第二千百二十四話・大晦日の日に……
Side:楠木正忠
大晦日の日。八戸根城は静かじゃ。
結局、今年中に終わらなんだ懸案も多い。されど、皆、必死にやった末のこと。これはこれで悪うない。そう思える。
城には尾張衆くらいしかおらぬ。浪岡殿や三戸殿も故郷にある城に戻っておるからの。この城のかつての持ち主は城下の屋敷におるが。
「牛頭馬頭様、昼餉をお持ち致しました」
すっかり牛頭馬頭と呼ばれるのに慣れてしもうたの。
「これは豪勢でございますな。父上」
新年を前にお方様がたと入れ替わるように倅らが奥羽の地にやってきた。近しい一族で新年を迎えられるようにと大殿よりご配慮をいただいたのじゃ。
さらに久遠家の料理番が残っておることで、奥羽の地では未だ珍しい久遠料理なども作ってくれておる。
「うむ、さあ、食うか」
倅や孫娘らと共にゆるりと年の瀬を過ごし新年を迎える。なんとありたがいことか。
「おお、これは久遠料理でございますな」
「豆乳の鍋であろう」
白い汁に尾張に住まう倅や孫らも驚いた。料理番が年の瀬ということで気を使ったのであろう。
無論、尾張では織田家の宴などで食したことがあるものであるが、この奥羽の地で同じものが食えると安堵するのであろう。
冷めぬうちにと汁をすすると、豆と出汁の味に皆が笑みを浮かべた。喉を通る優しき味は、これぞまさに久遠料理と言えよう。
中には未だ貴重な馬鈴薯も入っており、猪肉やもやしなど具もよう味が染みておる。これを飯と共に食うと美味いのじゃ。
倅や孫、一族の者が美味そうに食う様子を見ておるだけで嬉しくなる。そうじゃ。わしは多くを望んでおらなんだ。一族郎党が楠木の名を名乗り、こうして皆で笑うてくらせればよかった。それだけじゃった。
「……これは?」
「林檎の酒でございます」
まるで清洲にいるようだ。そう笑う倅や一族の者らだが、見たことのない酒に少し驚いておる。わしは尾張にて一足先に頂いたが、倅らはまだ飲んだことがないものじゃ。
来年の正月の宴で出すと大蝦夷より運んであるはずなので、これからは飲めるようになろうが。
「尾張でも見かけぬ酒でございますな」
「ご所望の酒があればお持ち致します。お方様からは好きなだけ飲んでよいと仰せつかっております故」
「ハハハ、それほど飲めば薬師様に叱られるわ」
留守を預かる久遠家家臣が次から次へと貴重なものを勧めると、倅らは喜びつつよいのかといささか困っておる。
孫娘らなど若い者には、貴重な甘味の瓶詰めが出されて喜んでおる。尾張でも貴重な品じゃ。ここ奥羽では銭を出しても手に入らぬものじゃからの。
お方様も、これほど我らにお気遣いくださらずともよいものを……。
それだけわしを信じて任せてくれたということ。この恩には働きを以て報いる。命など懸けずにな。
それが、久遠家の求める忠義じゃからの。
Side:小笠原信定
仁科の一件が大事になったが、年の瀬となると静かになった。
お方様からは共に尾張で新年を迎えるかと誘いがあったが、尾張には兄上がおることもあり残ることにした。懸念はないと思うが、仁科の件も気になる。お方様がたがおられぬ留守を狙われては困る故にな。
「信濃も変わりましたなぁ」
大晦日ということもあり一族や親しい臣下の者と酒を飲んでおるが、皆、穏やかな顔をするようになった。
力の差から逆らえぬ故に従うことはあっても、心から臣従することはあるまい。陰でそう言うておった者らだ。それが今では心から臣従しており、お方様がたの留守に備えるため松尾城に詰めておる。
「仁科も愚かなことを。寺社など捨ててしまえば、お方様がいずれ召し出してくださったというのに」
確かに。お方様は異を唱えた者や因縁ある者らを使うていこうとされておった。仁科も三社も要らぬ争いをせねば、年明けには呼ばれたかもしれぬな。
必要以上の配慮はせぬが機会は与える。それが久遠家だと聞き及んでおる。
「仁科はいかがしておる?」
「はっ、最早、まとまる様子もなく。一族の者は縁ある者のところに身を寄せる者などもおります。あれではいかようにもなりませぬ」
あまりいい話を聞かぬ故、案じておったが。最早、騒ぐことも出来ぬか。そろそろ助けを出してもよい頃なのだが、神宮と熊野が余計なことをしたことでこちらも動けぬようになってしまった。
まあ、よいか。此度の一件、悪いことばかりではない。内々に不満を持ち、気を許せぬと思うておった諏訪がまことに従う様子と変わった。
失態もあり大殿の怒りを買うたが、それでも諏訪は古くからある神社に変わりない。諏訪の地がある限り、あそこの信仰と神社は残り続けるだろう。因縁とならぬように動き出したことは吉報と言える。
「この葡萄酒というのも美味いな」
「いずれこの酒が甲斐や信濃で造られるのだとか。楽しみだな」
宴で飲む酒も変わった。葡萄酒なども、今はお方様が外から運ばれておるわずかな酒しかないがな。皆に造る酒を飲ませることで目指すものを教えておられるのであろう。
山ばかりの信濃にて田んぼを増やしたところで高が知れておる。水をあまり使わず山で育つものを増やすは当然のことなのであろうな。
もっとも、久遠でなくば出来ることではないが。
我らとて売れる品が欲しいと考えることはある。されど、なにをいかにしていいか分からぬのだ。
「意地を張って戦をしたとて、先はないからな。先人を超えられまい」
「なによりここまで恩を受けて仇で返すわけにいかぬ。末代まで愚か者と謗られるわ」
変わることに対する喜びや寂しさ、各々にあるのであろう。皆がそんな顔をして話をしておる。
されど、織田や久遠より優れた政や戦を出来ぬ以上は従うしかあるまい。滅ぼしてもよかったのだ。織田や久遠からするとな。
「祈る前に人として成すべきことを成せか」
ふと、誰かが内匠頭殿の言葉をつぶやくと、皆の表情が引き締まる。
「久遠がすべて正しいとは思わぬが……」
「ああ、その教えだけは正しかろう。人は神仏に頼らず生きることから始めるべきだ」
教えを受けると当然と思うことも己では気付くことが出来ぬ。人とはなんと愚かなのであろうか。
ただ、過ぎ去りし日々は決して戻らぬ。故に愚かであっても前に進まねばならぬ。
左様な世を生きる心構えの教えをくだされたのは、寺社ではなく久遠だ。
せめて足を引っ張るようなことなく共に生きる立場となりたいものだ。仁科の騒動を思うと皆がそう思うておろう。
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