第二百三話・幻庵と紙芝居
昨日お知らせした地図ですが、改良版を頂きました!
良かったら御覧ください。
更に分かりやすくなってます。
side:久遠一馬
西堂丸君の接待も無事に終わったこの日の夕食は、ラーメンと餃子と炒飯に杏仁豆腐というランチのような夕食だった。
どうも、幻庵さんと一緒に和歌を詠んだ政秀さんが、雑談の中でラーメンのことを話したら、食べてみたいということになったようだ。
あれは、肉を使ってるんだけど、幻庵さんも貰い物なんかで食べることがあるから気にしないみたい。せっかくだから明の料理が食べたいんだって。
「これは美味いの!」
最初は八屋に行こうかと言ってたらしいが、政秀さんがウチの人間に作らせることにしたみたいで、留守番していたメルティたちが作ったラーメンだ。
接待で出す料理じゃないんだけどなぁ。珍しい料理だからいいのか。西堂丸君は、お昼も蕎麦だったから麺類続いたけど。
本人は喜んでるね。ならいっか。
「久遠殿。是非久遠家の料理を北条にも教えていただけないでしょうか?」
「ウチは大殿の許可さえ下りれば構いませんよ」
そして、食後になり金色酒で軽く飲んでいると、幻庵さんが真面目な顔で料理を教えてほしいと頼んできた。
教えるのは構わないんだが、砂糖とかみりんに鰹節は今のとこウチしか扱ってないんだよね。いいのか?
「構わん。久遠家の技だからな」
「して対価についてですが。いかほどで教えていただけますかな?」
最終的には信秀さんに判断を任せたが、料理法くらいなら広めても問題ないからなぁ。当然許可は下りるよね。
ただ対価って言われてもな。
「どうしようか?」
「駿河守様は文武両道にして多才な御方とか。織田の学校にて何か教えていただくのはどうでしょう」
この辺の政治的な駆け引きはオレにはよく分からん。経済的な部分はこの世界で、ウチに勝てる所はないから気にしない。素直にエルに振ると妙案を出してくれた。確かにそれいいね。知には知を、技術には技術を。バランスが取れてる。
ぶっちゃけウチとしては北条家に砂糖や調味料が売れるならタダでいいんだけどね。とはいえ相手は織田家より格上の北条家。メンツを立てつつ更なる利を上手く引き出したわけか。
信秀さんはそんなエルの言葉に一瞬意味深な笑みを見せた。多分その事実に気付いたんだろうね。
「なるほど。某に教えられることならば構いませぬが……」
「内容はお任せ致します。伊勢宗瑞公の話や戦の話などもいいかもしれません。皆が駿河守殿の話を聞きたいはずです」
幻庵さん自身はちょっと驚いた様子でエルを見てる。この場には信秀さんや政秀さんに信長さんも居るけど、信秀さんたちは今更だからなぁ。
そうそう。エルに関しては実は化粧料の名目で百貫の禄を信秀さんから貰ってる。
あまり目立たないようにしてたけど、検地とか分国法の時に文官衆にアドバイスしたりしてたし。清洲城の設計も基本はエルがしたから。
エル自身はオレの妻だから要らないと言ったんだけどね。さすがに隠せないくらい働いてるから、家中に信賞必罰の示しを付けるためにも受けとることになったらしい。
幻庵さんにもエルが優秀なことバレたかな?
「久遠殿の奥方は本当に凄いですな」
「ええ。まあ……」
やはりバレたか。アンドロイドだし。性格とか個性もあるけどみんな優秀なのは変わらないんだよね。
「謁見の間にある南蛮の絵。あれも素晴らしい。京の都に行けば一躍天下に名が知られるでしょうな」
「本人が好きで描いてる絵ですから。権力者に左右されるような立場にはしませんよ」
幻庵さんはそのままエルの話から、ケティの医術やメルティの絵の話に移っていた。文化人の幻庵さんは特に絵が気に入ったらしい。
そういや文化人との交流とかあった人なんだっけ?
あまり騒がないでほしいな。どこぞのお偉いさんから絵を描きに来いと言われても困るんだが。
まあ、遅かれ早かれ知られるかもしれないけどね。もちろんいきなり絵を描きに来いとか言われたら普通に断るよ。
相手が尾張まで来たら描いてもいいとは思うけど。将軍なんかは来てほしくないなぁ。
というか公家ですら逃げ出すような京の都には、行きたくないし行かせたくもない。最悪は暗殺してでも守るくらいの覚悟がオレにも必要なのかもね。
その後に話し合いをして元の世界の和食料理の基礎と、一部のレシピを教えることになった。中華や洋食はこの時代では食材調達がもっと大変だしね…。
教わるのは幻庵さん自身と連れてきている料理人に教えることになるみたい。どうも暗殺とか毒殺の危険があるので自前の料理人を連れてきているらしいね。
学校での講義は三日後、織田領内に告知を出してからになる。
「ほう。紙芝居とは……」
ただ、告知方法を紙芝居屋だと説明すると幻庵さんの目が光った気がする。明らかに興味ありげな表情で紙芝居屋について質問された。
「確かに武家は領民に命じることはあるが、詳しく説明まではせんからのう。寺社は説法などするというのに」
「噂は広がる。されど、こちらの言い分を領民に伝えるには効果がある。戦に関しても手柄をあげた者を紙芝居にて知らせて歩く故に、家臣たちの目の色が変わったわ」
箱根権現の僧でもある幻庵さんからすると、目から鱗のような感覚なんだろうか。信秀さんはそんな幻庵さんに紙芝居の効果を語るが、オレの予想以上に効果が出てるんだよね。
どちらが正しいか悪いか大義があるか無いかなんて、この時代の庶民はあまり気にしない。気にするのは自分たちが食えるかどうかと、誰が強いかくらいだって資清さんが言っていた。
将軍も守護も朝廷も大半の庶民は興味がないらしい。
尤もだからと言って裏切りや騙し討ちをする人が好かれるわけではない。そこが難しいところで、上に立つにはそれなりの体裁はやはり必要みたいなんだ。
この時代でも情報の重要性を理解する武士はそれなりに居るだろうが、情報の使い方はまだまだ甘いとしか思えない。
無論、嘘ばっかりの情報を流しても領民も馬鹿じゃないので気付く可能性があるが、真実に多少の脚色をするくらいなら効果は絶大だろう。
なんと言っても元の世界でよくメディアが使う手法だからね。
「さすがは弾正忠殿。そのようなことまでなさるとは……」
「考えたのは一馬たちだ。ワシは許可を出したに過ぎん。一馬たちに許可を与えるだけで、近頃では仏などと恐れ多い呼ばれ方をするからな。外を歩けば領民に拝まれて困っておるわ」
幻庵さんは紙芝居の効果にある程度でも気付いたみたいだね。信秀さんを畏怖するような表情を一瞬見せた。
ただ、信秀さんは饒舌だ。すっかり仏の弾正忠様なんてあだ名が定着していて、事あるごとにオレたちに仏にされて困っていると笑い話にする。
実際、これが結構ウケてるんだよね。尾張の虎と呼ばれ恐れられるのが武士としては普通で、ある意味ステータスのようなものだ。
それが、仏と呼ばれて拝まれるなんて、武士ではまずあり得ないことだから。
「家臣の手柄を自らの手柄とせずに家臣を褒める。それができる武士がいかほどに居ましょうか。将たる将をこの歳で学ばせていただいた気分でございます」
「ワシは宗瑞公のようにはなれんからな。一馬が偶然尾張に来て三郎が召し抱えねば、ワシは未だ尾張半国にも届かぬ身であったろう。ならば信じてみるも一興と思うたまでよ」
「……弾正忠殿」
信秀さんの持ちネタとも言える話に、幻庵さんは笑わずに感極まるような表情をした。確かに信秀さんは北条家の幻庵さんにまで真相を話しちゃったからね。
自らの力や権威を誇示したい武士が多いこの時代に、家臣の手柄を他家にまで褒め伝える人は珍しいのかもしれない。
実際、今の信秀さんは戦に強いという力よりも、この人なら信じられるというカリスマ性で織田を動かしている。
ウチみたいな新参者に権限を与えて自由にさせている度量は並の武将では無理だろう。
ただ、最初は偶然かもしれないが、今はそれを狙ってやるだけの力量もあるんだよね。以前からの古参・旧臣を大切にしつつ、新参者も受け入れて使ってみせるだけの余裕がある。
信秀さんがたまに言うけど、駄目なら追放すればいいと考えて臣従を希望する人は受け入れているからね。
というか北条が紙芝居とかやれば、地味に関東情勢に影響しそう。関東管領の権威とか地に落とせる気もするし。
領民ばかりではなく土豪や国人衆レベルでも紙芝居の影響って大きいんだよね。
上手くやると謙信が関東管領を継ぐ頃には貧乏くじのような扱いになる可能性も。
うーん。どうなるんだろ? エルたちと相談して戦略の練り直しが必要かも。














