第二千百二十一話・年の瀬の様子
Side:仁科三社の者
ちらちらと雪が降っておる。
もうじき新年を迎えるというのに、神社は寂しいものだ。近隣の民すら近寄らなくなった。巷では誰に天罰が下るのであろうかと噂しておるとか。
下民どもの分際で……。
「今年は金色酒も清酒もなしか」
「致し方なかろう。織田方の商人は姿を見せなくなった。参りて売れと申し渡せば断れぬやのもしれぬが、織田を恐れておるのであろう」
いずれにしても尾張流賦役と織田が運ぶ品々が、信濃の暮らしでは欠かせぬ。織田と我らのいずれを選ぶのかとなると、利に敏い商人らは我らが不利と見たのであろう。
ただ、このあたりは昔から越後から参る商人が多かった。織田と争うておると噂を聞きつけた越後の商人が商いに来たので困ってはおらぬが、織田より粗悪な品を数倍以上の値で買わされた。
「あれだけ銭や米を上納させておきながら、神宮も熊野も助けを寄越さぬ」
「助けどころの話ではないわ。斯波と織田に要らぬと言われ、我らを見捨てて逃げ帰ったというではないか」
これだから余所者など信じられぬのだ。なんのための本山なのだ? 己だけの面目を守られればいいのか?
「ふん、神宮とは絶縁だ。二度と上納せぬ」
神宮と熊野に連なる諸国の寺社に伝えてやるわ。神宮も熊野も何一つ守ってくれぬとな。さすがに斯波と織田は怒らせられぬが、偉そうに仲介してやると莫大な礼金を求めたというのに仕損じて見捨てた神宮と熊野の真の姿を喧伝するくらいならば構うまい。
我らを見捨てたこと、後悔させてやるわ。
Side:山田の商人
「神宮様の神職が、酒が届かぬと騒いでおられるぞ」
「濁り酒は売ったはずだが?」
「金色酒や清酒、梅酒を所望らしい」
誰が売るか。わしらを見捨てた神宮などに。久遠の奥方様は商いをしても罰を与えることはないと言われたが、わしらにも意地がある。
わしらは仏の弾正忠様や久遠様のような慈悲は持ち合わせておらぬわ!
「もう少し大人しゅう出来ぬのか?」
「大人しゅうしておる者が多いが、いずこにも愚か者はおる」
酒は北畠家中で求める量が多い。ある分はそちらに回してしまった。関税を廃したおかげで商いが広がったのだ。求められた品を売らねば義理を欠くことになってしまう。
もっとも騒いでおられるお方は、それも面白うないようだがな。神宮と神宮領では相も変わらず行き来する者から関税を取っており、当然ながら北畠様も神宮と神宮領の者からは関税を取っておる。
それもあって神宮に商いに行くと税が多くかかりすべての品が高こうなる。
神宮はありがたいと頭を下げて常に一番に遇しないと不満なのだ。特に宇治や山田は未だに己らの門前町であるからと口を出してくるからな。こちらはすでに北畠様に従った身故、神宮には従えぬというのに。
すでにそういう取り決めが北畠様と神宮の間である。ところが一部の愚か者はそれでも口を出してくる。困ったものだ。
「捨て置いてよかろう。我らならば強く出れば引くと思うておられるのだ」
代官所に申し出るか。とはいえ、すでに年の瀬だ。年が明けてからでよいな。
Side:とある尾張の寺
年の瀬となり寺は賑わっておる。昔は定められた日にのみ市を開いておったが、数年ほど前からは市を開く日が増えた。
「こりゃ美味えなぁ」
「信濃菜の漬物だ。久遠様が信濃で試されている奴でな。今年はそれなりの量を収穫出来たらしい」
「久遠様の漬物か。そりゃ、買わねえとな!」
蝦夷奥羽や遥か海の向こうの品も見かけるが、今年は信濃の新しい漬物がある。久遠様の漬物と知ると、皆が食いたいと買い求めすぐに売り切れておるな。
「なあ、もうちょっと安くならねえか?」
「十分安いんだぞ。余所に行ってみろ。この十倍になることだって珍しくねえ」
「頼むよ……。子らが楽しみにしてんだ」
あちらでは砂糖を値切ろうとしておる者と商人が、しばらく駆け引きをしておる。お汁粉にするのであろうな。小豆を甘く煮て餅を入れて正月に食う。これも久遠様の習わしだ。
いつからか尾張でも正月祝いの料理となっておる。
「仕方ねえな。こっちの餅米も買うならいいぞ」
「そうか! 恩に着る!」
折れたのは商人だったな。正月くらいは皆が酒を飲み餅が食えるようにしてやろうとされておられるのは久遠様だ。そのご意向を無下に出来ぬのであろう。
まあ、ここらの民は悪銭や鐚銭を使うこともない故、商人も困らぬこともあろうがな。
そのまた向こうでは、古着を売る商人を皆が囲むように見ておった。新年を迎えるに際し、着物をあつらえた武家や商家が手放したものだな。
近頃は他国の者が買うて行くことも多いが、年の瀬になると村々に品が流れてくる。あれも直に売れてしまうであろうな。
Side:とある商人
那古野工業村の外にある職人町、ここも年の瀬ということでにぎわっている。
ここらだと金色酒や清酒が樽ごと売れることも珍しくない。職人を大勢抱える親方なんかはひとりで樽を十や二十と買うくらいだ。
「おっ、いい品揃えているな」
「どうだい? 買うていくか?」
自慢するわけじゃねえが、オレの売る品も上物中の上物だ。久遠様のご本領から運ばれた瓶詰だからな。
「そうだなぁ。これとこれをくれ」
さすがに値が張るが、ここらの職人は銭を持っているからな。さらに尾張以上の待遇なんてあり得ないから、つけ払いにしても逃げる奴もいねえ。
「食い終わった瓶は戻してくれよ」
「分かってる」
ただ、ここらじゃ年明けに瓶を戻すことで、代金を中身の分だけにすることが当然となりつつある。
そもそも瓶詰めは京の都の帝様に献上しているような品だからな。それでも値は張るが……。
「これなんだ?」
「ああ、大蝦夷の林檎の甘煮だ。値が張るが美味えぞ」
「へぇ。大蝦夷か」
湊屋様から試しにいくつか売るように仰せつかった品も評判は上々だ。まあ、久遠様の品というだけで味に関わらず売れるんだがな。
「そっちは?」
「ああ、桑酒だな。これは尾張物だが、なかなかだぞ」
「両方もらうか。正月だしな」
新しい品を楽しげに買うたのは大内衆の職人だった。久遠様の求めに応じてかの者らが作った品は恐ろしいほどの値が付くものもある。
おっと次の客か。こりゃ、今日は日暮れまで忙しいな。
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