第二千百二十六話・年明けて
Side:湊屋彦四郎
今日はここ数日では一番寒いの。されど、よき新年を迎えておる。
わしか? わしは南蛮暖炉にて雑煮を温めておる。
「自ら料理をされておられるのでございますか?」
挨拶に来た一族の者が驚いておる。尾張に来る前は料理などしたことがないからの。わしが雑煮を温めておることに驚いておるのであろう。
今までも年始の宴はあったが、さすがに皆に振る舞うほどの自信がなかった故、自ら料理することはなかったのだ。
「何事も自らすることはよいことぞ。学ぶことも多い」
集まっておる皆に温かい雑煮を食わせてやりたくての。昨日から出汁を取って支度をしておったものになる。
御家に仕官して以降、生まれや立場の違う者たちと共に役目に励むことが増えた。左様な立場になって学んだのだ。
「さあ、皆で食おう」
「はあ……」
道楽者とでも思うておるような顔をする皆に汁椀に盛った雑煮を渡し、最後にわしの分を盛ると席に着く。
「いただきます」
御家に伝わる食事の前の挨拶をすると、新年の宴の始まりじゃ。どれ、雑煮から……。
「うむ、美味い」
まず、出汁と白醤油の香りがよい。餅菜と鶏肉を入れたことで彩りもよい。味も上品に仕上がった。お方様にも負けぬのではないか? 今日の雑煮はいずこに出しても恥ずかしゅうない逸品に思える。
雑煮に入れたほろりと柔らかい鶏肉も美味いの。餅は殿より頂いたものを焼いて入れてある。おせち料理もあるが、この雑煮だけでも満足するほどの食べ応えがある。
「確かに美味しゅうございますな」
「父上は尾張に来て以降、料理をする機会が増えました故に……」
雑煮を食す皆の様子もよい。倅とわずかな者は呆れておるが、同じ飯を食うなら美味いほうがよいのが人というものだ。名のある高僧も神宮の神職ですら同じじゃからの。
「にしても一族の者が増えたな。最初は彦四郎殿が尾張に行くと聞いて呆れておったのだが……」
「立身出世する者は違うということであろう。正直、わしも大湊におるより暮らしはようなった」
酒もたくさん用意した。それを飲みつつ、わしと同じ年配の者は昔を懐かしむように話をしておる者も多い。
一族の者らは、今でも大湊や南伊勢に商いをする家を残してある。されど、主立った者はわしの下で御家に仕える者がほとんどじゃ。かつてと変わった一族に思うところがあるのは当然であろうな。
「世は移ろい変わりゆく。僧侶も神職も化けの皮が剝がれると、皆、ただの人か」
「人が神仏を語るのはおこがましいのかもしれぬ」
「そもそも親身に世と人を救おうと致しておった者など、この世におるまい?」
生まれ育った頃からの教えが変わりつつある。その事実に戸惑う者は未だに多い。されど、ケティ様などは特に駄目なことは駄目だと確と申し渡す。
今思えば、寺社の教えに疑念を抱いたのはそれが始まりかもしれぬな。
病の時の対処の仕方や子が産まれた時の慣例、多くを変えられた。尾張では子を産むことを穢れだと避ける者はおらなくなりつつある。
「我らには覚悟などない。所詮は、商人じゃからの。されど、頂いた俸禄の分は働く」
「殿は命を懸けろなどと申されぬからな。気が楽だ」
わしも同じじゃが、一族の者らは生来の武士ではない。故に、武士と同じ働きや覚悟を求められると困るのが本音。そういう意味では、殿は我らにとって願ってもない主なのかもしれぬの。
正直、一族の者から裏切り者や愚かなことをする者が出なんだことに安堵するわ。
わしも今日は酒と料理を楽しむとするかの。
Side:太田牛一
新年を迎えたが、わしのところは集まる一族がおらぬ。叔父と従兄弟に家族を殺され、一族の者は大半が叔父らに従うたことで数年前の騒動で日ノ本から追放されたからな。
ただ、決して寂しい新年ではない。妻であるお藤とその家族、それと父上らに義理を果たすように帰農しておった者らを召し抱えておるからの。
「さっ、殿。一献いかがでございますか?」
「うむ、頂こう」
お藤もすっかり武士の妻としての姿が板についた。わしはありのままで良いと思うておったが、八郎殿の奥方らが教え導いてくだされたのだ。
無論、久遠家家臣としての武士の妻としてだがな。御家の掟や慣例を第一としておる。
織田の大殿よりお返し頂いた旧領も今はない。されど、旧領の者らとは今も付き合いがある。殿もお忙しい身ながら、春と秋には旧領の村にて農作業をされるからな。
ああ、わしとお藤の間には子が三人おる。男子がふたりと姫がひとり産まれた。
殿のお子と共に御家の仕来りで育てており、今もおせち料理を美味しそうに頬張る姿を皆が嬉しそうに見守っておる。
殿が案じておられる乱世を知らぬ子だ。それが悪いとは言えぬが、この子らは愚かな叔父と従兄弟のことも知らぬまま憂いなく育っておる。
ありがたいと感謝を忘れたことはない。あのような辛い思いを我が子にはさせたくないからな。
ただ、父上や兄上らのことも頃合いを見て知ってほしいとは思うておる。多くを望まぬ。ただ、心の中に僅かでも留めておいてほしい。それだけだ。
今年も皆が無事で暮らせるとよいのだがな。多くは望まぬ。
それだけでよいのだ。わしは。
Side:望月出雲守
新年を迎え一族の者が集まると、己が年老いたのだと実感する。
まだまだ未熟だと思うておった者が、役目を頂き功を挙げたと喜ぶ姿を見ておるとそう思わざるを得ぬ。
信濃、甲賀と別れておった一族も大半が尾張望月の下でひとつとなった。決してかような立場を望んだわけではないが、祖先への義理を思うとこれでよかったのだと思う。
養子とした太郎左衛門もわしの役目を継ぎつつあり、娘である千代女も殿との子を儲けて安泰だ。
父上より受け継いだ望月の家を次代に上手く渡すことが出来そうなことには、素直に安堵する。
尾張久遠家家臣団にとって最後の懸念は、世代が変わる時だからな。本領は武士としての形を望んでおらず、独立した国そのもの。我らは日ノ本での家臣だが、本領の下であることに変わりはない。
それだけは皆によく言い聞かせておるつもりじゃ。
「おじいさま!」
皆の様子を見て左様なことを考えておると、孫と幼き者らが集まってきた。共に双六をやろうと誘いに来たようじゃな。
「では、わしもやろうかの」
「わーい! まけませぬぞ!」
孫も幼き者らも御家の教えで育てておる故、公の場以外では身分などで序列を作らぬようにしておる。それもあって、わしの幼き頃とは違った子になっておる。
喧嘩をすることもあるが憎しむようなことにはならず、共に生きる時が皆をひとつにする。少なくとも血を分けた者らで争うような日ノ本よりはよかろう。
帝、院、公卿、公家、高僧、神職。名のある高貴な者らを幾人も見てきたが、いずれも羨ましいとは思えなんだ。
畏れ多いところはあるが、その中に入りたいとはまったく思えぬ。
わしは殿の家臣でよい。今までもこれからも。心からそう思う。
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