第二千百話・女同士の会談
書籍版、戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。
9巻発売中です。
書籍版限定の書下ろしエピソードを随所に入れていて、より広い世界観となるようにか書きました。
どうか、よろしくお願いいたします。
Side:ウルザ
命令撤回で一度は済んだ話に、神宮がまた騒ぎだした。その一報に織田家信濃衆は困惑している。
「……内匠頭様の怒りを解こうとされておるようでございます」
文官衆のひとりが清洲の推測を交えて説明すると、なんともいえない雰囲気となる。久遠の医療と知恵を与えない。その意思を斯波家と織田家が是としたことで、尾張からは神宮の者たちが帰されたことが理由なのは間違いない。
「あまりに身勝手ではないか? 面目を潰し、知恵や利も寄越せとは……」
「諏訪殿がいる場で言いたくはないが、寺社は己が知恵を出さぬ。にもかかわらず久遠には知恵を出せというのか。いずれ久遠の知恵を学び終えると、それを己がモノとして久遠を従えるつもりであろう? そもそも寺社の知恵は唐、天竺から習ったもののはず。己が知恵として隠してしまっておるではないか」
戸惑う者以上に怒りを隠さない者が多い。信濃にとって私たちは余所者なのに。その事実がなによりもありがたい。
「三関封じの件もある。信じられぬわ。許さねば朝敵にすると暗に示すのではないのか?」
「やれるものならやればよかろう。受けて立てばよい。いつまでも東国を属国と軽んじる朝廷に目にものを見せてやる。奥羽におる牛頭馬頭殿の例もある。斯波家と織田家、久遠家が力を合わせれば朝廷など恐るるに足らぬ」
信濃国内の政治に神宮と熊野が口を挟んだ。その件でこの地でも朝廷の印象が急激に悪化しつつある。ろくに力を貸さぬというのに面目と体裁を守れと、こちらの面目を潰した。
最早、私とヒルザの意思で許すことも出来ない。
ただ、この流れはあまりいいことじゃない。自制を促さないと駄目ね。この者たちを権威権力争いに巻き込みたくない。
尾張からの知らせを受けて数日、慶光院清順殿が使者としてやって来た。上人号もあり紫衣も許された最上級の僧侶のひとり。ただ、歓迎する声はあまり聞かれない。
「ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます。此度のこと、すべては三社の不手際によるもの。伏してお詫び申し上げます」
立場を思うと驚くような低姿勢ね。居並ぶ信濃衆が少し驚いている。
「使者は清洲にお願い致します。すでにこちらでは判断が終わったことですので」
寺社にいて偉そうにしているだけの者とは違う。それは理解している。神宮と織田家の間を取り持っていた人だもの。
とはいえ、こういう形で会うと話をすることも難しい。
「神宮においても方々の面目を潰したことは本意にございません。伏してお詫びし、いかなる求めにも応じる所存。何卒、何卒……」
もう少し言い回しを考えるかと思ったけど。全面降伏に近いわね。ただ……。
「貴殿の言葉。時として乱暴狼藉に等しいものになるとご理解されているのかしら?」
ヒルザや佐々殿と顔を見合わせて、言いたいことを言わせてもらうことにした。話せばわかり合える人だろう。だからこそ言わないといけない。
「それは……」
おおよそ理解しているものの、まだ甘いわね。
「貴殿の発言は朝廷や上人号を授けた院の言葉に等しきもの。身分もない私などこれで許せという脅迫にしか聞こえないわ」
同席する者たちの驚いた顔が見えた。使者の後ろで控える神宮の者たちも驚きを隠せないようね。ただ、私は正直、貴方たちにいい印象がない。
「さらに貴殿は、今までもそうやって地位を用いて諸勢力に銭を出させ、神宮を盛り立てていた。それは身分あるお方としては立派なのでしょう。でもね、考えてほしい。神宮に寄進するためにその銭をどこから取り立てたのか。その銭を払ったために腹を空かせ飢えたかもしれない多くの貧しき民のことを」
佐々殿と尾張から来ている者たちは理解している。ただ、私の言葉には信濃衆も驚きの顔をした。
民の命なんて二の次。面目や立派な寺社より軽い。そんなのこの時代では当然よ。そこらのクソ坊主なら私もこんなことは言わない。
ただ、世のことを憂いている貴方なら通じるはずよね。私たちの言葉が。
「私とヒルザは信濃代官です。身分あるお方のことより、この地に住まう者たちを守り生きていけるようにしなくてはなりません。お帰りください」
損な役回りを引き受けたわね。正直、貴方にこんな役回りをやらせた神宮に私は怒りすら感じる。神宮の世話をしているものの、貴方は神宮の人間じゃないのに。
Side:諏訪満隣
震えがきたかもしれぬ。寄進のために銭を集める。そのことで腹を空かせ飢える者を語るとは……。
これが久遠か。主を仏と称されるまで持ち上げ、あまねく諸勢力をまとめ上げ、並み居る将が久遠のためならばと死を覚悟するという。
驕りや己がために寺社と争うておるのではない。まことに世のため人のため……。
言葉が出ぬ様子の使者殿が下がるものの、重苦しい場は変わらず。そんな中、お方様が我らを見ておられた。
「神宮からの使者。皆のところにも行くと思うけど、丁重に迎え話を聞きなさい。仲介の要請があるなら承諾すること。短慮にとらわれて拒絶だけはしないように」
なんと!?
「私たちはいい。ただ、貴方たちの立場だと恨まれ、いずれ報復される恐れもある。子々孫々に憂いを残すのは下策よ。南北朝の故事を忘れないで。上の者と下の者は違う。上の者は下の者のことなど考えもしない。殿や私たちも子々孫々まで皆を守れるとは限らないから」
皆が驚き信じられぬとざわめいた。それでは我らに裏切りをしろと言うておるようなものではないか。
「これは確とした下命よ。逆らうことは許さないわ」
己が面目と立場しか考えぬ三社や神宮とまるで違う。自ら盾となり臣下でもない者らを守る気か? これこそ、まことに仏の所業ではないのか?
誰も言葉を発せぬままお方様がたは下がられた。
いかにすればいい。命じられるまま裏切りともいえることに加担すると承諾し、曖昧な態度で済ませてよいのか? お方様がたを矢面に立たせて我らは高みの見物でもしろというのか?
「佐々殿、我らはいかにすればよい?」
皆も迷うのだろう。お方様がたのもっとも信が厚い佐々殿に助けを求める如く声を掛けた者がいた。
「命じるままにしろ。この一件、いかに収めることになるのか、わしにも分からぬ。我らが足手まといとなることだけは避けねばならぬ」
本意ではない。険しい顔つきの佐々殿の表情がそう物語っておる。
我らは助けを受けるためだけにこの場におるのではないのだぞ? 己が身を大事と主筋を軽んじるような真似をすれば、それこそ子々孫々まで恥を晒すだけではないのか?
「これが御家が対峙しておる畿内なのだ。一戦交えて済む話ではない。分かったであろう? 何故、お方様がたがこの地におられるか」
今日この時ほど、己が愚かさを思い知らされたことはないかもしれぬ。
諏訪の家に生まれ、そこらの国人などとは違うと思うて生きてきた。されど、わしとてそこらの愚か者と変わらぬではないか。
世の恐ろしさをこの歳で知ることになろうとはな。
◆◆
永禄四年、十一月。慶光院清順が信濃松尾城を訪れている。
同年にあった仁科騒動から発展した一件の謝罪のためであったと記録にはある。
同騒動は、伊勢神宮と熊野大社と斯波家と織田家の関係の在り方にまで発展してしまい、事態の収束に必要な夜の方こと久遠ウルザと明けの方こと久遠ヒルザの許しを得るための信濃入りであった。
一連の経緯は織田統一記などにあるが、慶光院清順との会談の様子は諏訪満隣が残した書状としても現存している。
面目や体裁をなにより重んじる時代であり、清順もまたウルザとヒルザの面目を回復する目的であったとされるが、清順の謝罪に対し、権威を持った彼女の動きは乱暴狼藉に等しいと厳しい言葉で非難している。
また、清順は伊勢神宮のために資金集めをしていたが、寺院のための寄進要求が貧しき民を苦しめていることをどう考えているのかとウルザに問われたとある。
上人号を得て紫衣を許された彼女にそこまで言える者は、当時としては久遠家くらいしかいないだろうと満隣は残しており、また寺社の在り方について衝撃を受けたとある。
さらにウルザは、信濃衆に対して神宮の使者を拒絶することなく仲介もすると返答するようにと命を下しており、対立の末に冷遇された南北朝時代の南朝方を例に、後の世で神宮の報復に信濃衆が困らないようにとの配慮をした。
この時の動きから、少なくともウルザとヒルザは寺社を信用していなかったことが明らかであり、問題の根深さを示している。
ただ、この逸話はすぐに信濃中に広まり、まとまりに欠けていた信濃をひとつにまとめ、久遠家の立場を確固たるものとした。
現在、久遠ウルザと久遠ヒルザは信濃中興の祖として高い人気を誇っている。
メインでの活動はカクヨムです。
もし、私を助けていただける方は、そちらも、よろしくお願いします。
カクヨムにて『オリジナル版戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。』と『改・戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。』があります。
『オリジナル版』は、2372話まで、先行配信しております。
『改』は言葉、書き方、長期連載による齟齬などを微修正したものに、オマケ程度の加筆があるものです。
なお、『書籍版』の加筆修正とは別物であり、書籍版の内容とは違います。














