第二千百二十三話・それぞれの年の瀬
Side:孤児院のお年寄り
今年もあと少しじゃの。今年は病にて寝込むこともあったが、まだお迎えは来ぬらしい。
昔のように動けるわけではないが、それでも己の足で歩いて幼子らの世話をするくらいは出来る。一時より足はいいかもしれん。
にしても、今日は台所から美味しそうな匂いがするの。正月を迎える料理を作っておるからであろう。
「じーじ、じーじ、これおいしいよ」
危ういので幼子らを台所に入れぬように面倒を見ておると、ひとりの子が作っておる料理を僅かに皿に入れて持ってきてくれた。お方様方が味見と称して子らに与えたのであろう。
「どれ、少し……」
自身の分を分けてくれる子に感謝しつつ、ほんの少しだけ味見すると、持ってきた子もまた嬉しそうに残ったものを味わう。
数の子を煮たものじゃの。卵がつぶれる口当たりと味がなんとも言えぬ味じゃ。
「おいしいね!」
「そうじゃの」
わしなどにもったいない。そう思えるほど美味い。
「おふくろさま! じーじがおいしいって!!」
わざわざご報告に行かずともよいと言うのに……。子らは入れ替わり料理をもらってきてはわしのところにもってきてくれる。
「あ~! あ~う~」
ああ、眠っておった赤子が目を覚ましてしもうたの。先月、ここに来たばかりの子じゃ。
旅の巫女が産んだ子じゃと聞いておる。苦労をしたのじゃろう。ひとりで赤子を産むとそのまま亡くなってしまい、残された赤子がここに来た。
「まだお乳には早いはずじゃの……」
母に抱かれたこともない子じゃ。わしなどが代わりとなるとは思わぬが、無事に育ってほしい。その祈りだけは欠かさずしておる。
「じーじ、これもらってきたよ!」
「これこれ、お方様の邪魔をしてはならぬぞ」
もうじき今年も終わる。年が明けるとまた元服する子がいる。この子もそうじゃの。幼い身で親に捨てられ、わしと共に命拾いした子じゃ。
捨てられたことを理解出来ぬ故、おらなくなった父や母を探して泣いておった。わしと同じく御家に拾われた者らとお方様が、その度にあやしてやっておった頃が懐かしい。
無事に元服し大人になる。それがなによりじゃ。
Side:セルフィーユ
孤児院は賑やかでいいわね。覗きに来る子供たちに味見をさせつつおせち料理を作っているわ。伝統もなにもない私たちだけど、十年も生きているとそれが積み重ねとなる。
司令は正月もゲームをしていたような人だからこだわりなどなかったけど、年月を重ねるに従い、元の世界のおせち料理をこの時代に合わせたものを喜ぶようになった。
「セルフィーユ、これでどうかしら?」
「いいわね。冷めても美味しいはずよ」
リリーが作っていた田作りの味を確認する。それにしても、こちらに来てから料理の腕を上げたわね。
ガスどころか調味料だって違うこの時代での料理は、思った以上に大変なのよね。
料理は屋敷とここで分担して作っていて、みんなで食べることになる。人数も人数だから、ほんと仕事として作っているような量になるわ。慣れないとアンドロイドである私たちでも大変なことよ。
「ふふふ、次の味見をお願いね~」
完成した田作りは一旦冷まして保存するんだけど、じっと待つように見ていた子供たちにリリーが少しずつ分けていた。
なにかお手伝いをしたいと言い出した子供たちに、お年寄りに味見をしてもらうことを任せたのよね。
おっと、そろそろこちらの料理も火を弱めて少し煮込まないと。
今日は忙しいから、夕食は鍋料理なのよね。そちらの下拵えもしておきましょう。美味しそうな鯨肉が手に入ったので、メインはそれよ。
食べてくれる人たちの喜ぶ顔がなにより嬉しい。この時代にきて、私は良かった。心からそう言えるくらいに。
Side:於大の方
今日にも殿が戻られます。私は年の瀬ということで此度は同行しておらず、私が離縁していた時に殿に嫁いだ田原殿が同行しております。
時々懸念されますが、奥向きのことは上手くいっております。もっとも、今の織田家にて奥向きのことで争えば噂となってしまいますので、争う者はあまりおらぬと聞き及んでおりますが。
親兄弟や一族、奥向きのことで争うことを守護様がもっとも嫌うことが理由でございましょう。
「母上、こちらは支度を終えております」
竹千代も……、いえ、次郎三郎もすっかり大人となり、役目に励んでおります。直に織田の一族の娘が輿入れすることになるという話があるほど。
「そうですか。では貴方も休みなさい」
すでに年内の役目は終え、次郎三郎は殿を迎えるための料理の下拵えをしておりました。
尾張に来て以降、若殿や内匠頭殿に気に入られ、久遠家で学んだもののひとつには料理もあるのです。若殿は久遠料理であるたこ焼きをよく作られ、内匠頭殿もまた難しくない料理を作られますから。
「変われば変わるものでございますね……」
立派になった次郎三郎に、生まれた頃を知る侍女が目を細めております。次郎三郎が生まれた頃が遠い昔のように近頃は感じます。
一族家臣すら気を許せず、この子が大きくなる頃には松平の家はいかになるのか。そう案じていた殿の顔は今でも忘れられません。
竹千代の身が織田の大殿に渡った時には随分と案じました。苛烈なお方ではございませぬが、今のように仏と言われる前の話。
もし、内匠頭殿が尾張に来ておらねば……。
竹千代は尾張にいたことで松平の流儀で育てられませんでしたが、織田と久遠の流儀にて立派な武士となりました。今思えば、それがよかったのかもしれません。
「お方様、もうじき殿がご到着されるとのこと!」
先触れがくると皆が殿を迎える支度を始めます。私も支度を致しませんと。
廊下に出ると、ふと冬の寒空が見えました。
争いを懸念し、毒や謀叛を疑うことはここではございません。憂いなく日々を生きられる。この感謝を私は生涯忘れることはないでしょう。
家族が当たり前のように笑って暮らす。それは内匠頭殿が皆に教えた、人として当然のあるべき姿なのですから。
私たちはこれを次の世代に伝え、二度と争うなどおきぬようにしないといけません。
そう己の胸に刻みつつ、殿を迎えることに致しましょう。
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