第二千百二十二話・餅つき
Side:久遠一馬
今日は恒例となった孤児院での餅つきだ。
準備とか孤児院でしてくれるから、オレは参加するだけになるんだけど……。ちょっと驚いたのは、真柄さん今年も越前に帰らなかったことか。
所領があって一族という形が強いこの時代では、嫡男が正月も帰らないなんて、通常ならありえないことなんだけど。
ただ、ずっと帰っていないわけではなく、先月くらいに一時帰省している。現在の真柄さんは、表向きとして宗滴さんの与力だ。そのため宗滴さんがいるうちは尾張に滞在するという形で長期滞在している。
まあ、朝倉家にとっても真柄家にとっても、今の尾張との縁は重要だからね。朝倉家中には真柄さんのことを批判している者たちがいるものの、気にすることなく滞在を続けているんだ。
正しくは朝倉家の家臣じゃないからね。正直、批判までされるいわれはないんだけど。現状のままだと、この世界では真柄家が朝倉家に臣従することはないかもしれない。
子供たちと孤児院の子たちは朝から大はしゃぎだ。
「ぺったんぺったん」
「おもち!」
餅つき自体は結構な量を予定している。ウチと孤児院だけでも相当な人数がいるし、家臣のみんなにもちょっとずつ配るからね。
昔のように全部ウチで餅をついて配ることはさすがにもう難しいが、一年の感謝を込めて家中のみんなにはお酒や食材と一緒にウチでついた餅を配ることにしている。
この辺りは資清さんや望月さんと相談して毎年少しずつ変えている。縁起物というほどのことじゃないけど、餅を配ると喜んでくれるんだ。
孤児院の台所で蒸したもち米を男衆がついて、女衆や子供たちが丸めて形成していく。
年末の風物詩だなと思うと同時に、オレの生きていた元の世界では失われつつあった人との繋がりの深さを未だに感じる。
「ちーち、つかれてない?」
子供たち、とりわけ年上の子たちはみんなと一緒に手伝ってくれていて、次から次へと餅をついているオレのところにも何度もやってくる。
今日も寒いけど、軽く汗ばむくらいに餅をついたことで、希美がタオルを持ってきてくれた。
「うん、大丈夫だよ」
まだ手伝いが難しい子たちや赤子なんかは、お年寄りとロボ一家が面倒を見てくれている。
今日と明日は領内では餅つきをしている人が多いはずだ。みんな、どんな餅つきをしているんだろうか?
いい年末年始を迎えてくれているといいんだけど……。
Side:斎藤道三
今日は賑やかじゃ。年の瀬ということもあり、新九郎を筆頭に一族の者が集まっておる。
人も国も変わったの。
斎藤家もまた喜太郎のようにかつての日々を知らぬ者が増えた。所領を手放した直後は実権まで失いたくないと、手放した所領にある城で暮らしておった者ばかりであった。それが今では元所領を離れる者が出てきておる。
所領は戻らぬと理解すると、立身出世していくには所領を離れねばならぬからの。
わしは今も美濃代官を務めておるが、役目は配下に任せることが増えた。
あと数年で代官を退けるであろう。あとのことまで決めておるわけではないが、美濃代官は斎藤家以外の者にしてはいかがかと思うておる。
領国代官の大半は、未だ元守護や守護代が継ぐことが多い。それが悪いとは言わぬが、家禄以外は世襲を認めぬというのが御家の目指す先。誰かが先に退かねばならぬというならば、それはわしの役目であろう。
新九郎もまたかつてとは違い、斎藤家をつつがなくまとめ、清洲での役目も認められておる。美濃代官を継がせる必要はあるまい。
「祖父上様!」
「うむ、美味そうじゃの」
「はい!」
屋敷では皆で餅つきをしておるが、喜太郎ら孫がつきたての餅をわしのところに持ってきてくれた。
まだ湯気が出ておる餅には知多で作られておる海苔を巻いており、醤油を僅かに垂らしてある。
「おお、柔らかくて美味いの」
あまりの熱さに口の中で少し冷ますようにしつつ味わう。柔らかい餅と海苔と醤油の味がひとつとなっておる。
わしには過ぎたる味に思えるほどの餅を頬張りつつふと稲葉山が見えた。そういえば、しばらく稲葉山の城に行っておらぬな。
麓の屋敷で暮らしておるのじゃ。あの山道は年寄りには厳しく日参するように人が参る政務をするにも向かぬ。
いずれ、あの城も要らぬ日が来るのかもしれぬな。
Side:松平広忠
今年の政務も終わり、わしは岡崎にある菩提寺を訪ねておる。
父上の念願だった三河統一は織田の手によって成された。尾張の地で亡くなった父上は今の三河をいかに見ておるのか。それだけは少し気になる。
織田に降って数年。分断された家中がようやく和解しつつある。織田方と今川方に分かれたあと、互いに罵り合い槍を交えたことで因縁と恨みが残っておった家臣や国人らだ。
わしがまとめた松平諸家もまた同じ。織田に従いつつ、織田が弱ればと虎視眈々と機を窺う者もおったが、すべては夢幻のことと知ると新しい主と治世で生きることに変わった。
西三河一帯では松平でも古くからある名門らでもない。織田と久遠を慕う声が聞かれる。特に古くからある古矢作川流域では内匠頭殿と奥方殿が差配し、人を助けたことが今でも語り継がれておるからな。
かつてのように所領を治める暮らしに戻りたい者がおっても、民はもう従わぬのだ。
「さて、尾張に参るか」
「はっ!」
織田に降って以降、わしは年始を尾張で迎えておる。すでに手放したが、岡崎城が松平の城のままであった頃からな。
三河を捨てたのかと陰口もあったと聞き及ぶが、左様なことではない。因縁ある織田の大殿に疑われぬため。ただ、それだけであった。
もっとも、今では三河の地にこだわる必要がなくなったことも正月に戻らぬ理由になるがな。松平諸家や家臣らにも、望むならば独立してもよいと言うてある。
わしの命など聞かなんだというのに、いつの間にか左様な不都合な事実をなかったかのように振る舞う者らが家中には多いからな。
わし自身、出来のいい武士ではない故、責め立てることはせぬが。ただ、勝手をしておった者らを信じる気もない。
大人しくしておるなら飼い殺しでも構わぬと思うておるだけのことよ。
左様な愚か者どものことより、わしはやらねばならぬことが多い。
ひとまず尾張に戻り、新年を迎える支度をせねばな。
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