第二千百三十六話・届いた書状
3月24日。書籍版、戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。第十巻発売します!
おかげさまで十巻発売することが出来ます。
今まで応援してくださった皆様のおかげです。
よろしければご検討をお願いします。
詳しくは活動報告まで!
Side:織田信長
六角家から書状が届いた。興味深い内容に商務の間に足を運び、かずに見せた。
「関税ですか。話すことはよいことでしょうね」
織田と北畠が互いの領民に限り関税を廃したことに驚き、六角でもそこに加わりたいようなのだ。無論、六角は関税を取らぬことでまとめておらぬ故、話をしたいというだけだが。
悪うない話。かずはそんな顔をしておる。ただ、六角は北畠ほど領内を従えておらぬ。宿老ですら本来は家臣ではないからな。すんなりと上手くはいくまい。
「近江で言えば、八風街道と千草街道も数年前からあり方の話し合いをしています。あちらも動くことになるかもしれません」
ああ、その件もあったな。エルが言うた両街道は近江商人が押さえておる街道故、こちらは手を出しておらぬ。元領主である千種が近江商人に両街道を使うのを認めたままだ。近江商人から千草に納められていた僅かな役銭が、そのまま今は織田に納められておる。
ただ、東海道と違い、あそこは近江商人がすべて己らでやるという形であるため織田は一切の手を貸しておらぬ。
故に今でも賊が出て苦労をしておるとも聞き及ぶところだ。昔は銭を払いあそこを使う者が他にもいたが、近頃では近江商人以外はまず使うておらぬからな。
「明け渡すか?」
「それは分かりません。多少なりとも先んじて使う形は残したいのが本音でしょう」
近江商人か。大人しいが気を許せるほどでもない。神宮の一件で分かったが、他国では身分と権威がすべてなのだ。近江商人の後ろ盾である寺社とて同じであろう。内心でこちらを軽んじておるのは考えるまでもない。
「まあ、近江は今のところ大きな懸念ないでしょう。話をするのはいいことですよ。その過程で互いに理解して誼が深まりますし、焦らないことです」
オレは懸念が頭に浮かぶが、かずはそうでもないか。よきところよな。誰よりも早く動くというのに、周囲の者を急かすことはない。
何故、焦らぬのであろうか?
Side:斯波義信
松の内を明けたばかりだというのに領外から届く書状を、父上が開けておる。わしは父上の下で政務を学んでおるのだが……。
一通の書状を読んだ父上はあからさまに不快そうな顔をされた。
「なんとまあ、わしを味方だと思うておるわ」
近習らの顔が強張り、父上はそのままわしに書状を見せてくだされた。これは……、神宮の大宮司殿からか。父上に対し弾正と一馬の怒りを解くべく仲介してほしいと頼んでおる。
愚かなのであろうか? 一番怒っておるのは父上なのだが……。
丁寧な言葉で書かれておるが、まるで父上が弾正や一馬より神宮の味方のように書かれた書状だ。父上の心中を察することもせず、己らの都合がいい見方をした書状を送ること自体、父上のことを軽んじておるようなもの。これが神宮の大宮司か?
「分かるか? かの者らは、わしのことも斯波家のこともいかようでもよいのだ。この書状一枚で尾張が荒れようとも神宮の権威が保たれるならば、内心で喜ぶはずじゃ」
近習が父上の勘気を買わぬようにと恐れておるのが分かる。かつてとは違うのだ。今の父上の勘気を止められるのは、弾正と内匠頭と大智らくらいだ。わしでも止められぬ。
「いかがされまするか?」
「捨て置いてよい。ただ、忘れるな。頭を下げ、耳当たりのいい言葉を並べる者とて信じられぬということをな。皆を信じて生きられるは弾正と内匠頭がおればこそ。帝であろうが決して他ではありえぬことぞ」
ふと幼き頃を思い出す。父上はなにひとつ思うようにならぬ日々であった。臣下を思い、織田との争いを避けつつ、どこか諦めたように……悪う言えば腑抜けのように過ごしておられた日々があったのだ。
思えば父上も変わられた。喜ぶ時は喜び、怒る時は怒る。これが本来の父上なのであろうな。いつ終わるか分からぬ不遇の日々をひたすら耐えた。左様な父上からすると、安易に書状を寄越した神宮など信じられなくて当然か。
「確と承りましてございます」
「クーン」
「おお、いかがした? そなたらは相も変わらずじゃの」
深々と頭を下げると新しい書状を持参した者と共に、山と縁と子や孫らが父上のところに駆けていく。
先ほどのことなどなかったかのように穏やかなお顔で相手をする父上に、近習らが安堵したのが分かる。
父上は人というものを信じておらぬのだと分かるな。
ともあれ、わしはこの書状を弾正に届けてくるか。
Side:織田信秀
若武衛様が直々に書状を持ってきた故、何事かと思えば……。
「守護様は、いかにせよと仰せでございましたか?」
「捨て置けとのことだ。ただ、不快そうな顔は隠しておらなんだがの」
守護様が顔も見たくないと仰せになられた故、会わせなかったのだが。察することも出来ぬのか? それとも軽んじたのか?
年の瀬の頃もなりふり構わず動いておったのは存じておるが、守護様がお怒りなのは伝わっておらなんだか。無理もない。評定衆ですら察することはあっても確証を持っておらなんだはずだからな。
わしや一馬らから漏れるはずもない。
「困りましたな。大宮司らを処罰したところで我らに一切の利がない」
かの者らからすると当然の動きなのは理解する。身分ある者が己の都合と配慮で世を動かして治めておるのだ。我ら以外はな。
ただ、権威やら味方するという口だけの言葉が、こちらでは利どころか損になりつつある。
「ひとつ教えてほしい。そなたは人というものを信じておるのか?」
つらつらと考えておると、若武衛様に難しきことを問われた。
「ひとりの武士としては信じる者もおりまする。されど、政をする立場から言わせていただくと、嘘や裏切られても困らぬように疑うて務めております。相手が坊主や神職であってもそれは同じ。所詮は、俗世の人なのでございます」
当たり前のように人が人を信じる世が来るのか。正直、わしにも分からぬ。一馬とて縁もない者は信じておらぬからな。
いかな主従であっても僅かな疑心もないなどありえぬこと。斯波と織田は少しばかり俗世と違い過ぎる。
「一馬らの真似は誰にも出来ぬこと。それだけはお心に留め置いてくださればよいかと」
「そうか。忙しい最中にすまぬな」
知恵や技ではない。周囲の者同士を信じさせることこそ一馬の恐ろしきところ。こればかりは真似出来る者などおらぬ。
若武衛様は当たり前になりつつあるのであろうな。信じることが。少し危ういが、これもまた世の流れ。
決して悪いわけではない。














