第二千百三十七話・一月の桜
書籍版・戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。10巻発売します!
よろしくお願いいたします!!
Side:久遠一馬
一月も中盤を過ぎると、尾張は春だ。太陽暦だと三月だしね。
毎年二月にやっている海祭りより、今年はお花見のほうが先になるんだよね。困ったことに。暦と季節がずれるのは太陰暦のデメリットだろう。
「賑やかだなぁ」
お花見を明日に控えた那古野の町は賑やかだ。
花見、観桜会という名で呼ばれているお祭りだけど、今年も領内各地で行う。日程は尾張と美濃は明日から三日間だけど、他は、それぞれ桜や梅の花に合わせて領国や地域単位でお祭りをすることになっているんだ。
尾張に関して言うと、領民の皆さんも祭り慣れしつつあるんだよね。騒ぎを起こさないとか、迷子は助けるとか。この時代ならではの領民の皆さんの自主ルールのようなものもある。
昔は織田家として刃傷沙汰を禁止したりしていたんだけどね。公儀として形を示すと、武士も寺社も領民もそれに合わせて考えて動く。
正直、元の世界よりも優れているのではと思える部分もある。個人の権利を訴えるよりみんなで取り組もうとする意識が強いんだ。
そのまま清洲に来た。花見の準備をしている寺社を回っていると、近所の子供たちに出くわした。
「くおんさまだ!」
「おやくめごくろうさまです!」
寺社の境内で祭り準備を手伝っていた子供たちが駆け寄ってきてくれた。
日頃は学問や武芸を教わっている子たちだろう。何人かは武芸大会やお花見とか、お祭りの手伝いで声を掛けたことがある子たちだ。
「うわぁ、楽しそうだね」
「はい!」
少し大げさに褒めてあげると、子供たちは嬉しそうにしてくれた。
すでに桜も咲いていて、気の早い領民は数人で集まってお酒を飲んでいる人もいる。
そんな中、祭りのために掃除や露天市や屋台の支度が進む境内は、一足早く祭りと変わらない雰囲気と言えるだろう。
特に困った様子はない。子供たちと少し話をして、運動公園でも見に行こうかな。あっちも祭り会場になるんだ。
祭りを巡回しているけど、年月が過ぎるたびにオレのやることがなくなってみんなに声を掛けるだけになる。
ただ、オレに声を掛けられるのを楽しみにしている領民も多いと報告があるから続けている。
お坊さんたちとも少し話をしたけど、特に困っていることもなく万全みたいだ。頼もしいね。
Side:銀次
春か。近頃はあからさまにおかしな奴も見かけねえし、あまり面白いこともない。
「よう、相も変わらずか?」
狭い長屋の家で酒を飲んでいると慶次郎様が訪ねてきた。家を教えたことはねえんだがなぁ。ただ、それ以上に共にいるお方に驚く。まさか、小智様とは。望月家から久遠様に嫁いだお方だ。
未だ日ノ本から久遠様に嫁いだのは、このお方と看護様のふたりだけ。男より優れておると言われる奥方衆で見劣りしないだけでもたいしたものだ。
わざわざ何用だ?
「へへへ、なにか御用でございますか?」
「明日、当家の家臣のうち独り身の者の宴があります。来ませんか?」
小智様の言葉に驚く。あっしは日銭稼ぎに役目をもらうことはあるが、久遠様に仕えたつもりはねえんだがな。
「何故、あっしに? 妻を迎えるほどの身分じゃございませんぜ」
「甲賀から移り住んだ者たちのうち、古参で独り身なのは銀次殿だけですよ。案じておる者もおります。無理強いはしませんが、機会はあってもよいはず」
仕えろと言われるなら断るが、そうではないか。あれか、久遠家で行っている婚礼の相手探しの宴か。
「今日生きて明日のことを考えるだけで精いっぱいでございますよ」
「気が向いたらいらしてください。誰も無理強いなど致しませんから」
あまり気が乗らねえが、ふたりも察している。そんな顔をしているな。
「共に生きる者のひとりくらい、いてもよかろうということだ。それ以上の他意はない」
最後に慶次郎様はそう言い残して帰った。
妻を迎えるか。考えたこともなかったなぁ。いつ死んでもいい。そう思い今日まで生きてきた。いずこか、戦場とも言えぬ場で人知れず畜生のように死ぬのだろうと思っていたくらいだ。
あっしのことまで気にするとは、久遠様は民草の隅々まで見ているんだろうか。
そういや、いつの間にか尾張に長居しちまったなぁ。
Side:浅井久政
厠に行こうと廊下に出ると、春の暖かい風が吹き抜けた。昨日は冬と思うほど寒かったというのに、今日は打って変わって暖かい。
「また増えたか?」
「はっ、今届いた書状がございます」
厠から戻ると書状の山が増えておるわ。思わずため息が漏れる。わしは隠居した身のはずじゃがの。暇を持て余しておった頃が懐かしゅうなるわ。
御屋形様の下命で幾度か尾張に学びに行ったあと、わしは北近江三郡の代官を拝命したのだ。正直、誰もが驚いたはずだが、わしが一番驚いたと言えよう。
きっかけは幸次郎のことだ。尾張にて幸次郎の兄と騒ぎを起こした一件で、わしは御屋形様から叱責されると思うたが、与えられたのは叱責ではなく役職だった。
内匠頭殿と示し合わせ事を収めたことを認められたのだ。
皮肉なものよな。久遠家により尾張と美濃が様変わりしたことに納得いかず戦をしたわしは、無様に敗れ死を覚悟したが、生きよと諫めたのは久遠家の八郎殿だ。
かの者の言い分はもっとも。故に、すべてを失い恥を晒し生きるつもりが、今度は内匠頭殿と示し合わせて揉め事を収めたことで役職を得て今がある。
わしを見限った国人らを相手に、六角家の代官として北近江三郡を差配する。面倒も多いが、適任と自任するくらいには役目をこなしておる。
京極を傀儡として北近江三郡を浅井のものとする。小さな夢は潰えたが、浅井の家は残り、失うた面目を取り戻す機会すら得られた。
ただ、いささか忙しすぎるがな。
「幸次郎はいかがした?」
「はっ、先ほど使いに出してございます」
与えた役目はこなすが、得意とする武芸や人を見る目がある割に、文官としては凡庸だ。家臣らもそれを理解してあまり無理をさせずにおる。
次から次へと臣下が離れていった頃、あの男は皆に巷の話を面白おかしく聞かせ悲観せぬようにと励ましておったからな。
あまり好まぬ役目をさせるのに引け目を感じるほどよ。
「少し休むか」
「書状が増えまするが……」
「それは休まずとも同じであろう?」
「確かに。では茶でも淹れて参りましょう」
御屋形様は尾張と共に新しい世をつくるおつもりだ。今ならば分かる。それが正しき道だ。
わしは父上のように己が力で一国を治める器ではなかったが、それならばそれなりの生き方がある。尾張にてそれを学んだ。
近江に上様の御所が出来る。かような時に功を上げずしていつ功を上げるのだ。
いずれにしても北近江三郡で独立など出来ることではない。ならば、わしはわしのやり方で父上を超えてみせるわ。必ずな。














