第二千百十話・師走も半ば
Side:小笠原信定
お方様がたが尾張へ戻られた。
仁科の一件があり、先日までは村上殿も松尾城に詰めておられたが、年始に清洲に出向くために一旦北信濃に戻られ今は不在だ。
仁科三社と仁科は神宮と熊野の嘆願で現状維持となったものの、お方様がたの怒りは解けておらず、むしろ生き地獄のような有様となった。
清洲は此度の件で神宮と対立することになり、最早、仁科どころの騒ぎではない。ここでおかしな動きをすると、噓偽りなく存続すら危うくなると悟り大人しゅうしておる。
始めから大人しゅうしておれば、いずれ役目を与えられたであろうに。
「さすがは諏訪殿だな。差し障りがなければ変わられた理由をお教え願いたいものだな」
まあ、仁科はいい。あの一件で変わったのは諏訪かもしれぬ。甲斐と信濃の争い、武田と小笠原の争い。難しい因縁のうえにある諏訪が、この一件で表にならぬ働きを進んでするようになった。
家中の者は、未だ訝しげに思う者もおるが、お方様はあまりお疑いにならぬ。内々になにを抱えておろうと働きはお認めになる。久遠とは、そういうお方が多いと文官が教えてくれたが……。
「お方様がたは、あれだけ面目を潰した我らすら守られたのだ。それに応えぬなどあり得ぬ。それだけのことよ」
諏訪分家は小笠原家臣となった身だ。問うくらいよいかと竺渓斎殿に直接問うてみたが、やはり理由はそれか。
信濃において諏訪神社の権威は決して軽くない。かの者らが率先して動くと物事が大きく進む。あまりの変りように疑心もあったのだが。
「南伊勢では神宮よりも織田を信じる者が増えておるとか。諏訪であっても他人事ではないか」
「それは以前からあった。所領から民が逃げ出しておったのだ。苦しむ民に信心教えと神社を守れと説いたところで無駄なこと。まして身近に寺社より信じられる者がおれば尚更な」
今でも寺社より信じられる武士などあり得ぬと思うがな。織田と久遠はまさに信じられる。もっともお方様がたを武士と言うていいのか分からぬがな。
神宮と熊野の動きで皆が知ったからな。畿内や中央が決して信じられる者たちではないのだと。
豊かなところから奪う。我らとて同じであったがな。畿内は豊かでない東国からも奪おうとする。突き詰めると、尾張と畿内、いずれを信じるかという話になる。
お方様がたがおられる限り、信濃が裏切ることはもうあるまいな。
Side:南部晴政
お方様がたがおられぬ奥羽だが、乱れることなく平穏が続いておる。
揉めに揉めた寺社の一件も降ったところから飢えぬように差配することで、争い強訴を企んだなどなかったように落ち着いたところもある。
最早、寺社というだけで崇め勝手を許すことはない。息苦しくなったと愚痴もあると聞き及ぶが、武士も民も皆、苦しみながら生きておるのだ。神仏の権威で勝手をしたくば、己が力で生きればよい。
正直なところ、わしですら寺社の内情は知らぬことが多かった。理解するところもあるが酷いところも多い。寺社もまた世を乱す一因となる。まことに地獄のような世なのだと思い知らされたわ。
無論、面倒事は増えた。臣従した寺社の内情が目付から報告があるのだ。分国法、臣従した際の条件を破る者が早くも出ており、その都度、捕らえて裁きに掛けねばならぬ。
戒律に関しては口を出しておらぬが、酷い者には俸禄を減らすことなどもしており、主に尾張から来ておる同門の者が目付に加わり見張っておる。
実のところ尾張や他の領国ではここまでやっておらぬそうだ。ただ、強訴を企てた寺社を許す条件として目付による吟味が加わった。本山が口を出せぬようになったことでやれるのだと言うていたな。
「仁科か。知らんな」
そんなこの日、尾張より来たる船からの知らせに八戸根城に詰める者らが集まっておる。
古き寺社とのことだが、奥羽の地で知られておるほどでもない。庇護しておった国人と揉めて放逐されそうになるも拒絶。神宮と熊野が口を出して大騒動になっておるとは。
「いずこの地も寺社は面倒ばかりか」
「勤めを疎かにして騒ぐとは。世が荒れるわけだ」
「祈らず神仏の名で勝手ばかりする寺社が要るのか? 我らでもそう思うわ」
奥羽の者らも変わりつつある。寺社を重んじることを当然とし、それで徳を積み、所領と自家の安泰などを願うていたというのに。それが紛い物に思えるのだ。中には寺社など要らぬと怒り心頭の者すらおる。
尾張では久遠は甘いとさえ言われるわけが分かりつつある。
人は知らぬことが多すぎる。それ故、上手くいっておったこともあるのだと思うと、なんとも言えぬものがあるがな。
Side:久遠一馬
師走も半ばを過ぎて、ウチには各地から妻たちが集まりつつある。懸案はいろいろあるが、変わらぬみんなを見ていると安心するし、今年も一年頑張ったなと思える。
北畠との交渉は予想以上に上手くいった。今までなかなか進まなかったことが一気に進んで、オレも織田家の皆さんも驚いている。
「上の者の交渉とは、こういうものよ」
「そうですね。折れる形を整えてやるだけでいいのです」
ただ、メルティとナザニンは、この結果を当然だと語っている。まあ、厳密にはトップではないが、それに次ぐ外交としては十分な成果だろうね。
「留守中、慶光院清順殿と会いました」
南伊勢の報告と今後の相談を一通り終えると、ナザニンから報告を受ける。当人はあまり表に出たがらないんだけど、難しい交渉もあって対神宮の交渉を担当してもらうことになったんだ。
「そうか。どうだった?」
「謝罪と現状維持への感謝をされただけになるわ」
神宮とは関わらないと表明したが、彼女は慶光院というお寺さんの尼僧だからなぁ。外交ルートとして残すなら最適だろうね。
余計な話をせず謝罪と感謝。なかなか手ごわい人だと思う。
実は尾張でも彼女の評価だけが上がっている。ウルザたちの報告、信濃衆からの報告。神宮上層部の動きなどと比較して、話す価値があると皆さんが感心しているほどだ。
「もう清順殿に神宮を任せたいね。それが出来るなら関係改善も近いんだけど」
「それは無理よ」
ナザニンに一言で否定された。オレも分かっていたことだけどね。主要な役職は古くから世襲だしなぁ。神社は妻帯禁止の仏教と違うし、特に神宮はこの時代ではもっとも仏教的な要素が薄いところだ。公家と朝廷を相手にしているようなものかもしれない。
「とりあえず慶光院を神宮と別に扱うことは出来る。清順殿の働きをこれ以上無駄にしたくない」
伊勢でも話してきたが、関係停止はあくまでも神宮本体だ。領民や先祖代々形式的に仕える役目を負う人も各地にいるが、そんな人は対象外となる。
皮肉にも思えるが、神宮の動きに不満な人が清順さんに同情していて、正しいお坊さんは助けようという意識が織田家でも多い。
慶光院が特に困っているとは聞いてないが、そことの関係を続けることで神宮により圧力となるだろう。
年内はそのくらいしか動きようがないだろうね。
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