第二千百十五話・覚悟ある者
Side:飯富虎昌
年の瀬も近いこともあり、故郷に戻る者も多い。少し手が空いたこともあり、尾張を見聞しつつ織田の治世を学んでおる。
「いかな政をしたとて楽ではないということか」
豊かな暮らしを羨んでおるうちは見えぬものが見えてくる。領国は上手くいっておるが、領国が上手くいけばいくほど他国と違う国となってしまうか。
「浅ましいものだな。豊かな者に物乞いするように銭を無心したかと思えば、己で所領も治められぬからと手放したというのに、寄進を出して頭を下げろとは。これではいかに敬意や信心があろうとも冷めてしまうわ」
朝廷、公家、寺社。古くからあり、日ノ本の根幹たる者らが物乞いする様には、わしですら呆れるしかない。
これが斯波と織田でなくば、兵を挙げ荷留をしてすべて奪うのであろう。戦では勝てぬ故に物乞いに落ちる。誰もが憧れ敬うはずの高貴な血の本性を見たわ。
「信なき帝と寺社か。笑えぬわ」
神仏とて信じられぬこの世において、久遠という信じるに値する者が現れてしもうた。とすると信なき権威はいかがなるのだ? 滅び新たな国を興すのか?
ところが織田も久遠もあまりその気はないように見える。それどころか畿内すら厄介者としか見ておらぬ者が多いくらいだ。
信なき権威にいつまで銭を献上するのだ? 尾張では嫌気が差し始めておる。だが、行き着く先は戦だ。懸念となるのは家中や領内の若い者になる。織田と久遠ならば相手が誰であれ負けぬと、根拠のない理由で備えを怠る者が多いことか。
人を信じられるようになりつつあるこの国で人の愚かさを教え、いかな身分の相手でも常に疑い戦に備えろと教えねばならぬ。なんとも厄介なお役目だ。
つらつらと考えつつ運動公園にある市に足を運ぶと、かつての甲斐では見かけなんだ品々が並ぶ。年の瀬も近いこともあり、民があれこれと買い求めておるわ。
やはり、この国は戦を忘れつつある。その懸念を今巴殿がもっておることは正しい。それが太平の国なのだといえばそうであろうが。
そのまま町を見ておると、人だかりが出来ておるところがあった。清洲で騒ぎを起こす輩など珍しい。少し気になり見ておると、旅の坊主と商家の者が言い争いをしておる。
「寄進ならば世話になっておる寺にするわ! 失せろ!!」
「罰当たりに仏罰を下すのもまた我らの務め。愚弄すると許さぬぞ!」
ああ、これが……。汚い恰好をした数人の旅の坊主が店の前で寄進を求めておったが、拒んだことで騒ぎ出したらしい。
甲斐でもないこともないが、尾張は豊かだからな。諸国から怪しげな坊主が次から次へと来ると聞き及んでおったが。
知らぬ商家だ。助ける義理などないが……。
「力づくというならばわしが相手となるぞ」
とはいえ城下で不逞の輩を見逃したとあっては、織田の大殿にも武田の御屋形様にも申し訳が立たぬ。供をしておる家臣らとともに人だかりの中に入り介入する。
「誰だ! 己は!」
「武田家家臣、飯富兵部。坊主というだけで、このわしが退くと思うなよ。地獄に落ちたいならばこの手で送ってやろう」
坊主らは持っている槍や刀を抜く素振りを見せた故、こちらも家臣らと刀に手をかける。
「飯富……、赤備えだと!? 嘘を言うな! かの男は隠居出家してこの地にはおるはずがないわ!!」
「ほう、わしを知るか。ならば、遠慮はいらぬな。すべて斬り捨ててくれる。さあ、抜け!」
わしの名を知っておるようだ。昔はそれなりに暴れたからな。坊主らは途端に臆するような顔となると、じりじりと間を空けようとする。
だがかの者らには逃げ場もない。背後から警備兵が駆け付けてきたからな。結局、仏道からも逃げ、意地を張ることからも逃げた愚か者は捕まって騒ぎは終わった。
side:久遠一馬
「へぇ。それはまた……」
武官として勤めている飯富さんが話題となっているのか。
「飯富殿の気迫に坊主らは戦意を失い、手向かいすることなく捕らえました。飯富殿は商人からの謝礼も遠慮したとのことで評判となっています」
セレスの報告に思わず唸ってしまった。町で寄進をたかる坊主を気迫で黙らせたとか、やっぱ並みの武士じゃないなぁ。まあ、だからこそ必要なんだよね。飯富さん。
しかも謝礼を辞退とか。明らかに騒ぎを起こした坊主と比べられることを意識してのことだろう。こういう立ち回りも上手いのか。
役目のほうも人一倍厳しいと評判だ。ただ、それ故に評価されている。
「それでどこの坊主だったの?」
「どうも甲斐の寺を出奔した坊主のようです。戒律が厳しくなり逃げ出した者でしょう」
甲斐の? そりゃ怯えるわな。
「出奔者か。困るんだよなぁ」
領内の寺社は戒律を守ることなど、規律を見直すことをしているところが多い。全部が全部原理原則とまではやらなくても、尾張の様子から世の流れに合わせるように変わろうと試行錯誤を始めたところは割とある。
ただし、そういった改革に賛成しない。従わない者が相応にいる。神仏の権威で頭を下げられお金を寄進される。そんな暮らしを変えたくない人は割といるんだよね。
寺の住職とかは状況を理解し不本意であっても従うが、中には寺を逃げ出す者も相応にいて織田家でも問題になっているんだ。
悪知恵が働くみたいで、坊主の特権があれば豊かな織田領内なら生きていけると思うらしい。ところが、得体の知れない坊主に寄進とかしなくなりつつあるから食えないんだ。彼ら。
還俗して警備兵とかに就職してくれたらいいんだけど。働きたくないって言うんだから救いようがない。
「まあ、それはいいか。飯富殿はどうなの?」
「ええ、厳しいですし少々乱暴なところもありますが、よい指導をしております。豊かな暮らしを守るには強くなくてはならない。それを教えるには適任かと」
セレスもオレから見ると厳しいんだけどね。そんなセレスに厳しいと言わせるとは。まさに鬼軍曹って感じか。
「評判はいいよね。失礼ながら、もっと頑固者かと思ったけど」
さすがは武田家嫡男の傅役というべきか。面倒見もいいとのことで厳しいのに悪評とか聞かないんだ。信義を通すところはしっかり通すし、彼の働きで武田家を見直したと言っている人もいる。
ちなみに飯富さん、後ろ盾はウチなんだよね。ジュリアが誘ったこともあり、彼が孤立して困らないようにしている。正直、もっと恨まれるかと思ったんだ。
ところが蓋を開けてみると評判がいいんだ。彼の語る現実の厳しさが、奥羽や伊勢神宮との揉め事で現実味を帯びたこともあるけど。
「私たちは少し出世をし過ぎました。それ故、出来なくなったこともあります。飯富殿はそれも察しておられます」
まあ、それは仕方ないね。トップに立たなくていいだけ義統さんや信秀さんには感謝しないといけないくらいだ。
史実ではあの貧しい甲斐で、乱世で名を上げる武田を作り上げたひとりが飯富さんだからなぁ。状況や立場が変わったことで役目も変わったものの、期待以上の働きをしてくれる。
内心で面白くないだろう信虎さんにはフォローしておくか。あの人も外務で欠かせない人なんだよなぁ。不満を持たれて仕事を辞められると困る。
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