一緒にいる妻と子供たちを囲むように領民の皆さんがたくさんいる。百人以上見ているんじゃないだろうか。
紙芝居屋さんは台の上に乗っていて、紙芝居も元の世界でよくあったサイズの倍以上ある。元の世界で街頭テレビがあった頃の写真をみたことがあるが、そんな感じに見えるほどの人気だ。
こういう紙芝居の見せ方、いろいろあってほとんどは紙芝居屋さんが自分で考えているんだよね。
ちなみにこの時代では紙芝居屋さんはお菓子とかは売っていない。彼らの収入は見た人がお礼の銭を払うのと開催場所の寺社なんかが払う礼金だ。尾張だと安定して暮らしていけるくらいに収入があると聞いたことがある。
忍び衆の紙芝居屋さんも基本は同じシステムだけど、新領地あたりの小さな村とかに行く場合は、行商人と共に行動して村からお礼をもらうようになっている。
まあ、忍び衆はウチの家臣たちだからね。暮らすのには困らないけど。
少し待つと、緊張した様子の紙芝居屋さんが意を決したように紙芝居屋を読み始めた。本当に申し訳ない。
「うわぁ」
「ちーちとまーまだ!」
ああ、何の紙芝居をするのかと思ったら、里見との戦の紙芝居だわ。オレとジュリアの絵が描かれた紙芝居に変わると、子供たちが喜んで大騒ぎだ。
紙芝居屋さんはその様子にホッとしたのが分かる。
でもね、だいぶ美化されてない? ウチで最初に作った紙芝居より美化されたお話になっているんだけど。子供たちと領民の皆さんは喜んで見ているし、いいんだけどね。
一緒にいるエルたちも美化された自分たちの姿に少し恥ずかしそうにしている。こんな立派で凄そうな人じゃないから。オレたち。
ちなみに慶次とか信光さんも、美化された凄い武将になっている。
うーん、今日はジュリアが一緒じゃないからな。ジュリアが一番活躍しているこの紙芝居を見たら、どんな顔をするんだろうか。
まあ、元の世界でも創作物の登場人物とか、美化されたり女体化されたりしたしなぁ。こんなものなんだろうけど。
子供たちが喜んでいるならいいのかな。うん、そう思うことにしよう。














