第百八十九話・旅の終わり
side:久遠一馬
食事会は大成功だった。
あまり突っ込んだ話はしなかったけど、これからも商いを続けることは確認することができた。丸屋さんに関しても会合衆に頼んでおいたしね。
会合衆の人たちも先の戦の影響を気にしていたようだから、安心したみたい。
共通の話題としては、その日の料理と畿内や東海の情勢や商いの話があった。
料理に関しては明や南蛮などの料理をウチが工夫して再現してることにしたから、仮にヨーロッパや明にない料理でも問題ないだろう。
畿内に関しては堺の商人がウチと取り引きをしたくて動いてる話とか聞けたし、幕府の将軍が京の都に戻った話とかもあったね。
東海の話では今川家が明や南蛮の商人を駿府に呼ぼうと動いてることも聞けたが、こちらは実現は難しいだろうと会合衆の人たちも話していた。
南蛮人が一番欲しがるのは銀や銅で、わざわざ駿府に行く利点がないんだよね。
あとウチが最近売ってる明の方の陶磁器が欲しいみたいなんで、追加で売ることにした。どうも大湊の会合衆としては堺に対抗したいのが本音にあるらしい。
ウチとしては、畿内に深入りはしたくない。でも、大湊に協力する形で畿内と対峙するくらいなら構わないか。自ら志願して矢面に立ってくれるんだからね。
「これが南蛮の船か!?」
「すげえ……」
それと船大工の善三さんたち一門の第一陣が、オレたちの帰りと一緒に尾張に行くことになった。
それはいいんだが、荷物が見当たらないんだが。まさか手持ちの荷物だけで来るのか?
「久遠様! 中を見せてください!!」
「てめえら。無礼だぞ! 申し訳ありません。あとできつく言っておきますので御容赦ください」
「ああ、気にしなくていいよ。えーと、荷物を置いたら案内しようか」
善三さんは連れていく弟子とその家族の引っ越しや借金の清算などの世話するために今回は残るらしく、一緒に行くのは若い船大工たちが多いみたいだ。中には家族だろう子供も居てウチの船に乗るなりはしゃいでる。
リーダー格の壮年の男が、そんな子供たちを一喝して大人しくさせると深々と頭を下げてくれた。
まだ出港まで時間はあるしね、せっかくだから船大工たちと家族の皆さんに船を案内してあげよう。
「しかし、これだけ大きな船とは……」
「いきなりこれを造るのは難しいと思うので、まずは南蛮船の技術を使った商船を造ってもらうつもりだから」
「それは、佐治水軍が使っておると噂の船で?」
「ああ、知ってたんだ。あれは既存の船を改造した物なんだけどね。そうだな。一度佐治水軍の造船を見に行ってから考えようか」
子供たちは船の大きさにはしゃいでるけど、船大工たちは真剣に南蛮船の船体構造や船内の造りを見ていた。
技術系統が違うから未知の物なんだろうけど、自分たちがいずれはこんな船を造ると考えてるようで細かい場所まで入念に見ている。
オーバーテクノロジーの物は久遠家の私物として置いてるけど、見ても分かんないから大丈夫みたいだね。
佐治さんのところではすでに和洋折衷船を建造してる最中のはず。ウチの船大工さんたちには、佐治さんに頼んで佐治水軍の船大工さんと情報交換してもらおうか。
最終的には彼らには蟹江で船を造ってもらうつもりだけど、当面は熱田で船を改造するところから始めてもらうべきかね。
この時代の和船を流用した改造船は佐治水軍が数隻持っていて西洋式操船の訓練をしてるけど、そろそろ商船として一部でなら使ってみても大丈夫そうだしね。
佐治さんの大野から熱田を経由して津島くらいの間で、実際に商船として使ってみるべきだろうか 。
ウチの船大工さんたちも、まずは既存の船の改造から始めて技術の習得・習熟を経て、新造の和洋折衷船にステップアップだ。上手くいけば伊勢湾くらいなら商船として使えるしコストも下がるだろう。
さあ、尾張に帰ろう!
side:大湊の会合衆
「早々に謝罪して良かったな」
「ああ、真に良かった」
久遠家はワシらの想像を遥かに超えておった。
「料理ですら、あれほど変わるとは……」
主な食材は伊勢の海老だった。にもかかわらず、わしらが食べたことのない味や料理ばかり。
金色酒や金色砲など久遠家は尾張に持ち込んだが、まだまだワシらの見知らぬ知恵や物があるということか。
幸いなのは、向こうもワシらとあえて敵対する気がないことだろう。大湊と組めば織田家と久遠家の地盤は揺るがぬはずだしな。
「今川様に硝石は売れんな」
「ああ、他は構わんだろうが硝石だけはだめだな」
大湊には駿河の商人と繋がりがある者もおる。今川の方が歴史があり、付き合いが長い者もおるだろう。
とはいえ、久遠家から買った硝石を今川に売るのだけは止めてほしいと頼まれたのだ。さすがに売れんな。服部に売った桑名の二の舞いだけは絶対に避けねばならぬ。
まあ、今川もそれほど硝石を求めておるわけではない。堺から鉄砲と玉と玉薬を買ったようだが、量は多くはないと聞く。
鉄砲を本格的に用いておるのは、この辺りだと紀州の根来衆と雑賀衆の方だからな。売るとすればそちらか、畿内だけでも儲けは十分出る。
「丸屋はどうする?」
「護衛を付けよう。丸屋自身も雇うだろうがな」
一部の商人は早くも丸屋から利を奪うべく謀を考えておるだろうな。丸屋には護衛を付けて当面は身辺に気を付けるように言うしかない。
本人も分かっておるだろうが、今までの商いと規模が変わるのだ。いろいろと大変なはずだ。
「これから世の中が変わるかもしれんな」
「確かに……」
織田家は久遠家の力を得ていずこに向かうのであろうな。土地と権威に執着するそこらの武家とはあまりに違いすぎる。
自ら畿内に行き幕府を立て直すか? あるいは……
――――――――――――――――――
天文17年夏。織田信長と久遠一馬は伊勢神宮にお詣りに行っている。
織田家は銭三百貫と多数の貢ぎ物を納めたようで、その目録の写しが現存している。
目的は尾張統一を果たした織田家の地盤固めであったようだ。
正式には斯波武衛家が守護であり、織田家は守護代の家柄なので、朝廷と繋がりの深い伊勢神宮に寄進することにより織田家の地位を安定化しようと考えたのだと言われるが、斯波武衛家と織田家の関係はそれほど悪くはなかったといわれており、真相は定かではない。
この旅では、まだ元服前の滝川慶次郎が大湊にて盗人を懲らしめた騒ぎや、途中で妊婦を助けるなど後世に残る逸話もあり、映画や大河ドラマでも取り上げられるなど有名な出来事になる。
それと、後に久遠家の家臣となる丸屋善右衛門や船大工の善三組は伊勢大湊出身であり、この時に知り合ったとされる。
この旅の最後には信長と一馬が大湊の会合衆を夕食に招いているが、振る舞った久遠家の料理にて大いに驚かせたようだった。
久遠家の料理については太田牛一が残しているが、牛一自身は料理を作らぬこともありレシピは不明な点が多い。
しかし、久遠家には当時のヨーロッパから中東や明に至るまで様々な国の出身者が居たとの説もあり、久遠家の料理はそれらを再現または改良した独創的な料理が多かったようである。














