第二千百二十五話・大晦日の日の久遠家
Side:ケティ
大晦日の病院は静かだ。今日は緊急以外の外来をお休みしていて、私は入院患者の診察をしている。
「申し訳ございませぬ」
診察をする前から謝罪された。入院している神宮の中堅神職だ。彼は最近、顔を見るたびに謝罪している。
「きちんと体を治して。まずはそこから」
身分もあり個室での入院だけど、それがよくないのかもしれない。他の入院患者たちも腫れ物を扱うように関わることがなく、病院関係者も表面的には見せないものの恐れる人がいる。
扱いを変えるべきだろうか? 神宮との今後もある。今から扱いを変えることがいいことか、判断に迷う。
全体として入院患者は少ない。一時退院出来る人は家に帰している。年末年始くらいは家族や一族と過ごすことで生きる気力を得ることになるから。
入院棟の巡回を終えると、病院と学校の見回りをしていた警備兵たちと出くわした。年末年始は人が減ることもあって常駐以外の警備兵を増員している。
「これは薬師様」
「いつもありがとう」
「ははっ、畏れ多いことでございます」
病院や学校は重要施設になっていることで、警備兵でも古参や素性のしっかりした者たちが多い。知識や医術を得ようと忍び込む者もいるし、火付けなどで潰してしまおうとする者も未だにいる。
彼らはこの十年余り、そういった者たちから病院と学校を守った者たちだ。警備のことを頼むと、私は当直の医師との打ち合わせに向かう。
「以上になる。大晦日だし、気を付けてあげて」
「仰せのままに」
患者たちの容態と治療について指示を出して、私は屋敷に戻る。
領地が広がり続けていることで医師は相変わらず不足しているものの、この病院の運営に困るほどではない。
年末年始は可能な限りみんなと一緒にいられるようにと、病院関係者も気遣いをしてくれている。手に負えない急患が来た場合は屋敷に知らせが来ることになっているから、私も遠慮なく任せることが出来る。
あまり遅くなると子供たちが心配するから帰ろう。
Side:エル
成人した孤児院の子たちと一緒に夕食の支度をします。今夜はすき焼きです。
鶏と豚とイノブタは食肉として飼育してそれなりに普及しているものの、肉食用の牛は飼育コストが必要なこともあり、まだ試験段階になります。
今のところは美濃と三河の牧場で肉食用の牛を飼育をしていますが、ウチや織田家で使う分くらいがせいぜいでしょう。
セルフィーユやリリーと一緒に、ウチの料理を覚えたいと張り切る子たちに作り方を教えながらの調理になります。
「こうすると美味しくなるのよ」
「なるほど~」
孤児院の子たちは成人する前にも孤児院で料理を教わっていますが、すき焼きのような一部の料理は作る機会が少なく覚えていない子もいました。
家伝の味を受け継ぎたい。そう言われた喜びをリリーたちと共に感じました。
親もいなく子供時代も私たちにはありません。ただ、私たちにも多くの家族が出来て私たちが作り上げたものを受け継いでくれる。
この時代では当然のことなのでしょう。それでも嬉しかった。
「みんなお腹いっぱい食べられるようにしましょうね~」
「はい!」
お肉はもちろん、焼き豆腐やしらたきもたくさん用意しています。あとはリリーが鶏のから揚げを作るべく支度しています。
魚もあります。今朝、わざわざ届けてくれた新鮮なものです。それらも料理をしつつ、夜に備えます。
いつの日か、私たちの生き方も伝統と呼ばれる日がくるのでしょうか? 守ってほしいというほど強制はしたくありません。ただ、何か一つでも子々孫々の暮らしに私たちの生き方が残ってくれたらそれだけで幸せなことかもしれませんね。
Side:久遠一馬
いつもは訪ねて来る人が多いウチも、大晦日の今日はいない。
ただ、妻たちと子供たち、孤児院の子たちと世話をしている大人たちはいる。この時代に来て以降続いている賑やかな大晦日だ。
今年生まれた子供がいる妻や妊娠中の妻たちもいるものの、妻たちと相談して年末年始のこの時だけは集まることにしている。船旅は危ないからと心配もされるんだけどね。
ああ、雪村さんと宗滴さん、真柄さんは一緒にいる。雪村さん、客人という扱いは変わっていないんだけど。本人も尾張に骨を埋めるつもりだと言っているしね。
宗滴さんたちはほんと、ウチ預かりという状況が朝倉にとって命綱なんだよね。オレが遇しているうちは文句を付けられない。
もちろん義統さんと義信君もそれを認めているけど。今の状況で朝倉征伐なんて御免だというのはみんな一緒だ。
「じーじ!」
とてとてと歩いてきて、オレに向かって嬉しそうにそう呼んだのは猶子の子が産んだ子だ。とうとうオレもじーじと呼ばれるようになった。
両親ともに猶子なんだけど、最初は殿様と教えていたんだけどね。すずとチェリーがじーじとばーばだよと面白がって教えるから、そっちを覚えてしまったんだ。
まあ、この時代だと子供や孫が多いのは普通にあるしね。孫が出来たからといってお年寄り扱いはされないけど。というか、オレとエルたちは同年代の人と比べて若く見られるからな。
すでに成人している猶子の子たちは全員揃っている。別に一族とか増やして派閥を作る気はないが、一年に一度はみんなで集まる機会は続けたい。
「だっこ!」
実の子も孤児院の子も関係ない。特に物心ついていない子は普通に甘えてくれる。今だと止める人もいないしね。オレはこういう環境が好きだと理解しているから。
子供たちの元気には勝てないけど、こういう時間がなにより幸せなのかもしれないと思う。
「そうだねぇ。じゃあ、次は遥か南の果ての話をしようかね」
妻たちも楽しげだ。リーファと雪乃は旅の話をして注目を集めている。まるでおとぎ話を聞くような、わくわくした様子の子たちに日ノ本では見ることの出来ない景色や出来事のことを語っていた。
「こんな石もあるんだよ~」
プロイとあいりのふたりは各地から集めた鉱石を見せている。というか専門的な話を嬉々と語るプロイをあいりと子供たちがニコニコと見ている感じだ。
子供たちは一緒にいるのが楽しい様子だけど、専門的な話は分からないと言いたげな子もいるね。まあ、よくあることだ。
このままのんびりとみんなとの時間を過ごしたい。
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