第二千百二十話・同盟国の年の瀬
Side:六角義賢
伊勢の神宮が斯波と織田を怒らせた一件、近江でも噂となっておる。
堺が絶縁されて数年、未だに堺の町は許されておらず、奉行衆や三好家中の者には仲介を頼んでおると聞き及ぶが、誰一人動けぬままだ。なにより内匠頭殿の奥方を南蛮の無法者どもに売り渡すような真似をしたことが重い。
まさか神宮が、同じく内匠頭殿の奥方の扱いを間違えるとはな。
「騒ぎすら起こさせぬ。見習いたいものよ」
尾張に習い新しきことを初めて以降、寺社との揉め事は増える一方だ。何一つ譲らぬが新たな尾張流賦役などの利は寄越せ。左様な寺社があまりに多い。対価は祈り、いざとなると味方をすると言い放つ。
織田相手に左様な言い分が通じぬのは承知のはずが、わしなら通じると思われておることが面白うない。
もっとも尾張からは左様な場合の指南も受けておる。丁寧に話を聞きつつ妥協をしないこと。話をしておる最中は何一つ譲らずに済む。向こうが折れるまで付き合うてやればいいと教えを受けた者は、恐ろしいと言うておる。
「尾張との同盟は寺社に対しても威を振るうておりまする」
「左様じゃの。一揆やらと騒いでおりませぬ。要らぬと言われることもあり得ると理解しただけ楽でございまする」
上様を擁する三国同盟は周囲に敵らしい敵がおらぬ。故に寺社であっても無理押しが出来ぬと大人しいか。誰ぞが敵として騒げばそれに乗じて強気に出るのであろうが。
「ただ、寺社の中には尾張物や久遠物が手に入らぬと騒いでおるところもございまする」
「それはあれであろう? 内匠頭殿が尾張に来た頃に絶縁されたところであろう。自業自得だ」
ああ、奴らもおったか。あまり大きな寺社でない故目立っておらぬが、近江にも内匠頭殿に絶縁されておる寺社がいくつかある。かの者らには誰も品物を売らぬ故、以前から不満だと騒ぐ寺があるのだ。
数年前ならば、親しい者や同じ宗派の者が品物を手に入れてやっておったが、織田と内匠頭殿の力は強まるばかりで近年ではそれすらやる者が減った。誰ぞが横流しした品でさえ手に入らなくなったと嘆いておる。
「北畠は領内と織田の者の関税を無くすとか」
「あちらは先に学んでおったからな。それに北畠の御所様と大御所様は久遠の者を気に入り助けておられる。近衛公らに兵を挙げると言うたのだ。それだけのことをしておるということ」
北畠は、斯波と織田の後見と言うても言い過ぎではあるまい。北畠がおることで尾張は南朝方を味方としたも同然。
「ゆくゆくはこちらも関税をなくし、三国で揃えたいが……」
「まだ無理だな」
あれこれと話す宿老や重臣らがため息をこぼした。目賀田のおかげでひとつ先に進めたと喜んでおったが、北畠が本気で変わろうとするとこちらは遅れを取ってしまう。
ただ、御所造営もあり、今年は大いに変わったのも事実だ。それは皆を誉めてやらねばなるまい。焦ることだけは控えるようにと内匠頭殿からも言われておるからな。
ひとつずつ進むしかない。
Side:鳥屋尾満栄
年の瀬となった大湊は大いに賑わっておる。正月を迎える品も例年よりも多く届いており、幾分値が下がった。
関税の廃止。これは思うた以上に皆が素直に従った。もう少し騒ぐ者が出るかと思うたが、昨年の宮川氾濫の際に御所様が逆らった土豪らや寺社を捨てたことと、斯波と織田が神宮を見限ったことがあろう。
意地を張ったところで得るものがない。いや、むしろ素直なほうが利を得られると察したのだろうな。すべては久遠家の掌で転がされておる気分だわ。
そんな年の瀬だが、年始を寺で迎えるために尾張より戻った慶光院清順殿が挨拶に参った。
「この度は申し訳ございません」
幾度、こうして頭を下げたのであろうな。少し哀れだ。この御仁に非はないというのに。ただ、尾張では清順殿の世評がよいとか。神宮に嫌気が差しておるのも事実なれど、その身分に相応しき行いをしておられる故にな。
もっとも、認められたのは清順殿だけだ。皮肉か清順殿の行ないが、さっさと戻った神宮の主立った者たちと比べられることになり神宮への世評はさらに落ちた。
「まあ、面目は守られたのだ。悪うなかろう」
そもそも寺社だからと、すべて崇め厚遇せねばならんというわけでもない。斯波と織田ほど所領が広がると、それこそ寺社が多すぎて一々相手にしておられぬのも事実だ。
言い方は悪いが、神宮は変わらずあり続けるだけでよいのだ。朝廷の祖を祀るところ故にな。信じる者が減ったところで朝廷からしてあの有様だからな。今更であろう。
「まことに面目は守られたのでしょうか? 傷付けてはならぬ者を傷付け、因縁を後の世に残しただけではないのでしょうか?」
さすがと言うしかあるまいな。そこまで察しておるとは。あれ以来、神宮から出てこぬ大宮司らとは大違いよ。病とでも称して、さっさと身を引けばまだ同情する者も出たであろうに。それもしておらぬ。
「清順殿の御覚悟と意志は伝わっておりまする」
かような御仁故に内匠頭殿らが認めておるのだ。
実は久遠家家臣である湊屋殿が、慶光院に寄進をしたと大湊では噂になっておる。元大湊会合衆故、形としてはおかしなことではない。されど、今の情勢で尾張の商いを差配する湊屋殿が周囲に伝わるように寄進したということは、内匠頭殿が清順殿を見捨てぬと示した証。
「私はいいのです。神宮が許されぬことが……」
「清洲とて出来ることと出来ぬことがございます。清順殿の御心は伝わっておりまする。ひとまずそれでよしとされるべきかと」
自らの寺より神宮か。この御仁の世評が上がれば上がるほど神宮の世評が下がる。もどかしさはあろう。とはいえ、この件。最早、神宮だけで済む話ではない。
寺社、朝廷、畿内。尾張が対峙しておる者たちとの今後にも関わる。特に朝廷と上手くいっておらぬからな。
そもそも朝廷に信がないのだ。いずれ尾張の富と力を奪うと思うておる。かような状況で神宮を信じるはずもあるまい。
ただ、清順殿のことは信じると示した。内匠頭殿の慈悲であろうな。あの御仁はまことに争いを望んでおらぬ故。
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